「車内観光、時々酒」

「カネツキはいつもそう。完璧主義で自分ですべて管理しなきゃ気が済まない。父親とはいえ、ホントに困った大人よね?」


 向かいの席でクスクスと笑うのは、まだ年端もいかない少女。


 乗り込んだリムジンの中で予期せぬ同乗者に遭遇したミツナリは「まあ、そうかもなあ」と狼狽しつつも同意の声をあげる。

 

「…私はオリ。カネツキの娘よ」


 黒髪の少女はそう自己紹介をするなり広い車内で足をぶらぶらとさせる。


(見た目でいえば、まだ10歳そこそこ…普通に考えれば、子供を働かせている時点でカネツキは宇宙児童保護協会に訴えられそうな気もするけれど)


 目の前で柔らかな髪をもてあそぶオリを見て、ホタルはどう相手と接したものかと早くも悩み始める…なぜなら、たとえ見た目が子供であるとしても、それは最新の医療技術で若返りをした大人である可能性もあるからだ。


(うかつに相手に年齢を聞いて、訴えられた挙句に多額の損害賠償を負わされて破産しかけた資産家の話もあるくらいだし…年齢について聞くのは論外にしても、話しかける時にはなるべく敬語にしたほうがトラブルは少ないかな?)


 そんな打算をしつつも、軽く当たり障りのない範囲で自分とミツナリを紹介するホタル。その様子にオリは「今日はよろしく」とフランクに微笑んでみせた。


「仕事で忙しいカネツキの代わりにガイドを任されているの。案内人としてまだヒヨッコだけど、都市の見どころはわかっているし、短いあいだになるけれど私の観光案内を楽しんでちょうだいね」


 そう告げるなりオリは手を叩き、リムジン全体の外装が取り払われる。


「驚いた?これ、車のあちこちに取り付けられたマイクロカメラの映像を統合したものなんだ…外が見やすくなったでしょう?」


 ドアも天井も床さえ見えない、まるで宙に浮いているかのような車内。

 人間三人が宙に腰かける構図の中で、オリは得意げに胸を張る。


「予報では惑星はあと二日は雨になるのだけど中と外で景観に差が出ないように映像の補填ほてんがしてあるわ。音声も調整してあるから雨音も気にならないでしょう?リクエストがあれば紹介する建物を内部から詳しく見えるようにできるし、必要なら建設過程の映像も資料として渡すから、要望があったら何でも言って」


 ついで巨大な建物が見えてくると、早速オリはガイドとして説明を始める。


 …始まってみれば彼女のガイドとしての仕事は正確でミツナリが近くの建物に目をやるたびにリムジンは建物の内部へと入っていき、映像操作とはいえ車内にいながらもオリの説明に合わせて内部を探検しているような体験ができた。


「で、この施設を最後に持ってくることで都市の象徴と街全体の景観が整うこととなったのだけれど…どうかなミツナリさん?自分のデザインした都市がこんな形で仕上がったのだけれど、満足いく出来と説明になっていたかしら?」


 ひどくねじくれた神殿を思わせる荘厳なビルの中。


 リムジン内に投影された車内映像の中でオリはミツナリへと首を傾げてみせ、ミツナリも「かなり良い説明だった」と周囲を見渡し、大きくうなずく。


「施工途中の過程も興味深かったし、もらった資料も満足のいくものだったよ。今後の仕事がずいぶんとはかどりそうだ」


 基本、このような時のミツナリは借りてきた猫のように大人しく、筋の通った説明もできるのでホタルは本人の話すままにしていた。


(…っていうか、できるなら普段からそうしろ。こっちは良い迷惑なんだから)


 今やミツナリの持つスケッチブックには彼女の渡した資料映像が満載となっており「それにしてもすごかった」とミツナリは感心しつつも、ため息をつく。


「時間さえ押していなければ実際に中に入ってじっくりと建物の中も歩いてみたかったんだが、いかんせんチェックインの時間があるからな…ガイド形式ながらもしっかりとした説明で大変満足だったよ」


 それを聞いたオリは「良かった」と、安堵の息とともにポンと両手を合わせ、ついでリムジンの景観がビルからリアルタイムの海底トンネルへと切り替わる。


「ちなみに、ここの魚は近隣惑星から持ちこんだ稚魚を増やして繁殖させたものなの。生態系を崩さないために惑星条例に則って限られた範囲でしか育てられないのだけれど、ここで養殖することによって地元産のブランド魚として売り出せるし、養殖場所を観光スポットにもできるから一石二鳥にもなるのよ」


 頭上を泳ぐ大量の魚を指さすオリ。ついで指を動かすと、リムジンの床や壁にモノリス産をうたう商品CMが次々と投影されていく。


「名物として売り出されるのは、新鮮な刺身や焼き魚に干物…変わったところでいうと品種改良で生まれた藻のお酒なんかもあったりするわ」


 それを聞くなり、ミツナリが席から身を乗り出してオリに問いかける。


「もしかして、それは前にカネツキ氏がくれた『モノリスのしずく』か?」


 その尋常じゃない食いつきぶりに、ホタルは思わず父親をひじで小突く。


「…ちょっと待て。親父、いつそれを口にしたよ?」


 それにミツナリは罰の悪そうな顔をすると「ああ、受賞の際にちょっとな」と空とぼけてみせる。


「何しろ、お前さんの前で飲むとうるさいからな。試供品としてもらった小瓶をオオグマと会場裏でちょいと引っ掛けてきたのさ」


 それに思い当たる節があり、ホタルは「あー、あの時ね」と眉をひそめる。


「タクシーでホテルまで送り届けられてきた時のことね…こっちはホテルで待機させられて待てど暮らせど連絡は取れないし。あげく帰ってきてみればベロベロで親父の生まれ育った星の愚痴を部屋で一晩中聞かされて…こっちはマジで迷惑だったんだからね?」


 思わずジト目になるホタルに「あー…次のときには気をつけるさ」と、悪びれた様子もなく視線をそらすミツナリ。


「…でもなあ、あの酒はこれまでで飲んできた中でも最高だったんぜ。なにせ、甘い中にほんのり潮の香りが含まれていてよ。藻で出来た酒だとは聞いていたが、ありゃあ今まで飲んできた惑星の酒の中でも一番だと思ったねえ…」


 そう言って舌なめずりをするなり「で、オリさん」とミツナリは声をかける。


「あの酒を土産に持たせてくれるよう、カネツキ氏にも言ってくれないか?必要なら金も出すしさ。な、いいだろ?」


 立ち上がりつつ、オリと交渉をし出すミツナリにホタルは(また飲む気だよ、この人)と、ホタルは呆れつつ、これ以上の飲酒量を増やされてはたまらないと負けじとオリの方へと話しかける。


「そういえばオリさん。あくまでこれは個人的な質問ですけど。惑星の天候は変えられないんでしょうか?」


 それに「…と、言いますと?」と聞き返すオリ。


「まあ、あくまでこっちの話なんですけれど、親父と一緒に何度か他の星を回っている中で思ったことで、星によってはこういう気象条件がうまくいかないときには装置を用意して、必要な箇所にだけ降らせるやり方をしているところもあったなーとは思いまして、どうしてこの星ではしないのかなと疑問に思った次第で」


 それは、あくまで当たり障りのない範疇はんちゅうでの会話。


 その理由も建設過程で費用が足りなかったためとか、観光目的であえてここの気候を楽しんでもらおうとそのままにしているとか、返答がいろいろあるだろうにとホタルは予想をしていた。


 しかし、意外にもオリは困った顔をみせると「ごめんなさい。多少は不便かもしれないけれど、どうしてもできなくて」と答えてみせた。


「ここは海面に設置された浮島のようなものだから。惑星開発条例で定められた規定だと地表がない星では気象装置の設置自体ができないことになっているから、そもそも難しい話なのよね」


「そうですか」と答えつつ、説明にどこか違和感を覚えるホタル。


 だが、それ以上続ける前に「別に、そんな些細ささいな問題はいいじゃないか」と、ミツナリが割って入るなり胸を張ってみせた。


「それにな、都市の出来には俺は満足しているんだ。俺の構想した建築物が実際に目の前に広がっているんだぞ。作者冥利さくしゃみょうりに尽きると言うものだ。これを施工してくれた、君のお父さんであるカネツキ氏にはいくら礼を言っても言い切れないくらいだ…お前さんにそれができるか?できないだろう」


「そりゃあ、私にゃ無理だけどさ…」と、口ごもるホタルに「君からも俺が大変満足していたと伝えてくれるか?」と向き直るミツナリ。


 それにオリはパアッと顔を明るくさせると「うん、絶対に話しておくね」と、大きくうなずく。


「ああ、本当によかった。この都市を見れてよかったよ!」


 機嫌良く車内で笑うミツナリ。

 その様子にホタルは小さくため息をつく。


(体の良いこと言っちゃって。どうせ酒をもらいたい一心じゃん…)


 そうこうしているうちに彼らを乗せたリムジンは海底トンネルから抜け出し、ホタルたちの予約したホテルへとそのタイヤを滑らせていった。

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