「奇妙な博士と弱気な助手」
自称芸術家を気取るミツナリが惑星開発コンペでデザイン設計賞を獲ったのは一年前のこと。
それまで、作品と称したガラクタを年々家に積み上げるミツナリであったが、賞を取ったその日から雑誌の取材に個展の依頼と仕事がつぎつぎと舞い込むようになり、どこか慌ただしそうに家の中を駆け回るミツナリに何をそんなに走り回っているのかとホタルは半ば呆れ返っていた。
…そして、その理由がわかったのは翌日のこと。
中等部の卒業証書を持って帰ってきたホタルにミツナリは玄関先で『契約書』と書かれた紙切れを見せると胸を張りながらこうのたまった。
「というわけで、お前さんは今日から秘書兼雑用だ。この先、進めそうな進路も特にないだろうし、感謝しろよ?」
「…はあ?」
以降、ホタルはそのままズルズルと引きずられるようにミツナリの秘書兼雑用となり、スケジュールの管理から泊まるホテルの手配、広告用動画の作成まで、文字通りてんてこまいの日々を送ることとなった。
「ってか、こんなの中卒の小娘にやらせる?ぶっちゃけ無理なんだけど」
食事をする時間も惜しめと仕事を持ち込んでくる父親にホタルはいくども不満を口にするも、返ってくる答えはいつも同じ。
「無理だと?誰のおかげで飯が食えていると思っている。母さんが生きていた時はもっと大変だったんだぞ。いつの日にか俺が芽を出すからと、日雇いのきつい仕事までして。今思えば、本当に良い女房だった」
しみじみとするミツナリの顔を思い出し、げんなりしながらガラス越しに雨の降る空間航路を撮影するホタル。
「…でも、働いたあげくに死んじゃったのなら意味ないじゃん」
それは、中等部2年のときに起きた月面ステーションの放射線シールド事故。
低賃金で有名な外壁清掃を担当をしていたホタルの母アズキはその日に担当をしていた地区でシールド装置の故障により大量の放射線に晒され、救急センターに運ばれるも18時間後に還らぬ人となっていた。
(ごめんね、ホタルに迷惑かけることになっちゃって)
応急処置により、頭部につけられた脳波マイク越しに会話をする母アズキ。
放射能の影響で隔離された部屋。肉体は雑菌が入らないよう全身が保護シートに覆われ、変わり果てた母の姿にホタルは通話用のマイクを前にしたまま、ただ涙を流すことしかできなかった。
その手にはミツナリが大事にしている紐で括られた本が握られ、当のミツナリはといえば、母親の会社から事故による多額の賠償金を受け取るための手続きに追われており、最期までアズキの死に立ち会うことができなかった。
(ホタル、あなたはもうすぐ17歳。大人になるの…そうしたらね)
思い出されるのは、母アズキの今際のきわのセリフ。
(クソ親父…ミツナリの顔に渾身の右ストレートを埋めてしまいなさい!)
「え…やべえ記憶だな」
過激な母のセリフに思わず突っ込みを入れてしまうホタル。
最後まで呼吸器をつけていたので本当にそんなことを言っていたかについては不明であるもベッドの上で握りしめられていた拳が妙に固かったことだけは覚えている。
「そこまで闘志を剥き出しにするタイプだったっけ?」
当時は取り乱していたがために、どこか記憶も曖昧でおぼろげ。
その後、ホタルは勉強も身に入らず成績がガタ落ちになり、取りあえず受けた高等学校も滑り止めまで全落ちしたあげく、進路さえもまともに決まらないままここに流されて来たのが現状であった。
「でも、今の仕事が自分にあっているかと言えば…そうでもないしなあ」
そうのたまいながらも手元のカメラを見るホタル。
撮影するのは嫌いではないが、ミツナリをお守りしながらの仕事は正直論外。だが、父親でありながらもどこか子供じみた性格のミツナリを今後も自分が見ていかなければならないと思っているフシもあった。
「今頃、同級生は上の学校にいるはずなのに…自分は何をしているんだろう」
思わずもれる独り言…そこに女性の声が被さる。
「だから、最高管理責任者であるカネツキ氏に繋いでくれと言っているのだが」
顔を上げれば通路に美しい銀髪を頭頂部で結い上げた女性が立っていた。
ノースリーブのワンピースに肩まで届くほどの手袋。
包まれた腕を品よく組みつつ、コンシェルジュに渋い顔を向けている。
「先ほども説明している通り。このままだと、あと数日…いや、明日にでも惑星に重大なインシデントが迫っているのだが?」
彼女の言葉にコンシェルジュは理解あるようにうなずいてみせるも、返す言葉は決められているようで『大変申し訳ありません』と頭を下げる。
『オーナーのオウギ様は午後に行われるプレ・オープンの準備のために出払っておりまして、そのため数日間はアポイントメントを受け付けられません。お急ぎの方はあらかじめオウギ様の専用ダイヤルにかけていただくか、または直接お話をしていただくよう、お願いいたします』
女性はそれを聞くと「要は話したく無いって事だろう?まったくもってじれったい」と言うなり手袋をするりと取り、乱暴にコンシェルジュの胸ぐらへと手を伸ばす。
しかし、彼女の隣についていた少年がホタルの存在に気づき「博士、ストップ。人が見ています」と止めに入った。
それに博士と呼ばれた女性は不機嫌そうに「あーん?」と声をあげるも同時にホタルの姿を認め「んー、そっか」と再び手袋を腕にはめてみせる。
「…まあ、しょうがない。ついでだ」
言うなりホタルのもとに歩み寄ると女性は「やあ」とフランクに声をかける。
「惑星生態学者のクラハシだ。隣は助手のザクロ。ヨロシク」
まるで数年来の友人のように笑顔を向けてくるクラハシ、ついでザクロと呼ばれた少年が慌てた様子で腕輪型の端末から名刺を照射する。
「怪しいものではないです。僕らは正式な調査員としてここに来てまして…ただ、内容については仕事の都合で打ち明けられないんですけど」
よけいに怪しさを振りまきつつもホタルに名刺の画像を送ろうとするザクロ。
だが、端末を操作がうまくいかないようで「あ、あれ?」と言いつつ、しきりにボタンをカチカチ押しまくる。
「変だな。普段だったら秒で相手に届くのに」
そうしている内にザクロの額からはだらだらと汗が流れ出し、秒もしない間に床には落ちた汗による水たまりができていく。
見かねたホタルは小さくなっていくザクロの背中に「あー、別に良いですよ。今後連絡を取り合う機会も無いでしょうし」と、声をかけるも途端に彼は「あ…」と絶句するなり、泣きそうな目でクラハシを見上げた。
「ま、そういうこともあるさ」
ついで、慣れた様子でザクロを背後にやるクラハシ。瞬間、レモンのような香りが鼻を掠めたが、クラハシが前に出たためにそちらへと気を取られる。
「名刺には後日に渡そう。それにホタルくんはミツナリ氏と共にプレオープンに参加する人間だ。忙しいだろうに時間を割いてしまってすまなかったね」
謝るクラハシ…だが、その言葉にホタルは目を白黒させた。
「え、私まだ自己紹介していないんですけれど…」
しかし、それ以上話す前にホタルの端末が着信音を鳴らし、父ミツナリの顔が大写しになった。
「おい、いつまで待たせる。予定の時間を5分も過ぎているぞ。あと、乗り場にウルサイ女がいてな。お前も知っている奴だ。対処を頼む」
ホタルはそれに慌てつつも「わかった、すぐ行く!」と告げて通信を切ろうとするが、その手を不意にクラハシがつかんだ。
「だったら、こちらで責任を取ろう」
「…はい?」
途端にパチンと何かが爆ぜるような音がし…
「おお!どうした、いつもより早いじゃないか」
驚き顔でこちらを見るミツナリ。
…気がつけば、ホタルはクラハシとザクロを伴い、空間航路の外に設けられた観光タクシー乗り場で立ちつくしていた。
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