第10話 魔王 その2

そうして鼻を鳴らしながら涙をぬぐっていると、近くから咳の音と荒い息遣いが聞こえてきた。


「ゲホッ……ゴフッ……!」


 急いで状況を確認すると、そこには、口から血を吐いて倒れる魔王の姿。

 兄さんたちは目くばせをし合いながら、結界を解いた。


「「「「魔王様!!!」」」」


 四天王が、武器で体を支えながら、すぐさま魔王に駆け寄る。


「魔王様! しっかりなさってくださいっ……!」


 四天王第一位のカルーアが焦ったように、魔王の手を握る。


「すぐに回復を……!」


 四天王第三位のニッチが、回復術式を練り上げ、回復を試みる。

 ……しかし、回復速度よりも、流血速度の方が早く、魔王はどんどん青褪めていく。


「魔王様!!!」


「魔王様、目を開けてください!!!」


 四天王第二位のバーバラと第四位のヴァルナーの悲痛な声が響く。


 私は、グイっと涙を拭うと、魔王の側に近づいた。


「魔王様に何をする気だ!」


 四天王カルーアが警戒をあらわに、魔王を後ろ手に守り立ちはだかる。


「治療するから、そこどいて」


「治癒魔術なら、いまニッチがやっている!」


「勇者の異能を使うの。ニッチのそれより効果が高いはずだから」


「!」


「だから、道を開けて?」


「……くっ! 絶対に助けろ!」


 そういうとカルーアは私の前から退いた。


 魔王の前まで来ると、私は勇者の剣に自分の魔力を限界までつぎ込み始める。

 瀕死の魔王を治療するには、異能を極限まで発揮する必要があるだろう。

 グッと力を込めていくと、勇者の剣がどんどん光を増し、その白い光が爆発的に広がっていく。


「『神聖術式:完全復元』」


 極限まで圧縮した魔力を、慎重に魔王の魔力回路へと流し込んでいく。

 魔王の体内にある魔力回路と身体の損傷が、勇者の異能『完全復元』によって徐々に塞がり、土気色だった魔王の肌に色が戻り始めた。


 そうして、長い時間をかけて、私は全ての致命傷を治療し終えた。


 最終確認を終えると、力が抜け、私の体はぐらりと傾く。

 あ、倒れる……。

 そうして地面に倒れ込む直前、イチノー兄さんの腕が私を受け止め、支えてくれた。


「お疲れさん」


 私はイチノー兄さんの腕に掴まりながら、何とか立って魔王を見守る。

 そして、しばらくすると、魔王のまぶたがピクリと動き、次いでゆっくりと目が開いた。


「「「「魔王様!!!」」」」


 四天王たちが一様に目を潤ませながら魔王を覗き込む。


「朕は、一体……? なにがあった……?」


「魔王様の術が制御を失い暴走したのです。それに巻き込まれて、魔王様はお倒れになって……そこの勇者によって蘇生されたのです」


「勇者……?」


 眉根を寄せてそう呟くと、魔王はハッと私に視線を向け、一瞬で距離を詰め、剣の切っ先を私の喉に突きつけながら憎悪のこもった目で私を睨みつけた。


「忌々しい勇者よ、なぜ助けた? なにが目的だ?」


「私の目的は、あなたの意思を知ることです。もしあなたが、この先、この世界を滅ぼすというのなら、私はここであなたと決着をつけます。でも、あなたが人々に危害を加えないというのなら、このままここを去りますし、再度引きこもりたいと言うのなら、再封印を行います。……それと、今回、あなたに嫌な思いをさせてしまったこと、心からお詫びします。ごめんなさい」


「……」


 魔王は動かない。


「……なあ、魔王。俺の知り合いに同人誌作ってる奴がいるんだが」


 すると、イチノー兄さんがよくわからないことを言い始めた。


「……だからどうした」


「今度そいつに聞いて、即売会とやらまで、アンタを連れて行ってもいいぞ?」


「…………」


 魔王は眉根を寄せたままイチノー兄さんを見る。


「ここに変な人間が入ってこないように、認識阻害の結界張って、引きこもり生活を援助するくらいならできるよ~?」


「最高の料理を提供する食堂を紹介できる」


 次いで、ニイラン兄さんとサンル兄さんが、すかさずそう言う。


「………………」


 魔王はニイラン兄さんとサンル兄さんに視線を向けたものの、動かない。


「ボク、ゲームの対戦相手になれるよ?」


「……………………」


 魔王はジッと黙り込んでいる。

 すると、魔王の側にいた四天王第一位のカルーアが、真剣な面持ちで魔王を見つめ、口を開いた。


「魔王様。発言の許可をいただけないでしょうか?」


「カルーア、何だ?」


 魔王は私の喉元に剣を向けながらも会話を始めた。


「はい、魔王様。我ら四天王、魔王様にお詫び申し上げます。勇者たちを最初に攻撃したのは我々四天王です。勇者たちは、魔王様と話がしたいと申しておりました」


 そう言うとカルーアたち四天王は深く頭を下げた。


「……」


「魔王様。私からもひとつ進言させていただきたく」


 四天王第二位のバーバラが真剣な顔を魔王に向ける。


「……なんだ」


「この包丁使いの料理の腕は確かです。この者が言う『最高の料理を提供する食堂』というものに一度赴くのも一興かと」


「…………」


「私にも発言をお許しいただけますか?」


 四天王第三位のニッチも魔王を見つめる。


「…………話せ」


「この勇者は、『完全復元』の異能を使って魔王様を治療しました。あの異能を使えば、魔王様のお持ちの劣化してページの抜けた初版本たちを元の状態に蘇らせることができるやもしれません。ここで殺すには、惜しいと考えます」


「……それは誠か?」


「ほぼ、間違いないかと」


「………………」


 魔王はまた沈黙する。


「恐れながら、魔王様。私にも発言のご許可をいただきたく」


 それまで静かに黙っていた四天王第四位のヴァルナーも、なにかを決意したように許可を求める。


「………………許す」


「この者たちの言葉は本心からのものだと愚考します!」


「……その根拠は?」


「私の勘ですっ!!!」


「……………………ハァ~~~」


 魔王は大きくため息をつき、そして、私に向けていた剣を鞘にしまった。


「もうよい。興が削がれた」


「「「「!!!」」」」


 その言葉を聞くと、四天王たちはパァァッと顔を輝かせ、次いで『どうだすごいだろう』とでも言いたげな顔で、私たちに振り向いた。


「………………お前たち、そんなに仲良くなったのか」


「「「「……」」」」


 魔王が呆れたようにそう言うと、四天王たちは一斉に顔を赤らめた。


「同人誌即売会と食堂と朕のコレクションの修復、ゆめゆめ忘れるな」


 魔王は呆れた顔を崩さないまま、私に向かってそうすごむ。


 それに対し、私はしっかりと頷いた。


「約束します」


「……交渉成立だな。んじゃ、魔王。今から食堂行くぞ」


「は?」


 イチノー兄さんから声がかかり、魔王が怪訝そうに眉を寄せてイチノー兄さんを見遣る。


「アンタも腹減っただろ?」


 そうイチノー兄さんが言うが早いか、魔王のお腹がグゥ~と鳴った。


「……仕方がないから、付き合ってやる」


 小さな声でそう言うと、魔王は一瞬で巨大な転移陣を出現させた。


「山の下まで飛ぶ。その後はお前たちが案内しろ」


「おー助かる」


「ありがとね~」


「あの食堂のシェフは王国一、いや、世界一の腕前だ。楽しみにしておくといい」


「ボク転移陣での移動は初めてだよ!」


「お願いします」


 そんなことを言いながら、全員で転移陣に乗っていく。

 ちなみに、騎士団の皆さまも一緒だ。

 ……騎士たちのことは、ちょっとだけ忘れかけていたけど、ちゃんと思い出して連れてきた。


「では、行くぞ」


 魔王は易々と転移術を発動させ、宣言通り私たちを山の下に降ろした。


「食堂はこっちだ。はぐれないようについて来いよ」


 そう言って、イチノー兄さんが歩き出し、魔王、四天王、私たち兄弟、騎士たちの全員で、町の食堂『リストランテ・マルゲリータ』へと向かったのだった。


「らっしゃいっ!!!」


 食堂へ入ると、シェフ兼店長のダグさんが威勢よく迎えてくれた。


「今日は大勢連れてきたぞー」


「おうおう、腕が鳴るな! よし、サンル! 手伝え! 秘伝のレシピを教えてやる」


「いいのですか、師匠!?」


 いつになくサンル兄さんがハキハキ答え、立ち上がる。


「お前も最近は包丁遣いが板についてきたからな。後継を育てるのも、まあ、楽しいしな」


「ありがとうございますっ!」


 感激に目を潤ませながら、サンル兄さんはそそくさと厨房に消えていった。


 そうしてしばらく。

 良い香りが食堂中に漂い始め、待ち望んだ料理が運ばれてきた。


『いただきます』を皆で唱え、人間側は一斉に食べ始める。

 魔王たちは、しばらく警戒したように互いに目くばせしていたが、ついに恐る恐る料理を口にし――。


「「「「「美味うまいっ!」」」」」


 声を揃えてそう叫んだ。


 それからは、皆、怒涛の勢いで料理を食していった。


 最後の一個をかけた真剣じゃんけんをして魔王の驚異的な動体視力を知ることになったり、ヴァルナーのストーキングエピソードを聞いて魔王がドン引きしたりといろいろあったけれど、にぎやかで楽しく食事が進み、そして、最後のデザートをよくよく味わい尽くして、『ごちそうさま』と口を開きかけたところで、魔王が立ち上がった。


「……う、美味うまかった。…………礼を言う」


 そう、聞こえるか聞こえないかという本当に小さな声でお礼を言われ、私たちは皆、可愛らしい魔王に向かって、微笑んだのだった。

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