第2話 四天王 その1

『お邪魔しまーす!』と五人全員で元気に挨拶してから魔王の根城に入ると、曲がり角を進んだところで、背が高く髪の長い、頭に二本の角を生やした魔族らしき人物と出くわした。


「くっ! お前が魔王様に癒えない傷をつけた者だな! この恨み、晴らさせてもらう!」


 そして、こちらが声を発するより先に、弟のヨンスをビシッ! と指差しながら、訳のわからない言いがかりを述べてきた。


「……なんのお話ですか?」


 私はとりあえず、おずおずと手を上げて発言してみた。


「くっ! 言い逃れしようなどと思わないことだ! この者の所業の一部始終はこの魔導カメラに記録されている! この女のせいで魔王様はお倒れに……! なんとお労しい……! 四天王が第四位、このヴァルナー、魔王様の仇、ここで取る!」


 魔導カメラらしきものを掲げながら、自称四天王のヴァルナーが叫んだ。


「いや、だから何があったんだよ」


 長男のイチノー兄さんが、皆を代表して気怠げにそう言うと、自称四天王ヴァルナーは悔しげにギリッと歯を食いしばった。


「くっ! 魔王様は、封印されてからというもの、のびのびと引きこもり生活を満喫していらした! 私はそんな魔王様を魔導カメラでそっと影からお守りしてきた! そんな中、この女は突然部屋へ不法侵入したばかりか、魔王様が下着姿でアイスクリームを頬張っているところを目撃したのだ! 魔王様は心痛で床に伏せられ『パンツ、パンツ』とうなされている! 責任を取ってもらおう!」


「(ボソッ)なぁ、あいつ魔王の個人情報漏らしすぎじゃね?」


 イチノー兄さんが、困惑した様子で次男のニイラン兄さんに話しかける。


「(ボソッ)そこよりも心配なのは、あの四天王(?)が見事なまでのストーカーだっていうことじゃない〜? 魔導カメラで盗撮なんて、明らかに人権侵害でしょ〜」


 ニイラン兄さんは、真剣に魔王のことを案じている様子だ。


「(ボソッ)ねぇ、あの四天王(?)の人、ボクを指さしてるんだけど! ボク女の子じゃないよ!!  確かに髪は長いけどさぁ! ってか、魔導カメラ白黒なんだね!? アンちゃんの綺麗な赤髪とボクの金髪、長いのは一緒だけど、どう見たって色違うよね? 別人だよね!?」


 末っ子の四男、ヨンスが、その可愛らしい顔を悔しげにひそめながらわめいている。


「厨房があれば病人食くらい作ってやれるのに……」


 三男のサンル兄さんは、一見魔王を心配しているように見えるが、ただ単に魔王のキッチンが見たいだけだと思う。すごくソワソワしている。


「……ちなみに、魔王のパンツは、くまちゃんの柄でした」 


「アンちゃん、その秘密は墓まで持っていってあげようよ……」


 現実逃避気味にそう呟くと、末っ子ヨンスに注意された。


 四天王ヴァルナーは、それを聞いてババババッと上下左右を素早く確認し口を開く。


「くっ! お前ら、声を落とせ! 魔王様に聞こえたら今度こそ致命傷になるやもしれん! それに、魔王様はブタさんパンツも猫さんパンツも持っておられる! 慎め!」


「「「「「お前が慎め」」」」」


 音量(大)で高らかに叫んだ自称四天王ヴァルナーに兄弟全員でツッコんだ。


 堂々巡りで話の進まない状況に飽きてきたところで、私の耳がこちらへ向かってくる多数の人間の足音を拾った。


「全員整列! いざ進軍する!」


 大声がここまでハッキリ届く。


『なんかいっぱい来たけどどうする?』と兄弟に目配せしていると、その隙をついて四天王ヴァルナー(もう四天王でいいや)が突如大剣を振りかぶって斬りかかってきた。


 斬りかかられた私は左手で短剣を引き抜きそれ大剣を片手で受け止める。

 ガキンッと金属のぶつかる音が響いた。


「くっ! 私の初撃を受け止めるとは、中々やるではないか!」


 四天王ヴァルナーがそう言いながら魔力を圧縮し始める。それに合わせて私も外部魔素を取り込み己の魔力へと変換していく。


「わぁ、アンちゃん流石さすが兄弟一の戦闘狂だね!」


 キャピキャピと無邪気に笑う弟ヨンス。


 いや、私はただ応戦しただけなんだけど。

 そう思ったが、なかなかに良い太刀筋をしている四天王ヴァルナーは、私にそのツッコミを入れる暇を与えない。

 仕方なく、私は短剣を握る左手に力を込めた。


「じゃあ僕も援護するね? アンちゃんは、無理しちゃダメだよ?」


 そう言うと、ヨンスは無邪気な笑みを一瞬で邪悪なものへと転じて、魔力を練り始めた。


「しゃあねぇ。ピンチになったら助けっから、ほどほどにしろよ」


 イチノー兄さんは戦闘に参加する気はないらしい。


「アン、殺すなよ……?」


 オロオロと敵を心配するニイラン兄さん。


「……アンジェ。勝ったら厨房見せてってお願いしといて」


 サンル兄さんはブレない。


 そこへガシャガシャと鎧の当たる音を響かせて騎士団らしき人々が通路へなだれ込んできた。


 ああ、騎士団かあ。

 今は手を出さないでほしいな。

 多分、大丈夫……だよね?

 そんなことを考えつつ私は短剣を軽く振りながら四天王ヴァルナーと斬り結ぶ。

 ヴァルナーは四天王を名乗るだけあって一撃一撃がなかなか重い。


「民間人が戦闘しているぞ! 救助せよ!」


「「「「「「応!!!」」」」」」


 あー、もう! 

 騎士団の皆様方はこっちに来ないでー! 

 今いいトコなんだから!

 そう思いながら下段から斬り上げてくるヴァルナーの大剣を半身になって避け、短剣の側面を大剣の刃に滑らせながら間合いを詰めると、ヴァルナーの眼球目がけて突きを放つ。

 その切っ先を『風魔術:風刃』でそらしたヴァルナーだが、完全には避けきれなかったのかその頬に傷がつく。


「くっ! 四天王を舐めてもらっては困るぞ!」


 ところで、この四天王、何度『くっ!』って言うんだろ? 数えたくなってきた。

 そんなことをぼんやりと考えている間にも戦闘は続く。


 四天王ヴァルナーは上段に構えた大剣を素早く振り下ろす。が、私はそれを短剣で左にいなして懐に潜り込み、短剣の柄でヴァルナーの鳩尾みぞおちに一撃。

 ヴァルナーはそれを受けてほんの一瞬動きを止めるも、すぐに膝蹴りで私の脇腹を蹴り飛ばしながら『火魔術:炎渦』をこちらに放つ。

 私は洞窟の壁に打ち付けられる……間際に体を反転させて壁を蹴りつけ、『氷魔術:氷壁』と『氷魔術:嚥下』を展開し炎をまるごと包み込んで打ち消すと、加速してヴァルナーの大剣の刃の側面を一点突いた。

 ミシリ、とどちらからともなく重い音がする。


「くっ! なかなか良い攻撃だな。だが、この剣は魔剣。そう簡単には折れんぞ!」


「そうですか」


 会話を続けながらも高速の打ち合いは続く。


 ちらちらと視界に入る兄達は寛いだ姿勢でのんびりと観戦している。

 けど、騎士団の精鋭達は武器を手にしたままビシリと固まって動かない。

 ……みんな息してる、よね?


 そんな風に周りを観察しつつ、ヴァルナーと剣を交えていた私は、左下から右上に素早く斬り上げた剣をヴァルナーに難なく弾かれた。


「はっ! その程度の攻撃、私に効くと思うな!」


 この四天王やっと『くっ!』以外の言葉使ったぁぁぁ!

 感動した私をよそに、ヴァルナーの大剣が速度を上げて私の左上から振り下ろされる。

 がら空きの私の脳天にそれが叩きつけられる……直前。


「『風魔術:台風目』『風魔術:風刃』」


 いつの間にかヴァルナーの後ろを取っていた弟のヨンスがニコリと笑って、小さく呟いた。


 どこからともなく優しいそよ風が吹いて私の頬を撫でる。

 それと同時に、私を叩き潰さんとするヴァルナーの大剣は軌道を逸らされて地面に深く突き刺さった。

 そして間を開けずに、膨大な魔力が練り込まれた無数のかまいたちがヴァルナーの全身を斬り裂いていく。


「ぐあっ……!」


 ヴァルナーの周囲で荒れ狂う風を横目に、まるで台風の目の中にいるような穏やかな空気の防護膜を纏った私は、短剣を仕舞い、もう一本佩いていたメインウェポンの長剣の鞘でヴァルナーの大剣を一閃し、その大剣を弾き飛ばしておいた。

 あ、ちなみに、この風の防護膜は私ではなく術者のヨンスによるものだ。

 暴風と凪を同時に出現させるなんて、わが弟ながら器用なものである。

 魔術の媒体だったであろう大剣を失い、ヴァルナーは後方へバランスを崩した。

 踏みとどまろうとするヴァルナーへ、ヨンスの無慈悲な追撃が降りかかり、ヴァルナーは遂にその場に崩折れた。


「勝負あり、だな」


 しかしイチノー兄さんがそう言ってパタパタとズボンを叩きながら立ち上がった瞬間、倒れていたヴァルナーから無詠唱・無媒体で氷の槍が生成され、私へと高速で放たれた。

 私の体がそれらに貫ぬかれる……かと思われた瞬間。


「『火魔術:炎壁』」


 ヨンスが難なくすべての氷塊を取り囲み、溶かしきってしまった。


 その後、サッとヴァルナーに近づいたイチノー兄さんがテキパキとヴァルナーを魔封じの縄で縛り上げ、今度こそ勝負が着いた。


「アンちゃん! 僕の活躍、ちゃんと見てた? 褒めて!」


「うんうん。見てたよ。また腕上げたんじゃない? すごかったよ」


 ニコニコと甘えてくるヨンスに苦笑しつつ、頭を撫でる。


「へへへ~。アンちゃんは、もっと僕に頼ってくれていいからね?」


 わいわいと会話する私達の横で心配そうなニイラン兄さんが、治癒魔術でヴァルナーを治療していく。


「大丈夫か? あいつら加減しろって言ったのに……」


「それで、厨房へは案内してくれるんだろうな?」


 心配するニイラン兄さんの横では、ヴァルナーを見下ろしながら確認……もとい脅しをかけるサンル兄さん。


 やっぱり、うちの家族は自由だ。

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