第33話 番外編 酒場に集う男達 その2



 ここはとある町のとある酒場、今夜もこの店には酒を求めて、ある者は酒を嗜みに、またある者は男に磨きをかけに酒場へと集っていた。


この店の常連客の一人、髪型がアフロヘアーの男、ボンバーヘッドはいつものカウンター席に腰掛け、酒の入ったグラスを眺めながら、一つ溜息をついた。


「はあ~~」


「・・・どうしたい? 溜息なんかついて」


この店のマスターは皿を布で拭きながら適当に聞いてみた。


「なあ、マスター、俺にはピース&ラブは似合わないのかねえ~」


「おいおい、どうした、藪から棒に」


ボンバーヘッドはグラスに入った酒を一口飲み、項垂うなだれながらマスターに問い掛けた。


マスターは皿を磨き終わり、次の皿を磨く為、もう一枚皿を手にする。


「いやさ、この前色町に行ったんだけどさあ」


「おいおい、色町だって? まさかお前さん、この前言っていた惚れた女に告白するって話は、あれは泡姫にだったのかい? 止めときなって、泡姫に熱を上げたって相手にされないだけだぜ」


マスターはボンバーヘッドに落ち着いた表情で助言を与えた。


ボンバーヘッドはグラスに入った酒を煽り、カウンターにうつ伏せになり、答えた。


「ちげえよ、その女の事はもういいんだよ、折角男の熱いハートを見せて告白したってのに玉砕したんだよ、男は顔だとよ、まったく、やってられないぜ、失敗面しっぱいづらの俺に一体どうしろってんだ」


「あちゃ~、やっぱりダメだったか、だから言ったじゃねえか、髪型を変えてみろって、ハートだけで女を落とそうとしたって無理だぜ」


マスターは皿を磨きながら、更に言葉を続けた。


「大体、男だって女を選ぶとき、顔や身体を見て吟味するだろう、それと一緒さ、女だって男を品定めして判断するもんさ、別に男だけって訳じゃないよ」


この言葉を聞き、ボンバーヘッドは酒の入ったグラスを手で弄び、半ば諦めた様子で答えた。


「もういいんだよ、あんな女の事は、男は顔だとか抜かしてる奴なんかこっちから願い下げだぜ、もういいよ、終わったんだよ、玉砕したんだよ、所詮イケメンがモテる世の中なんだよ、この話はもういいんだよ、それより俺の事だよ」


ボンバーヘッドは一頻り喋ると、カウンターから起き上がり、またマスターに問い掛ける。


「なあ、マスター、どう思う?」


「色町に行ったって話か? まあ、お前さんも男だ、振られた後に他の女に慰めてもらうってのは、そいつも一つの人生なのかもな。だが、性病だけは気を付けろよ」


「そうじゃねえよ、俺にはピース&ラブは似合わないのかって話だよ」


ボンバーヘッドは酒を一口飲み、もう一度マスターに問い掛けた。


「なんだよ、一体何があったんだ?」


マスターは聞き返し、ボンバーヘッドは語りだす。


「この前の話なんだけどな、愛の巣って店の人気ナンバーワンの子で、スカーレットちゃんに慰めて貰おうと思って店に行ったんだよ、そしたらその子はどうやら出勤してなくてさ、まあ、折角来たんだし、代わりの女の子でいいや、って思ったのさ」


「ふん、ふん、それで?」


「その代わりに紹介された女ってのが、これがまたセイウチみたいな女でさ、しかも部屋に入る時、ドアに足の小指をぶつけられちまって、痛いのなんのって、更にいざ事に及ぼうとしたら肝心な時に限って役に立たなくてな、もう踏んだり蹴ったりだったぜ」


「ふーん、まあ、そういう店ってのは当たりはずれが激しいって聞くけどな、それはあれじゃないのか? 安易に別の女に慰めて貰おうって考えに渇が入ったんじゃないのかい」


マスターはボンバーヘッドの説明を聞いて、自分なりの見解を述べた。


「そうは言うけどさあ、足の小指は痛えは、セイウチは出てくるは、役に立たないはで、泣きっ面に蜂だったぜ、いいじゃねえか、色町で慰めて貰ったって、俺の何がダメだったんだい」


ボンバーヘッドはグラスを回転させながらマスターに愚痴をこぼした。


マスターはボンバーヘッドに何と言葉を掛けるべきか悩んだ、こればかりは男と女の問題に首を突っ込もうとは思わなかった。しかも色町絡みともなると闇は深くなる一方である事を、マスターは知っていた。


「なあ、お前さん、もう色町に行くのはやめときな、本気にならねえうちに、大体、色町っていったって金が掛かるだろう、通うなんて金が幾らあっても足りないぜ、悪い事は言わねえ、色町通いだけはやめときなって」


この言葉に、ボンバーヘッドは確かに金が掛かるなと思い、マスターの助言に耳を傾けた。


「まあ、確かにな、マスターの言う通りかもな」


そこで、隣のカウンターで飲んでいた客の一人が横合いから声を掛けてきた。


「ちょっといいかい、さっきから話を聞いていたが、どうも他人事には思えねえ」


その男は髪型がモヒカンの頭をした男だった。そのモヒカンが自分の意見を述べた。


「いいかい、色町で働いている女ってのは、大概が金に困った奴か、もしくは本当にそういう行為が好きでその仕事を選んだ奴かなんだ、そんな女に慰めて貰うってのは決して悪い事だけじゃないぜ」


その言葉に、ボンバーヘッドはキョトンとした。さっきまでマスターが色町に行くのはやめた方がいいと助言してくれたが、この男は寧ろ色町はいいところだと言っている気がした。


「あんたは色町に行く事に賛成なのか?」


「ああ、寧ろ、女を抱く為だけじゃなく、色んな話をしたり聞いたりして、自分の人生を豊かにする目的だってある筈さ」


そこで、マスターはこんな事を言った。


「しかし、金の問題だってあるぞ、通うのはおすすめしないがな」


「確かに、マスターの言う通りだ、金が掛かる、だから、色町に行くなら何か記念日のときに行けばいいんだよ、寂しい男達はそうやって色町の女に慰めて貰うものさ」


モヒカンの男はグラスに入った酒を飲み、ボンバーヘッドに色町の良さを伝えた。


ボンバーヘッドはこの言葉にどこか納得したようなしないような、そんな曖昧な気分になった。


「うーん、色町か・・・俺は行くべきなのか、それとも行かざるべきか、どうしようかな」


ボンバーヘッドは悩んだ、そこで、マスターがこんな事を言った。


「まあ、金に余裕があればいいんじゃねえか、だが、入れ込むのだけはやめとけよ、マジで金が無くなるからな」


この言葉に、ボンバーヘッドは幾分か気持ちがすっきりした。


「そうだよな、金に余裕があれば色町に行ってもいいよな、よーし、俺は今日は行くぜ」


そう言いながら、ボンバーヘッドはグラスに入った酒を飲み干し、カウンターの席を立ち、出口へと向かう。


「マスター、今日はここまでにしとくわ、じゃあな」


「おいおい、またツケで呑んでいくつもりかよ、いい加減ツケを払っていってくれよな」


「何言ってんのマスター、この店のツケを払ったら金が無くなっちまうじゃねえか、じゃあな、行って来る」


そう言いながら、ボンバーヘッドは酒場を後にした。


「それじゃあマスター、俺も今日はここまでにしておきますよ、ご馳走様」


「はい、また来て下さいね」


モヒカンの男も酒場を後にする。


マスターは客の帰った後、後片付けをして、一人ぽつりと呟いた。


「俺だって、かみさんがいなけりゃ色町の一つぐらい行ってみようと思うんだがな、はあ~、さてと、俺も帰るか」


今日もこの酒場には男達が酒を飲みに、または、男を磨きに集うのであった。


何の他愛の無い話だが。


それが大事なのだ。




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おじさん、異世界転移す 月見ひろっさん @1643

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