「プレ•オープンへの招待」
「空間航路入り口」
その惑星は吸い込まれるような群青色をしていた。
大陸がひとつもない、青一色の星。
水面から中へと入れば、そこはどこまでも続く深海。
生物の姿は何一つ見えず、底は果てしなく、やがて光が届かなくなる。
ついで映像が再び水面に映ると海上に土台が浮き上がり、緑が周囲を覆う。
その合間をぬうよう高層ビルや公園や道が湧きだし、辺りは賑やかになる。
『我がリゲル社の最新空間移動技術により、未開の惑星モノリスはわずか数秒で美しい海と最新鋭の設備を備えたリゾート都市へと生まれ変わりました』
海上に浮かぶ都市。
頭上のスクリーンは今や3つに分割され、スライダーなどアトラクションのついた巨大なプールに高価な絵画や調度品などが並ぶショッピングモール。豪華な内装の劇場に海中で魚と泳ぐ女性の姿とめまぐるしく映像が切り替わる。
『銀河系最大規模の巨大プールやスパを始め、有名劇団や選りすぐりの演奏家が集う5万人収容可能なコンサートホール。銀河系有数の高級店を揃えたショッピングモールに、この惑星でしか味わえないお酒を使ったケーキや食べ物を取り揃え、惑星スタッフがおもてなしの心でアナタに素敵な休日をお届けします』
「…ホタル。いつまで映像と俺を撮っているんだ」
空間航路内にある中央吹き抜けエリア。
防犯用の電子バンドで括られた本を腰にぶら下げ、電子スケッチブックを片手にポーズを決める父ミツナリの声にホタルは回していたカメラを止める。
「あ、親父すまない」
気づけば、5分以上も父親を録り続けていた。
反重力の電子広告は音声と映像を流し、その横を観光客が通り過ぎていく。
「この後、タクシーに乗ってからホテルで着替えるんだろ?肩書き上、お前さんは腐っても俺の秘書なんだ。そんな態度だったら困るんだよ」
「…わかってるよ」
謝りつつもホタルは腕につけたリング型の端末機器を操作し、空間に投影したスケジュール表を父親に見せる。
「移動予定まで、まだ30分ほどの余裕がある。こっちは、あと2、3箇所資料用の映像を撮りに行くし、親父はその辺りで適当に時間を潰しておいてよ。乗り場のポイントはそっちの端末に送っておくから、5分前には着くようにして」
先ほどの映像を整理しつつ、父親に指示を出すホタルだったがミツナリは不満たらたらな様子で「えー、俺ひとりで行くのかよ?乗り場を間違えたら誰が責任を取るんだよ」と愚痴ってみせる。
ホタルはそれにため息をつき「親父の持ってる端末に、タクシーまでのルートと音声案内をタイマー付きで表示しておくから迷いようがないさ」と断言する。
「それに万一のことがあったら、近くの案内コンシェルジュに聞けば良いじゃないか。丁寧に教えてくれるだろ?」と半ば乱暴にカーペットの区画ごとにたたずんでいる均一の顔立ちをした男性を指さした。
彼らは惑星コンシェルジュと呼ばれるアンドロイドで惑星連合内で認定された公式模擬人格が搭載されている案内人だ。
所有者の許可範囲なら基本的にどんな要望にも応じることができ、いわば総合案内人兼受付的な存在として惑星の区画内に置かれるのが一般的なのだが、その利便性から各メーカーが競って開発し、今ではレンタル品からオーダーメイドのものまでバリエーションに富んだものとなっていた。
(外観も自由に変えられるし、ブランド店舗だと有名モデルの顔になっていたりするんだよね…でも、あまり見かけない顔だなあ。この星のコンシェルジュは誰をモデルにしているんだろう?)
ホタルは一体に近づくと整った顔立ちのアンドロイドをまじまじと見つめる。
どこかで見たような顔立ちでもあるが、それが誰であるかは思い出せない。
ついでミツナリが「あー、くそ」と悪態をつき、ホタルの気が逸れた。
「わかったよ。行きゃあいいんだろ?行けるよ。子供じゃあ、あるまいし」
ついで、二、三歩歩くもミツナリは拗ねたようにホタルの方を振り向くと、「ああ、そうだ忘れていた」と偉そうにふんぞり返って指をさす。
「一応、お前さんも付き人として明日のセレモニーパーティーに参加予定だからな。服装と見目はともかく態度と口調だけは直しておけよ。何しろ金持ち連中に会うんだからな。どこに出しても恥ずかしくない娘を演じてくれよ」
ホタルはそんなミツナリに慣れた様子で「へいへい」と応える。
体はすでに反対方向を向いており、次の撮影場所へと進み始めていた。
「あと、酒も勧められたら飲む予定だから。そこんとこは良いよな?」
「…何度も言うけれど、乱れなきゃな」
決まり切ったセリフに飽き飽きしながら答えるホタル。
しかしミツナリもすでに歩き出してしまったらしく、そこに返答はなかった。
『また、本日午後に行われるプレ・オープンセレモニーには、有名音楽家による演奏や芸術家を招いたトークショーなど各種イベントが行われ…』
頭上から降ってくる広告の音声にホタルはため息をついて天を仰ぐ。
「あれで今回のゲストの芸術家だって言うんだから笑っちゃうよ」
ついで、カメラ構え直し、ホタルは自分の仕事へと戻ることにした。
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