第4話 準備運動


 サンル兄さんが進んでいった道とは反対方向、左の道へと歩を進める。

 洞窟内は広くなったり狭くなったりするため、騎士団の面々は隊列を組むのに苦労しているようだ。


 途中、何度も雑魚の魔物(ブラッドバットとかスケルトンソルジャーとか)が襲ってきたものの、流石は魔王討伐隊に選ばれた人々。余裕で倒していた。

 余裕そうだったので、私たち兄弟は戦闘に参加することなくどんどん前に進んでいく。


「ま、待て! 待ってくれ!」


 隊長さんが慌てて声を掛けてくる。


「? なにかありましたか?」


 先頭集団の中で一番後ろにいた私が応答すると、困惑した顔の隊長さんがおずおずと切り出した。


「その、君たちの中ではブラッドバットやスケルトンソルジャーは雑魚扱いなのか?」


「まあ、すぐに倒せますし、雑魚じゃないですか? 皆さんも余裕そうでしたよね?」


 私は、スタスタと歩きながら適当に反応を返す。


「そうか……。君たちは本当に強いのだな」


 そう呟くと隊長さんは黙り込んでしまった。


 なにかまずいことでも言っちゃったかな〜?

 でもま、大丈夫か。

 ちょこっと気にはなったものの、私は、索敵に集中することにした。


「二時の方向から小型魔物数十体が飛来。九時の方向から三体の大型魔物接近中」


 私は索敵内容を『風魔術:音伝播』で後方の部隊へ伝達して、雑魚の処理をお願いする。


「数が多い! 敵を分断し各個撃破せよ!」


 隊長さんは少し焦ったように指示を出している。

 大丈夫かな?

 でもまあ、危険になったら知らせてくれるだろうし、大丈夫だと思って進もう。

 なんせ私達を弱者扱いした人達だ。この程度で根を上げてもらっては困る。

 うん。

 私もなにげに根に持っていますとも。

 私達だって鍛えているのだ。

 ふん!


 そうやって、初めの打ち合わせ通り、雑魚は全て隊長さんたちにお任せして、私たちはどんどん歩いていった。


「イチ兄、そこ左で」


 前を歩くイチノー兄さんに向かって道を指示する。

 魔王の間まで、もう少しだ。


 そうして道を左に曲がった途端、右手の壁から槍が飛び出して、それを避けると落とし穴が出現し、その落とし穴の中めがけて、天井から毒矢が降り注いだ。

 罠、えっげつな!


 私は小回りの利く短剣で矢をいなしながら『光魔術:足場』を使って透明な足場を作り、天井に向けて跳躍して矢の発射装置を破壊していく。

 なんせ矢がアホ程出てくるのだ。一体どうやって装填しているのか謎だが、流石に矢の通り道を潰して塞いでしまうと矢は降って来なくなった。

 やれやれ。


 一息ついていると、後ろから悲鳴が聞こえた。

振り返ると、そこには隊員の一人を丸飲みにしようと大口を開けたトロールが立っていた。

 騎士はすでに片足を失ってしまっているようだ。


 私は短剣を仕舞うと『風魔術:抵抗減衰』『風魔術:追風』で空気抵抗をなくしつつ加速し、トロールに急速接近した。

 その勢いのままメインウェポンの長剣を高速で抜刀、隊員を掴んでいたトロールの右腕を切り落とした。

 これは東の国に伝わる居合抜刀術というものを聞きかじって作った、オリジナル抜刀斬りだ。

 自分でもちょっとかっこいいと思っている。


 そんなお気に入りの技を披露出来て満足している私に、トロールは怒りの声を上げて、棘つきのこん棒を持った左腕を振りかぶった。

 私は『風魔術:風刃』でその腕も切り落とす。

 両腕がなくなったトロールは、それでも余裕の表情でニタリと笑った。

 その瞬間、両腕が生えた。

 そう、生えた。にょきっと。え、気持ち悪!


 このトロール、再生能力高いのか~。

 ここが魔王の根城で魔素過多なのも関係あるのかな?

 まあ、おかげで私も魔術使いやすくて助かってるし、お互い様だよね。なんでもいっか!


 よし! と気合いを入れて、私はこん棒を構え直したトロールに向き直った。


 再生能力高いからなぁ。

 どうしよっかなー。

 剣で消滅させてもいいんだけど……。

 うーん。

 よし決めた!


「トロールくん。君には私の準備運動に付き合ってもらうね!」


 そう声をかけ、私は長剣を鞘へ収めトロールに再度素早く接近し、その勢いのままトロールの右腕に向かって抜刀の構えを取った。

 先程同じ攻撃を食らったからか、トロールはタイミングを合わせて私の剣を躱すように半身になるが、直前にその予備動作に気づいた私は狙いを変え、膝を深く曲げて身を低くし、トロールの軸足へ切りかかり、同時にトロールの頭上に『光魔術:照明』の術式を展開し光源を設置しておいた。

 うん、自分でやっといてなんだけど、後光の差すトロール、なかなか斬新な絵面だな。


 軸足を傷つけられたトロールは一瞬動きを止め、傷の再生に時間を使った。


 私は、その間にトロールの影を使って『闇魔術:弦』でさまざまな太さの糸や縄を生成していく。

 目に見えないくらい細い糸からトロールの腕を余裕で縛れそうな縄までが突如出現し、トロールは警戒をあらわにした。

 私はそんなトロールにまたしても斬りかかり、トロールの注意を逸らす。


 ガキンッ!!!


 おそらく魔鋼でできている頑丈なこん棒と、私の剣がぶつかり合う音が周りに響く。

 そんな攻防の間も私は縄の生成を続ける。


 十分な長さを確保できたら、私はわざとつばり合いに持ち込んでトロールの動きを止め、今度は『水魔術:水刃』でトロールの腕を切り落とすと、すかさず傷口からトロールの体内の魔力回路に純水を注ぎ込んだ。

 そして、そのまましばらくトロールを観察する。

 トロールは体内に水が流れ込む感覚に一瞬怯み、けれどすぐに腕を再生していく。否。再生しようとしている。

 けれど、再生速度が格段に落ちている。


 どうやら、私の予想は、まあまあ当たったようだ。


 再生のためにできた隙を逃さず、背後から忍び寄らせた縄でトロールの両腕と両足を拘束し、無防備に喉元を晒しつつも余裕そうなトロールを、細い方の糸でサクッと細切れにする。

 それから、『水魔術:水泡』でトロールの破片を一つ一つ閉じ込めておく。

 水にトロールの青緑の体液が混ざっていて、自分でやっておいてなんだけど、結構グロい。


 これでちょっとは再生に時間がかかるはず。

 その間に、『火魔術:紅蓮業火』の術式を展開して詠唱を開始する。


「万物の終わりと始まりを司る火の神イグニスよ。

我が名はアンジェ。

御身を寿ぎ魔力を捧ぐ者なり。

敵を燃やし尽くす御力を我に与え給え。

『紅蓮業火』!」


 詠唱が終わると同時に、地獄の業火のような真っ黒な炎が、トロールの入った水の塊を呑み込んだ。

 炎はトロールの入った水と反応し、大爆発を引き起こし、爆風を吹き荒れさせながら、トロールを灰になるまで燃やし尽くした。

 私? 

 もちろん『光魔術:物理結界』『風魔術:風速変換』『火魔術:温度調整』で防御しましたとも。

 一応、騎士団の皆様も術中に納めておきました。

 人間関係では気遣いも大切だよね。


 一通り爆風が落ち着いてから、灰になったトロールをしばらく観察したが、再生する気配はない。

 これで、ひとまず安心かな?


 多分だけど、トロールは体内の魔力回路を巡る魔素があって初めて再生できるのだろう。

 この個体は外部魔素の取り込み速度も、体内魔素の循環も異様に速かった。だから、異常な速度で再生できたのだと思う。


 実際、トロールの周りで魔術を使って外気中の魔素を薄めた上で、水を魔力回路に流し込んで魔素を薄めると、極端に再生能力が落ちた。


 私の魔術『紅蓮業火』によって、トロールの周囲の外部魔素もトロールの体内の魔素も残らず使われてしまい、トロールの魔力回路も焼き尽くされて灰になった。


 それで再生できなくなったんだと思う。

 まあ、あくまで推測に過ぎないけれど。


 なので念には念を入れて、『土魔術:腐葉土』でふかふかの土を作り、その中に『物質召喚:微生物』で召喚した何千種類もの微生物とトロールだった灰を入れてぐるぐると混ぜておいた。

 どの微生物かが灰を完全に分解してくれるといいな、と願いを込めて。


 とりあえず、再生するにしても長い時間がかかりそうなトロールは置いておくとして、食べられかけた騎士の様子を見てみる。

 どうやらニイラン兄さんが戻って来てくれていたようで、無くなっていた騎士の右足は綺麗に再生されていた。


「複数の魔術を同時展開するなんて、ありえない」


「『紅蓮業火』は失われた魔術ではなかったのか……?」


「それにあの治癒魔術、欠損まで治すなんて……。国一番の魔術師でも半年はかかると聞くぞ」


 騎士たちがざわざわしている。

 ちょっとは私たちのこと認めてくれたのかな? と私の機嫌は元に戻っていく。


「騎士の皆さま。もう進んでも大丈夫ですか?」


「あ、ああ。頼む」


 隊長さんがそう応えたので、私は先頭に立ち、ニイラン兄さんは殿しんがりに控えて歩き始めた。

 さあて、四天王はどこかなー?

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