第9話 魔王
「人間ども、許さぬぞ……!!!」
魔王の間へ入った瞬間、身が震えるような強烈な殺気とともに、火・水・土・風・氷・雷の攻撃魔術が怒涛の勢いで飛んできた。
私たちはすぐに戦闘態勢をとり、ニイラン兄さんが張った結界の中で攻撃の起点に向く。
目を凝らして隙なく構えていると、あたりに立ちこめる霧の向こう側から、十歳前後といった容姿の美少女がゆるりと姿を現した。
「許さぬ! 許さぬ! 許さぬ! 許さぬ!!!」
激昂した様子でこちらへ向かってくる少女は、おそらく異能であろう魔眼によって、私たちの動きを封じた。
ニイラン兄さんの異能で作られた結界すらも、
怒りに駆られているのであろう少女は、身動きのとれない私の胸ぐらを掴み上げ、その爛々とした魔眼で私を睨みつけた。
……ちょっと酔いそうだ。
「お前のせいだ! お前さえ来なければ!
「パンツ、ごめ、なさい」
掴まれて息が苦しいが、目の前の少女ーー魔王に向かって私は謝った。
「パンツのことは言うなぁぁぁ!!!」
顔を真っ赤にした魔王が更に手に力を入れる。
「…………三百年! 三百年だ! お前の! お前たちのせいで! 朕はーーーーたったの三百年しか、引きこもれなかったのだ!」
魔王の悲哀に満ちた叫びがこだました。
「「「「「…………は?」」」」」
混乱する私たちを置いて、魔王の演説は続く。
「勇者は話の分かるいい奴だった! 暇を持て余し、外で殺戮を繰り返すしかなかった朕に、ゲエム機を与えて対戦し、娯楽小説も山ほどくれたし、自分であらゆる創作活動をして自家発電することさえ教えてくれた! 引きこもりのイロハを教えてくれて、朕は楽しく正しく引きこもりを楽しんでいたのだ! やっと平和を知り、魔界でも同人誌創作ブームを巻き起こし、お忍びで即売会へ行っては生きる糧を購入して楽しんでいたというのに! あろうことか! あろうことか、朕があられもない恰好で同人誌を読んでいるところを盗み見たばかりか、他の人間どもまで引き入れるなど、悪魔の所業! 何より『
「「「「「……」」」」」
「殺す! 殺す! みんな殺してやる……!」
そう言って魔王は闇魔術を発動。漆黒の闇の塊を出現させた。
どんどんと膨らんでいくその闇の塊は、私たちの魔力を吸収しながら嵐を巻き起こし、私たちの後ろにいる騎士たちがバタバタと倒れていく音がする。
魔王の仲間のはずの四天王さえ意識を失っていることから、魔王が我を忘れて暴走していることが伺える。
嵐の激しさは増すばかり。
吊るされている私はやはり僅かにしか身動きが取れず、兄弟たちまでもが膝をつき、倒れるのを見ていることしか出来ない。
「やめ、て」
魔王にそう懇願すると、魔王は眉をひそめた。
「なぜお前は倒れない!?」
「勇者の、後継者、だから」
ハッとした魔王が私の襟首から手を離した。
「勇者の後継者、だと? ……嘘だっ! あの勇者がこのような所業許すはずがない! 朕を欺くなど、千年早い!」
そう言うが早いか、魔王は禍々しい気配を放つ剣をスラリと引き抜き、斬りかかってきた。
私は長剣を抜いてそれを受ける。
「朕の剣を受け止めるか! なるほど勇者を詐称するだけはある! だが、弱いわ!」
魔王はその小さな体からは想像できないほど重い蹴りを私の
「カハッ……!」
喉奥から空気が漏れ、私は吹き飛ばされて硬い壁に叩きつけられた。
背中が痛い。骨が数か所折れているのを感じる。
でもここでやられるわけにはいかない。
皆を守らないと……!
そんな私の脳裏には、あの日の光景が浮かんだ。
ーーハンナが死んだあの日。
私は、ハンナの遺品である長剣を兄弟たちに届けるため、ハンナの長剣に手を触れた。
その瞬間。
剣から
胸が焼けるような引き絞られるような痛みが私を襲い、私は永遠とも思える長い長い時間、もがき苦しんだ。
そして、ようやく光が収まり、引き
その後、兄弟たちの家について看病を受ける中、兄さんたちからその文様と勇者の継承について教わった。
その話によれば、私は勇者の剣の選定を受けたらしい。
胸に刻まれたのは勇者の証。剣に勇者として認められた証なのだという。
――そうして私は、あろうことか兄弟たちを差し置いて、ハンナの後継者として勇者になったのだ。
だから。
私はなんとしてでも皆を守らなければいけない。
それが、私に課された責務であり、私の何よりの望みだから。
激しい斬り合いの応酬を繰り広げる中、ニイラン兄さんから教わったいくつもの古代魔術を練り上げていく。
「『古代魔術:広域展開』『古代魔術:治癒無効』『古代魔術:速度遅延』『古代魔術:筋力低下』『古代魔術:魔力減衰』『神聖術式:貫通』!」
「『
魔王もすかさず異能で結界を展開するが、その結界をすり抜けて、魔王へ魔術が届く。
「ぐっ……!? ……お前、何をした!?」
魔王の動きが一気に鈍り、魔王は驚愕の表情をこちらへと向ける。
「覚えていませんか? 勇者は、魔王の結界を無効にする異能を持つんです」
「……なるほど。確かに、お前は勇者の能力を持っているようだ。だが、いくら大恩ある勇者の後継とはいえ、朕の
状態異常に陥っているにもかかわらず、ものすごい速度で接近してきた魔王は、剣で斬りかかってくる。
私は勇者の異能を解放し、勇者の剣に魔力を流し込んでいく。
すると、勇者の剣が根元から白金へと変化し、光を増した。
胸の文様が焼けるように熱い。
その代わり、折れていたあばら骨から痛みが消えていく。
そして魔力が剣全体へと行き渡った時には、体に刻まれていた傷・疲労・状態異常の全てが解除されていた。
……勇者の剣ってこんな効果もあるんだ。
どうやら勇者の剣には、『常時回復』『状態異常無効』などの効果があるらしい。
そんな効果の影響を受けた私は、現在無敵状態だ。
でも、この無敵状態がいつまで続くか分からないし、効果が切れた際に、反動が来る可能性もある。
早期に魔王と話をつけて、兄さんたちを回復させなきゃ。
「私たちは、あなたの
「嘘も休み休み言え! 朕は全て聞いていた! お前たちが朕の宝を欲していることを!」
「確かに初めはそう考えていました。でももう、そんなこと思っていません! 私たちはただ、あなたが今後この世界をどうしたいのかを聞きに来ただけなんです! 勝手に封印を解いたことは、心から謝罪します。なので、どうか矛を収めては頂けないでしょうか?」
「そう言って、朕を油断させるつもりか? それとも、本気なのか? ハハッ! 残念だったな! 朕は今怒っている。住処を暴かれ、覗かれ、平穏を奪われた! タダで帰すと思ったか? 朕の秘密を知ったのだ、ここで死んでもらう!!! 『古代魔術:
そこまで言うと、魔王もこちらに能力低下の魔術を、そして魔王自身に能力上昇の魔術をかけ始めた。
魔王の闇の魔力が私の体に入り込み、吐き気がせり上がってくる。
私の体が魔王に侵食されていくにつれて、勇者の剣の光が徐々に弱まり始めた。
それと同時に、常時回復の作用が途切れ途切れになり、状態異常に陥った体から力が抜けていく。
そんな間にも、魔王は私に斬りかかり、禍々しい魔力を練り上げていく。
まずい。
ここで魔王が我を忘れたまま大規模攻撃を行えば、この部屋にいる皆が危険だ……!
「『神聖術式:術式変更』!」
勇者の異能を用い、魔王の術を書き換えて無害なものに変換する……否、『変換しようと』した。
けれど、魔力圧が不足して、『術式変更』は不完全にしか発動しなかった。
それを感知し、魔王は呟く。
「話にならんな。朕の盟友だった
「待って! 駄目っ!!!」
「……なんだっ!? 術の制御が効かないっ!?」
おそらく、不完全に発動してしまった『術式変更』のせいで魔王は術の制御を失っている。
「『古代魔術:魔力減衰』!!!」
私は、なんとか魔王の術の威力を落とそうとする。
でも、間に合わないっ……!
魔王の魔力が極限まで高まっていく。
このまま暴発したら最後、この部屋ごと吹き飛び、全員が土に還ることになるだろう。
止めなきゃ……!
でも、一体どうすれば……!
焦れば焦るほど、頭が真っ白になって、何も出来なくなる。
イチノー兄さん、ニイラン兄さん、サンル兄さん、ヨンス……!!!
そうして、ついに魔王から放たれた高圧の魔力が凄まじい速度で膨れ上がり立ち尽くす私に差し迫り……。
「「「「『神聖術式:完全結界』!」」」」
ドォォォォォォンッッッッ!!!!!
轟音が鳴り響いた。
………………?
音が、聞こえ、る?
私、死んだはずじゃ、ないの……?
一体、なにが、起こっているの…………?
そんな私の疑問に答えるように、もうもうと立ち込めていた砂煙が晴れた。
――そこには、兄弟四人が地面に各々の剣を突き刺し、その四点を起点として、魔王を取り囲むように七色に煌めく幻想的な結界を築く姿があった。
「アン、遅くなったな。わりぃ」
「魔力回復するのにちょっと時間かかっちゃって~」
「アンジェ、待たせた」
「アンちゃん、血が出てるっ! 大丈夫!?」
兄弟それぞれから、声がかかり、呆然とする。
「兄さん、たち……? なんで…………?」
「勇者の異能を使って結界を張った」
イチノー兄さんが、説明し始める。
「勇者の、異能……?」
「そうだよ~。コレは、勇者の力を使って作った結界。勇者の力っていうのは、なにも剣に宿るものだけじゃないんだ~」
「……オレたちにも、勇者の力の一部が受け継がれてる」
「すぐに助けられなくて、本当にごめんね、アンちゃん! この術は、かなりの魔力を使う必要があって、全員が回復するタイミングを見計らってて……!」
ヨンスは眉尻を下げながらギュッと私の手を握ってくる。
「じゃあ、皆、無事なの? 本当に大丈夫なの?」
「ああ。俺らは問題ない。…………だから、アン、もう泣くな」
そうイチノー兄さんに言われて気づく。
私の頬には、涙が伝っていた。
ポタポタと雫が落ちて地面に吸い込まれていく。
「……っく…………ひっく、ひぅっ……」
喉が、熱い。
声にならない声が、口からこぼれて止まらない。
そうしてしゃくりあげていると、ポンと頭に手を置かれた。
「アンちゃん、怖かったね? もう大丈夫だからね」
ヨンスの声がした。
「……帰ったらパイを焼く。アンジェが全部食べていいぞ」
そう声が聞こえて、更に手が増えた。サンル兄さんの手だ。
「ほ~ら、いい子いい子」
ニイラン兄さんにポンポンと優しく叩かれる。
「よく頑張ったな」
イチノー兄さんが、わしわしと、ちょっと乱暴に髪を撫でてくる。
皆の手の温もりに、心の底から安堵して、またポロポロと涙が溢れた。
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