「雨天とフクロウ少女」
(そう。今は空間移動で人や物の輸送ができる時代…だがそれを誰もがどこでも行えるかについては別問題であることも君は知っているはずだ)
それは、遅れて耳に届く言葉。
(コンビニや飲食店での宅配輸送。大陸間や惑星間での空間航路を使った移動。だが、そのためには輸送の大元となる転送装置…現代ワープ理論を駆使した、『アンカー』の使用が大前提にある)
耳に響くのはクラハシの言葉。
(許可のためには惑星空間委員会の推薦する専門家の調査とそれに伴う同意書が十枚近く。そこに惑星間弁護士の署名と公安による審査が5年かけて行われた後、ほぼ6年の歳月をかけてようやく建設までこぎ着けることができる…ゆえにそれらの過程をすべてクリアし、設置まで至っているのは今のところ一部の惑星間大学と一握りの企業だけ)
カメラを持ち、タクシー乗り場にたたずむサクラ。
話を聞いているこの合間、カメラに表示された時計はコンマ1秒と動かない。
(…だがそもそも、空間移動装置を歌っている『アンカー』とはいったい何か?理論については教科書で習うも、実際に理論を応用し『アンカー』以外の方法で惑星間を移動している人間は今のところ認知すらされていないのが現状だ)
クラハシの声とともに周囲の景色も止まっているかのように見える。
(それだけに奇妙に感じているのだろう?)
その声は、もはや耳というよりは頭の中で響いているようであり…
(『アンカー』が見当たらないこの場所で。それも私が手を握っただけで。移動ができてしまったという…この事実にね)
『お久しぶりです、ホタルさん』
不意に声をかけられ、ホタルはハッとする。
見れば、フクロウを思わせる上着にプリーツスカート。
どこか物憂げな顔をした一人の少女がこちらへと顔を向けていた。
『先ほどより、ミツナリ様とお話しさせていただいております。オオグマ弁護士事務所に勤めております、専用コンシェルジュ…コトでございます』
アンドロイドの少女はそう言うなり、頭を下げる。
その横でミツナリは渋い顔をすると「だからさ、もういいだろ」と、煙たげに少女を追い払う仕草をした。
「その件についてなら、もう済んだ話だ?なぜ、俺たちに付きまとう?」
見れば、少し離れたところにクラハシの姿もあったものの、彼女の視線は近くに停められた自動タクシーへと向けられており、先ほどのことを聞くにはいささか
(というか、さっきのはなんだったんだろう。頭の中に直接話しかけられていたみたいで…正直、気持ち悪い)
ついでミツナリへと目を向けると彼は未だコトを退散させられていないのか「だから」と
「オオグマの前任担当が、先日解任したんだろ。なぜ俺につきまとう?」
それにコトは『なにせ、コトの仕事が済んでおりませんので』と頭を下げる。
『先月から再三、お話しておりますが。契約を結んだお客様に内容の継続や変更についての案内をしておりまして。その前提として、ご本人様に説明するお時間をいただきたいと参上した次第でございまして』
「…だから後任に内容を継続すれば良いって何度も言っているじゃないか。最後に契約の変更と継続手続きをしたのはアズキが死んだ時だったし、それから内容の変更は特にねえからよお」
『ですが』
「おい、ホタル。もういいから追い返してくれ」
そう言って、こちらに目を向けるミツナリにホタルはため息をつく。
(…こうなってしまえば、この親父は意地でも話を聞かないからなあ)
そうして「あのー、コトさん」と下手に出つつ、話しかけるホタル。
「見ての通り。父は今もスケジュールが詰まっていて忙しいんです。ですから話を聞くのはまたの機会にしたいのですが…無理ですかね?」
その言葉にじっとホタルの顔を見つめ『ですが』と続けるコト。
『またの機会と言われ、すでに2月も前から同じ会話を繰り返しております。その合計は12回にも上っておりまして…いつでしたら、よろしいのでしょうか?』
「一生ねえよ!帰れよ、帰れ!」
コトの事務的な言い回しにとうとうブチギレ、地団駄を踏むミツナリ。
その様子を見てホタルは(…あーあ)と、天を仰ぐ。
「あー、すみませんが見ての通りで。これじゃあ話を聞くどころじゃあ無いでしょう?日を改めていただけませんかね?」
下手に出つつも様子を見るホタル。
ぶっちゃけコトの言う通り、この会話自体10回以上は繰り返されているのだが、そもそもミツナリが聞く耳を持たないのだから仕方がない。
そこに「…確かにそうだな。これ以上はミツナリ氏にとっても車内にいるカネツキ氏にとっても足止めになる。早めの退場を勧めるよ」と助け舟を出してきたのは他でもないクラハシで、ついで近くに停まっていたタクシーが窓を下げると一人の男が顔を覗かせた。
「…ああ、すでに気づかれていたようですね」
ついで頭を下げる男性。
「初めまして。この惑星を管理しております。リゲル社のカネツキです」
その顔はコンシェルジュと瓜二つで、初めてホタルは彼らの顔がカネツキ氏を模したものだということに気がついた。
「仕事の都合で通りかかったところ、デザイナーのミツナリ氏を見かけまして。お時間があれば、お話ししたいと思っていたのですが…どうやら、お取り込み中のようでしたので声をかけるのをためらっておりました」
はにかみながら答えるカネツキ氏。しかし、その表情はすぐに責任者のそれへと切り替わり「ですが、少々事情も変わりまして」とクラハシへと目を向ける。
「クラハシさん…でしたかね?先ほどまで私と直接話をしたいとコンシェルジュに話していたようで。本来でしたら私もミツナリ氏とお話したかったのですが、惑星のインシデントと耳にした以上、そちらの方を優先したほうがよろしいかと思い直しまして」
それに「ほう、それはそれは」と感心した声を上げるクラハシ。
「でしたら、この場を借りてお話をしてもよろしいと?」
その言葉にカネツキ氏は「いいえ」と首を振ると指を鳴らす。
「より、相応しい場所で。この先に別邸にしているホテルがありますので詳しいお話はそこでしましょう。こちらのタクシーをお使いください」
ついで、カネツキ氏の言葉に合わせるかのように一台のタクシーが停車する。
「そうですか。お心遣い、痛み入ります 」
頭を下げるクラハシ。ついで顔色の悪い助手と共にドアの開いたタクシーに乗り込むと車はそのままカネツキ氏の車両を追い越すようにして走り出していった。
「…とまあ、このような形となりまして」
雨天の中、クラハシを乗せた車を見送りミツナリへと顔を向けるカネツキ氏。
「お話は、また別の機会に。お詫びと言ってはなんですが本日よりこちらのリムジンをご利用ください。訪問日のあいだじゅうは無料で乗り回せるように手配しましたので、今後楽しい観光ができるよう願っております」
ついでカネツキ氏の背後に大型のリムジンが停まり、後部座席のドアが開く。
しかし、ミツナリはそもカネツキ氏と話すことに興味がないらしく「そりゃ、どうも」と頭を掻きつつ、用意してもらったリムジンへと目をやる。
「んじゃ、中を適当に回らせてもらうぜ。なにせ俺のデザインした街だからな」
責任者を前にしての不遜な態度…にも関わらず、カネツキ氏は怒る様子もなく「そうですね、そうですとも」と、どこか含みありげに微笑んでみせた。
「では、プレ・オープンの時にまたお会いしましょう」
ついで、窓が上がるとカネツキ氏を乗せたタクシーは音もなく地面を滑り出す。
その影が小さくなった頃「…まったく、忙しい連中だよ」とミツナリがボソッとつぶやいた。
「あのコトとか言う女も消えちまったしな。のんびり観光もできやしない」
ついでミツナリは持っていた電子スケッチブックに目を落とすと「そうそう。この後は適当にタクシーで観光して、ホテルにチェックインするんだろ?」と、ホタルに目を向ける。
「スケジュールも押してるみたいだしな。さっさと行こうぜ」
ついで、ドアの開いたリムジンへとセコセコと乗り込むミツナリ。
「何をのんびりしている、早く行こうぜ」
ドアから半身を出すミツナリ。
その様子にホタルは小さくため息をつく。
(…忙しいのは、お互い様に見えるけれどね)
見ればカメラの時計は再び時間を刻み始め、特に壊れた様子もない。
ホタルはもう一度小さくため息をつくとカメラを持ち直し、カネツキ氏が用意したリムジンへと乗り込むことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます