二刀流さっかー

みすたぁ・ゆー

二刀流さっかー

 今日も全ての授業が終わり、私は部活動へ向かう準備をしていた。ノートや筆記用具をカバンにしまったり、授業中は下ろしたままにしてあるセミショートの髪を後ろでひとつに束ねたり。


 もちろん、それは相棒であるサッカーボールを膝や頭でリフティングしながらだ。


 それって普通の女子高生には難しいことらしいけど、私にとっては朝飯前。


 ――うんっ、今日もボールくんは私の思い通りに動いてくれている。それどころかいつもより機嫌が良いかも。打音の響きが軽やかで楽しそうだし。



 よしよし、あとでご褒美をあげるからね。部の練習が始まったら何度も何度も何度も何度も破裂するくらいまで蹴って踏みつけて罵倒してあげるから、もう少しだけ待っててねっ♪





 先月、私は私立逃亡とうぼう学園高校にスポーツ特待生として入学した。入学金や授業料などは全額免除。さらに返済不要の奨学金ももらっている。


 そしてその待遇を得るための条件は、女子サッカー部に所属してエースストライカーを務めるということ。当然、私はその条件を呑んで現在に至っている。


 ちなみに数日前の練習試合では昨年度の県代表校『県立トンカツ高校』を相手に、私は得意の必殺シュート『シン・タイガージェットサーベル』をバシバシ決めて12得点を上げた。


 ……味方が15点も取られたから試合は負けちゃったけど。


 まぁ、うちは県大会初戦敗退がデフォの弱小校だからその程度の失点は仕方がない。それに練習試合で本気を出して、こちらの手の内を明かす必要もないからそれでいいのだ。本戦ではフィールドもボールも審判も、森羅万象を私が完全に支配して圧倒的な実力を見せつけて勝ってみせる。


 これは妄想でもビッグマウスでもない。なぜなら私は世界の名だたるいくつものユースクラブから熱烈にスカウトされるほどサッカーの能力に秀でていて、将来的には日本代表入りも確実とさえ言われているのだから。


 スピード、パワー、スタミナ、テクニック、根性、知略などサッカーに関するあらゆる要素が超高校級。事実、私はトンカツ高校との練習試合で実力の10パーセントも出していない。


 ただ、私がそうした誘いを全て断って弱小校の女子サッカー部を選んだのは、せめて高校を卒業するまではのんびりとサッカーを楽しみたいという想いがあるからだった。




 ――というのは、表向きの理由。


 私には全てに優先して『やらなければならないこと』がある。もしユースクラブなんかに入ったら、サッカー漬けの毎日になってそれが出来なくなるに決まってる。



 それだけは絶対にイヤッ! 無理! 生きていけない!



 だからもし究極の二択を迫られたら、私はサッカーの方を捨てる。未練も躊躇もなくポイッと。断言してもいい。


 そしてその『やらなければならないこと』というのは――





「あっ、宇賀うが! ちょうど良かった!」


 私が部室へ向かって校舎の廊下を歩いていると、ジャージ姿でアラサーのオバさん――じゃなくて、お姉さんが眉を開きながら駆け寄ってきた。女子サッカー部の顧問かつ養護教諭の喜多きた聖子せいこだ。


 緑色に染めたモヒカンの髪が風になびき、まるで茶畑のように見える。もう新茶の季節だからさっさと新芽を摘み取ればいいのに。


「――先生、私に何かご用ですか?」


「うん、宇賀に話があるからすぐに保健室に来て」


「イヤですよ。もし鍵をかけられて密室になったら、何されるか分かんないし。ドーピングとか人体改造とかあんなことやこんなこと。だからこの場で話してくださいよ」


「……ホントにここで喋っていいの?」


「この前の身体測定の結果じゃなければいいですよ」


 さすがに体重やスリーサイズをこんな公の場で暴露されたら困るけど、それ以外ならさほど気にならない。私の『あの秘密』を知っているとも思えないし。


 そもそも私は時間を無駄にしたくないのだ。機会費用だって安くない。


 だからさっさとしてほしいなと思っていると、先生は小さく咳払いをして神妙な面持ちになる。


「次の練習試合が決まったよ。来週の日曜日、午後2時から。相手は重鉄じゅうてつ高校。場所は浅草の隅田川沿いにあるグラウンド。今回も宇賀だけが頼りなんだから、よろしくね」


「そうですか……まぁ、善処しますよ……」


 私は素っ気ない態度で、相槌にも似た感じの返事をしておく。


 だって練習試合なんてメンドいだけだし、うちの部にとってのメリットはあまりないから。むしろ余計なことをしてくれたなという気持ちの方が強い。




 来週の日曜ねぇ……。



 …………。



 ……え? 来週の……日曜……?



 それをあらためて認識した途端、一気に血の気が退いていく。


「す、すみませんっ! その日は絶対に外せない用事があるので試合には出られません!」


「っ!? そ、それじゃ困るよっ! 先方は宇賀が出場するって条件で練習試合を申し込んできたのに! 私、受け取った手付け金の十万円をすでに新宿のホストクラブで使い込――あ……えと……その……メ、メンツってもんがあるんだから、今さら断れるわけないでしょ!」


「知りませんよ、そんなの! 私には関係ありませんッ!」


「ねぇん、ヒナタちゅわーん♪」


「そんな猫なで声を上げても無駄です! っていうか、キモイのでやめてください!! 名前で呼ぶのも馴れ馴れし過ぎます! 私たちの心の壁は、まだ10式戦車の装甲くらいに厚いんですから!」


 そう強く叫び、私の腕に頬をスリスリさせている先生を力一杯振りほどく。


 すると彼女は瞳をウルウルさせ、恨みがましくこちらを見やってくる。


「……その『絶対に外せない用事』って何なの?」


「そ、そんなの何だっていいじゃないですかっ!」


「でも宇賀ってうちの高校のスポーツ特待生だよね? 顧問の私がその気になれば、奨学金とか待遇とかをストップさせられるよう手を回せるって知ってる?」


 普段は頭の弱い先生のクセに、なかなか鋭いツッコミと顧問権限を利用した分かりやすい脅しをコンボで決めてくる。間違いなく権力を持たせたらいけないタイプの人間だ。




 ――でもそっちがその気なら、私にも考えがある。覚悟だってある。



「分かりました。……私ッ、女子サッカー部を辞めますっ!!」


「……っ!?」


「転校やユースクラブへの所属も検討します!」


「ち、ちょっ……っ!」


 私の意思が固い上に本気だと察したのか、先生の顔は真っ青になっていた。しかも視線はウロウロとして定まらず、激しく狼狽えている。


 まさか私が部も学校すらも辞めるなんて言うとは想定外だったのだろう。


 そもそももし私がここを辞めたら、先生の方が責任を取らされると思う。今でも数多の他校や団体が虎視眈々と私の引き抜きを狙ってるわけだし。


「じゃ、じゃぁ、後半っ! 試合の後半だけでも良いからっ! なんなら最後の5分だけでもいいからっ!」


「……後半だけ……ですか……。確かグラウンドがあるのは浅草でしたっけ? ……分かりました。今回はそれで手を打ちましょう」


 それを聞き、安堵の息をつく先生。こうして交渉は平穏のうちに無事まとまったのだった。





 帰宅した私は女子サッカー部の練習によって染みついた土埃や汗をお風呂に入って流し、そのあと夕食を済ませた。さらに明日に提出予定の宿題や新聞に掲載されている詰め将棋を解いて後顧の憂いをなくすと、いよいよパソコンの前へ座る。


 ちなみに日常生活ではコンタクトを付けてるけど、これからやる作業の時は絶対にメガネ。ルーティーンみたいなものというか、そうじゃないとなんか調子が出ないのだ。


 早速、描画ソフトを起動させてペンタブを握り、黙々とペン入れをしていく。印刷屋さんへ原稿を送る締切日まで時間が迫ってきたから、気合いを入れてスピーディかつ丁寧に作業をしていかないと。


 まぁ、今回の新刊は早めに取りかかったから、落とすってことはないと思うけど。


 ふふふ、読者のみんなの笑顔が目に浮かぶ。元気にスペースに来てくれるかな? 久しぶりに会って徹底的に推しカプ談義もしたい。


「ふふふふふ……ふふふふふふふふ……っ!」


 思わず笑みがこぼれてしまう。鏡を見たら、きっと不審者みたいなヤバイ顔をしているんだろうな。




 ――そう、私がサッカー以上に熱を入れているのが同人活動。『ぽかぽかたいがぁ』の名義でオリジナルや二次創作のBL漫画を描いている同人作家なのだ。今では一定数のファンも付いているし、書店さんに委託もしている。


 当然、そのことは高校の誰にも話していない。言えるわけがない。昔に比べれば理解が進んだとはいえ、それを知られたらどんな目で見られることか。だからオフで同人活動をする際は変装したり、言動を変えたりしている。


 いずれにしても、私は女子サッカー選手と同人作家の『二刀流』というわけだ。


 そして練習試合のある来週の日曜日は数か月ぶりとなるオンリーイベントの開催日。新刊を待ってくれているファンのみんなのためにも、絶対に新刊は落とせないし不参加なんてあり得ない。世界がひっくり返ったとしても、小惑星が降ってきたとしても、行かなければならない。サッカーなんて二の次だ。


 まぁ、偶然にも今回のオンリーイベントが開催される会場が浅草にある展示場で、早めに撤収すれば試合の後半には間に合いそうだから参加をOKしちゃったんだけど。


 それに先生に恩を売っておけば、いつか何かの役に立つかもしれないし――。


「なんにせよ、まずは新刊の原稿を仕上げないと!」


 ブラックコーヒーを啜り、メガネの位置を直して再び画面を注視。ペンタブでキャラに命を吹き込んでいく。



 こうして私の長い夜はまだまだ続く……。



〈了〉

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