第7話 白い星が降臨した日

 白い星が勇者を選んだその時のことをメイド長が話してくれた。

 夜空に真っ白な流れ星が駆け上がった夜のことを。




 白い星は十五歳の王子の額を次の依り代に選んだ。

 涙を流して膝まずく臣下たちの前で、尊大に鼻で笑った。


 「自分が死んだら国が維持できない。自分なしにこの国は成り立たない。だから魔王討伐など行かない」としれっと言ってのけた。

 その舌の根の乾かぬ内に「自分はいつ旅立って魔王とともに滅びなければならないのだから、自分がいなくても国が回せるようになっていてもらわないと困る。心配で討伐など行けない」といいだし一切の勉強も国王としての仕事も放置する。

跡継ぎが心配だというのならと臣下たちが千里を歩き回って必死で宛がった王妃との間に王子が産まれ、もう大丈夫と思ったら今度は「小さい子供がいるのに死ぬとかありえないし」と言い出した。

 彼はゴールポストを意のままに操る。


 彼に星が宿ってから十年。

 不作は続き、先祖からの土地すらも捨て、人々は国から逃げ出しはじめた。

 父王が命じても臣下が懇願しても、王子は城から旅立つことはなかった。

 「旅立つ」以前に王城の敷地から外に出たこともない。

 そのうちに魔王が住むという樹海からどんどん魔王城が隆起を始め、昼間でさえ人のいる町や村に魔物が現れるようになった。


 呆れ果てた宰相と大臣たちは遂に他国に逃げてしまった。

 前の宰相は、出ていくときに臣下を含めた一般大衆の前で王子を怒鳴り散らした。

「王子として産まれ、勇者として選ばれたのに、何一つ成し遂げようとしないクズ野郎。一秒でも早く死ね」

 要約するとそんな内容。

 罵倒は正論だったので、国王すら止めることができなかった。

 国王も我が子が勇者云々以前に、いつまでも人としてすら自立してくれず、国民からの視線と非難に疲弊し切っていた。彼も心の中で、王子が死んであたらな勇者が選ばれることを願っていた。

 王子は泣きながらふらふらと自室に戻っていって、そしてそのまま人形のようになってしまった。


 ぼーっとして表情がなく、食事はできるけれども会話はできない。

 そんな生活を三年間。


 王子は非難されることにとんでもなく弱い。

 彼の性格を一言で表現するなら「デリカシーがないがデリケート」

 王子は父王に魔王討伐を命じられるたびに、ストレスのため魂が抜け、半年から一年単位で意思疎通ができなくなる。

 普通なら反発するか、生きててすいませんって感じになるかと思うのに、「自分がこんなに優秀なことを認めない世界」を受け入れられずに、魂が抜けてしまう。


 頻繁に起こる天災と魔物の襲来に耐えながら国民は細々と農業に勤しんでいる。城の兵士は生活を維持するため、剣を鍬に持ち替え、王城に集まらなくなった。そんなこんなを繰り返しているうちに、ついに近年国王が高齢のためボケてしまった。


 最近はだれも王子に魔王城討伐に行けとも国を継げとも言わなくなったので、メンタルの調子がいい。



 城の人間は、王子を害虫駆除業者としか思っていない。

 国民は白い星が力を失ったのだと思っている。

「彼は白い星の檻なのだよ。白い星は彼が死ぬまで逃げられない」

 宰相はつるんとした整った顔を笑いの形に歪めた。

「王子が白い星を捕まえている間は、誰も死なない。クズがひとり長生きしているだけで、それ以外の命は無駄になることがない。魔王が滅ぼされる日が来なければ、帝国が我が国を接収することはできない」

 宰相が王子のことをクズと言いきっちゃったことを除けば、いろんな疑問が符合した。

 魔王がいなければ、帝国はこの程度の国は攻め込んで接収してしまうだろう。

 でもこの国には面倒な魔王が住処をつくっている。

 帝国が表立って進軍しないのは、もし征伐できないほどの強さだったら、帝国はかなりの軍力を損傷しなければならない。

 この国の領土に押し込めておくことができる程度の、数年おきに封印と復活を繰り返す程度の魔王で、それをこの国の王が管理できるならラーガルド国は国の形態のまま残しておこうと考えている。


 宰相とメイド長はそれをすべて理解していて、世界をその均衡のうちに保とうとしている。


「どうして、あたしにこの話をしたんですか」

 メイド長は細くとがった顎をくいっとあげて、ひどく悪い顔でにやりと笑った。

「あんた、マンティスと一緒になる覚悟はあるのかい」

「薬、焦げますよ」

 わかるようにむっつりと口を歪めてみせながら、鍋に手をかざす。薬の効果を上げるために魔力を込める。

 なにもまだ言われていないのに、覚悟も何もあるわけない。

 パワハラの上にセクハラだわ。

「あの子は四天王と呼ばれているだろう。彼の一族を束ねる立場にあるからね。メグを妻にするにはいろいろ手順が必要なんだ。私は賛成しているけど」

宰相がにっこりと笑う。

あたしに何にも言わないくせにどこから外堀を埋めているのか。

「言われてから考えるようだと婚期を逃すよ」

「彼女みたいにね」

宰相は言わずもがななことを言って、メイド長にどつき倒されていた。



 その日、メイド長の行き過ぎたアドバイスに対するあたしの苛立ちが魔力として込められた激臭を放つ薬湯は、霊薬並みの効果を発揮したらしいが、服用した多くの冒険者は帝都に逃げ帰った。

 メイド長はその薬に「在庫一掃薬」と名付け、それ以来たびたび作るようになって怪我人に恐れられている。細い瓶に詰め込まれて、寝ている間に鼻の穴に突っ込まれる。口から飲むより効くが、鼻の粘膜がただれて数か月は匂いがわからなくなるそうだ。


『お姉さまへ

 新しい薬ができましたのでおくります。効果は結構高いです。鼻から流し込んで使ってください。感想を聞かせてください メグ』


 定時報告と一緒に、試しに上司に贈ってみたら、「勉強し直しなさい」というコメントと共に製薬の教科書が山ほど送られてきた。有り難く使わせてもらおうと思う。


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