第3話 騎士団との話し合い

「くっ! お前たちは何者だ!」


 治療が終わった途端、警戒心たっぷりにヴァルナーが問う。


「僕らはただの町人だよ? このレイシャル山の麓に住んでるんだ!」


 先程の戦闘中の邪気はどこへ行ったのか、ヨンスがニコニコと答える。


「二人がかりとはいえ、人間が私に土をつけるなど、勇者でもなければあり得ん……! 正直に答えろ!」


「そう言われても、本当に僕らはただの町人だよ? (ボソッ)血縁者に勇者がいただけで」


「なっ……!? ゆう……モゴッモゴモゴッ!!」


「内緒だよ〜?」


 何かを言いかけたヴァルナーの口元を素早く押さえ込んだニイラン兄さんがのんびりと言う。


「面倒事はごめんだから他の奴らには言うなよ?」


 ハハハっと笑いながら、イチノー兄さんがそうヴァルナーの耳元で念を押し、ちゃっかり契約魔術で言動制限をかけている。

 ……目が笑っていないよイチ兄。


「さて、厨房を見せてもらおうか」


 こちらの方がよっぽど悪人顔、といった表情でサンル兄さんが迫る。


「くっ! ……確かに私は負けた。だが私は四天王の中でも最弱! 例えお前たちが『んんん(勇者)!』だろうと、他の四天王の方々には敵わんぞ!」


 ヴァルナーが吠えた。


「自分で『最弱』って言う人初めて見たよ。斬新だね!」


 ヨンスが感心したように言う。


「まだいんのかよ。めんどくせーな」


 イチノー兄さんがぼやく。


「ほんと、みんな手加減しろよ〜?」


 ニイラン兄さんは困り顔をしている。


「冷蔵庫の中も見ていいのか?」


 サンル兄さんは相変わらずだ。


「……」


 ノリノリで戦闘してしまった手前、何も言えない私は、遠くを見ながらこっそりとため息をついた。


「き、君たちは一体……」


 そんな会話を楽しんで(?)いると、後ろで空気と化していた騎士団のリーダーらしき人物が声をかけてきた。

 ……完全に忘れてた。

 どうしよう?


 考えてみたけど名案が思いつかなかったので、とりあえず状況確認するために、みんなでお茶を飲むことになった。


 騎士団の面々は少し表情が硬い。

 なんでだろ?


「ええと、まずは自己紹介、ですかね」


 へらりと笑いながら、私は司会役を買って出る。


「私はアンジェと言います。このレイシャル山の麓に住んでいる町人で、ここにいる者たちは私の兄弟です」


 言い出しっぺなので、率先して自己紹介をしてみる。


「……町人? 高位冒険者ではなく?」


 騎士団の方々がざわつく。


「そうだよ〜! 僕らはギルドに登録してないから冒険者じゃないし、日々細々と狩りや採取をして収入を得てる、しがない町人だよ! ちなみに僕はヨンス。よろしくね!」


 ニッコリ笑ってヨンスが答える。


「長男のイチノーだ」


 基本面倒くさがりのイチノー兄さんは最低限の自己紹介をする。


「オレは次男のニイラン。治癒魔術が少し使えるよ〜。怪我したら言ってね〜。まあ、怪我しないのが一番なんだけど〜」


 ここでも、見知らぬ騎士団の怪我の心配をするニイラン兄さん。


「三男、サンル。趣味は料理」


 ここでも料理を全面に押し出してくるサンル兄さん。


「コホン。我々はアイゼン王国第二騎士団の精鋭部隊だ。私は隊長のガンド。此度我々は魔王の討伐任務のためここへ来た」


 隊長さんがきちんとご挨拶してくれた。


 その後、他の隊員たちも簡単に自己紹介してくれる。そして自己紹介が終わると隊長さんの雰囲気が更に硬くなった。


「さて、では本題なんだが、君たちはどうしてここにいる? 民間人は避難するようにと連絡されていたはずだが?」


 ちょこっとお怒り気味の隊長さんが凄んでくる。


「うちの愚妹が封印ぶっ壊したもんで、責任取って魔王を再封印しにきたっつーわけ」


 イチノー兄さんがまともな理由をでっち上げた。


「……責任感が強いのは良いことだが、ここは我々に任せてもらいたい。なにせ魔王だ。どんな危険があるかわからない。民間人を巻き込むわけにはいかない」


 常識人だ……! 

 ここに普通の感覚の人がいた……!

 そうだった。私、サッサと避難したかったんだった!

 よし! この人の言うことを素直に聞く体で逃げよう!


 でも、感動のあまり私は忘れていた。

 うちの家族が余すことなく変人だということを。


「嫌!」


 満面の笑みでヨンスが一言。


「まあ、面倒だが、魔王の財宝貰えるなら我慢できるレベルだしな」


 イチ兄、いつものものぐさはどこいったの!?


「治癒魔術使える人は多い方がいいだろうし、オレは残るよ?」


 ニイ兄、優しい……! 

 良いことなんだけど! 良いことなんだけど……! 

 今発揮するのはやめてー!


「まだ厨房を見てない」


 サン兄は自重しようか?


「だが、民間人がいれば足手まといになりかねん!」


 そう隊長さんが言った瞬間、周囲の気温が急激に下がり、ヨンスから強烈な殺気が騎士団へ向けられた。

 それに当てられた騎士団の精鋭たちは反射的に各々の武器を構える。


「僕ら、弱いと思われてるんだ〜」


 ヨンスはニッコリ笑いながら暗くて重い怒気を膨れ上がらせ続けていく。

 ヨンスは自身の強さにプライドを持っている。それは驕りでもなんでもない、努力に裏づけられた事実で。

 だから侮られたことが許せないようだった。


「さっきの戦いで勝てる自信のある人はどれくらいいる? まさかとは思うけど、目で追うのが精一杯だった、とか言わないよね?」


 ヨンスは気づいている。騎士団の精鋭たちが、あの戦闘に介入『出来なかった』ことを。


 そう、初め彼らはこう命令されたのだ。

 民間人私たちを『救助せよ』と。

 でも、結果、彼らは介入しなかった。否、介入『出来なかった』。


 それは歴然とした実力の差で。

 だからヨンスは許せなかったのだろう。

 でも。


「ヨンちゃん。矛を収めて。家に帰ったら、サン兄に頼んで山いちごのパイ作ってもらおう? そしたら、一番大きいピースをヨンちゃんにあげるから」


 ヨンスの殺気に当てられて騎士団の面々は顔色を悪くしている。

 これ以上放っておくと、それこそ面倒なことになる予感がしてならない。なので私はヨンスを宥めた。


「……次に失礼なこと言ったら実力行使に出るから」


 そう言い捨てるとヨンスはパフっと私に抱きついてきた。

 ヨンスの頭をよしよしと撫でていると、ゆっくりとヨンスの肩から力が抜けていく。


「アンちゃん、山いちごのパイ、忘れないでね?」


 いつものほんわかした笑顔で見上げてくるヨンスは、超絶可愛かった。

 そうしてほのぼのしていると、未だ顔色の悪い隊長さんが謝罪してきた。


「失言だった、すまない。…………それでは魔王の討伐に参加してもらえるだろうか? もちろん謝礼は出す」


「交渉成立だな。謝礼は大盤振る舞いで頼んだ。あと、魔王の財宝は山分けな?」


 イチノー兄さんはニカリと笑いながら隊長さんの手を取り、力任せにぶんぶんと握手した。


「コホン。それでは、今後の作戦について話そう。我々はこの洞窟内で全ての片をつけたいと考えている。しかし、先程の戦闘にて四天王なる強者が存在するとわかった以上、慎重に進軍する必要が出てきた。役割分担を決めたい。我々は雑魚を担当し、四天王を強者である君たちに任せる、というのはどうだろうか?」


 隊長さんがこちらを見遣る。


「まあ、いいんじゃない~? オレは後方支援で全体の補助に回るけど、他の兄弟は前線で戦えるし〜」


 ニイラン兄さんがのほほんと答える。


「んじゃあ、早速行くかー」


 イチノー兄さんがニイラン兄さんの言葉を引き継ぐ。


「俺は厨房に行く。案内にこの四天王を連れて行く」


 別行動を宣言し、ヴァルナーを引きずりながらウキウキと曲がり角を右へ進み始めたサンル兄さん。

 ……ヴァルナーが苦しそうだから猫みたいに首根っこ掴むのやめたげてほしい。


「じゃあ、俺らも行くぞー」


 ゴキゴキと首を鳴らしながらイチノー兄さんが歩き出した。


 こうして私は結局、雰囲気に呑まれてあっけなく退避に失敗した。

 ガクリ。

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