第9話:痕跡、生活、図鑑

 フィーネは『次は最速記録に挑戦したいなー』と口にしつつ、ほんの少しだけ、日頃自身に課している戒めを緩める。


島の魔力事情を知る程度ならば、それだけで十分だった。



「知覚領域、拡張」



 無機質な呟きと共に、フィーネの体が金色の煌めき――彼女自身の魔力に包まれる。


 魔力の感知は魔法の心得がある者であれば程度に差はあれ誰でも行えるものだ。


 しかし、前準備も無くこの島全域を対象とした感知を即座に行える人物は、アニエスの知る限りフィーネと彼女と似たような運命を背負っていたある人物しかいない。


「――うん。やっぱり、普段から魔法を使ってる人はいないね。島の人はみんな魔力を鍛えてもないよ」


 数秒で調査を終え、力の脈動たる光を収めたフィーネはそう結論づけた。


「リデルや他の人を見た限り素質はありそうなのに。もったいないわね」


「そうだね。それはそれとして、島の人以外の魔法が稼働してるのは見つけたよ」


「……どういう事?」


「古い魔法がこの島の一番高いところで待機状態になってるみたい。大きさ的に自宅を改造したアトリエかな。島の人が見つけられない場所にあるわけじゃなさそうだし、あとでリデルちゃんに聞いてみない?」


「そうね……聞いてみて問題が無さそうなら明日から調べてみましょうか。この星の歴史について触れられる何かが残っていればいいんだけど」


 その後、アニエスとフィーネはこの島において積極的に魔法を使うかどうか話し合ったが、方針はすぐにまとまった。


 島に魔法を使える者がいないと判明したため、二人はひとまず自分達がそのような力を使えるという情報を島の住民に伝えない事にした。


 自分達はすぐに去りゆく放浪者であり、島の情勢に必要以上の影響を与えないための配慮だ。


 次の行動方針が決まり休憩も済み、アニエスがそろそろリデルに声をかけにゆこうかと考え出したところで、彼女はふと重要な事に気づいた。


「…………まさか」

「? どうしたの、アニエス?」

「この家……」


 そう言って、少し焦った様子で建物の中を見回すアニエス。


 入った時点で危険が無いかどうかは確かめていたため、フィーネには何を気にしているのか不可解だ。


「ねえ、どうしたの?」

「……ここ、水道が通ってない」


 そう言われ、フィーネも部屋を確認する。


 アニエスの発言は正しく、調理を行うための作業場こそあれど、この建物には水が流れる仕組みが存在しない。


 代わりに木で出来た水桶のようなものが幾つか置かれていた。


「ああ、湖まで汲みに行かないといけないんだね。ボクたちがこの島へやってきたのは急な話だし、ここに水が無いのはしょうがないんじゃないかな」


「そうだけど。そうじゃなくて、そもそもこの部屋、トイレも無いんだけど」


「だね。リデルちゃんにどこにあるか聞いてくれば?」


「……自分は困らないと思って」


 ぶつくさと文句を言いながら、アニエスは筋向いのリデルの家へ『トイレはどこですか?』と聞きに向かう。


 故郷の星で魔法使いアニエス・サンライトを知る人物であれば耳を疑うだろうなとフィーネは内心おかしく思った。


「そうだ、忘れない内に」


 アニエスが出かけている間。フィーネは先ほど自分だけが知らないまま話が進んでいたユニコーンについて調べる事にした。


 あの時の様子からして友人が怒った理由にある程度の検討はついていたものの、彼女の好奇心は実際に自分自身が事実を知る事を望んだ。


 アニエスの過保護とも言えるフィーネに対する態度だが、当の本人は必要無いと思いつつも疎ましくは感じていない。


 彼女の願いは、なるべく叶えてあげたいと考えていたから。



そらの書庫よ、我が元へ」



 短い呪文を唱えて、フィーネは無尽蔵に等しい情報が記される魔法へと接続する。


 星々を廻る旅に出る前に扱い方について学んだため操作には手間取らない。


 人間ならば目を通そうとするだけで一生が終わる膨大な目録の中から生物の欄を手繰り、ユニコーンあるいは角馬と呼ばれている魔獣の情報に辿り着く。


 必要以上の事を知り過ぎないように注意しつつ、その項目を読み込んだ。


【《名称:角馬》一角の馬。魔力値の平均はヒトよりも高い。創造主は記録を残さなかったため、設計意図は不明――】


 その他、ひたすらに生命体としてのユニコーンの情報が流れ続ける。


 それらにも目を通しつつも最後の補足のような文章がフィーネの気に留まった。


【本種には種族を問わず処女性を持った女性に懐く習性がある。懐いた相手に対しては角を揺らし、その後完全に無防備になるため魔力の弱い人間にも狩られ得る】


【その判断基準は肉体的なものから精神的なものなど群れや個体によって異なるが、共通して出産経験のある女性には興味を示さない。この習性についても創造主の意図は不明だが、求愛行動の一種とされる】


 アニエスが言った通り、彼女がユニコーン達に怒ったのはくだらない、感情的な理由だった。


 ある意味友人の名誉を侮辱された事に憤慨したとも言えるが、フィーネがその手の事に無関心である事をアニエス自身よく知っている。


 だから、物事を端的に処理するフィーネにとっては意味の無い事のはずだった。だが。


「前言撤回。アニエスが大人になれる日はだいぶ遠そうだなー」


 フィーネは、どこか楽しそうにそう言った。


 お互いがお互いにそんな感情を抱く事が、自分と彼女との友情の証であるかのように。

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