第4話:島の少女
そのやり取りがあってから進んでさらに十数分。
斜面の続く草原に木がまばらに姿を見せるようになったところに、アニエスとフィーネが初めて出会う異星に住まう者がいた。
その人物の傍にはユニコーンが一頭控えており、近づきつつある二人に視線を向けてくる。
が、肝心の当人はまだ気づいていないようで、木に生っている林檎のような果実をのんびりと収穫していた。
「こんにちはー」
「え……!? あ、は、はい……こんにち、は……?」
フィーネに声をかけられた相手は明らかに動揺していた。
声色からすると二人と同じくらいかそれよりも若い女性のようだ。
彼女は見知らぬ人物から声をかけられたというだけでなく、まるで初めて見る謎の生物から突然話しかけられたというような反応を浮かべている。
「えっと……どちらさま、でしょうか? なんだか不思議な格好されてますね……?」
「私達は遠い所からやって来た旅人よ。もしよければ、この島について少し聞きたいのだけど、構わないかしら?」
「遠いところ? もしかして、島の外ですか……? だから変わった毛皮? をしてらっしゃるんですね」
島の少女は、アニエスやフィーネとは少々異なる姿形をしていた。
全身が白い毛皮に覆われ、耳や鼻の形も人間と違い獣を連想させる。
体毛が多くあるからか、衣服も非常に簡素なものを身に着けているだけ。
その姿は哺乳類の獣を人型にしたようなものに見える。
「あはは、ボクたちのは毛皮じゃないかな。キミがしているその布みたいに、体が汚れないようにするための道具だよ」
「あ、そうだったんですね。すみません、私、島の外のことはぜんぜん知らず……」
「気にしないで、私達もこの島の事は何も知らないから。お互い様よ」
少女と会話をしながら、アニエスとフィーネは魔法でお互いにだけ通じる言葉を交わす。
(この子、魔人なのに魔力の気配がぜんぜん無いね)
(……言葉もこちらが合せないと通じなさそうだし、魔法を使えないのかもしれないわね)
土地が変わればそこに暮らす生き物、ヒトであれば文化が変わる。
言語というものにも当然地域差が生じるものだが、この世界において魔法が使える場合はその限りではない。
魔法には宇宙のどこであれ、知性さえあればどんな生命に対しても共通して通じる“
この言語は少なくともアニエスとフィーネが育った国では魔法を覚える際に基礎教養として教わるものなのだが、今二人の前にいる少女は通常の音声言語で会話をしていた。
(フィー。この島に魔法が有るか無いかがはっきりするまでは人前で力を使わないで)
(わかったよ。アニエスこそ、ウマに怒って魔法使わないようにね)
(…………わかってる)
アニエスとフィーネは内緒話をしている間も器用に少女と会話を続けた。
少女は初めは自分と違う姿をした旅人を名乗る二人に驚いていたものの、純粋なのか全く不信感を抱いていないようで、住んでいる場所への案内を頼んでみたところ快く請け負った。
傍で待機していたユニコーンに果物の入った籠を預け、そのまま出発する事に。
「そうだ。ちょっと聞きたいんだけど、そのウマってキミの町で飼ってるの?」
「いえ、飼っているわけではないんです。でも、女の子の言うことはある程度聞いてくれるので、用がある時とかは草原にいる子を呼んで手伝ってもらってます」
「? なんで女の子の言うことは聞くの?」
「……そこがこいつらの駄馬たる所以よ。私の口からは言いたくないけど、それでも調べるなら、もう止めない」
アニエスは不快げに言い捨てながら、振り返る。
少女が連れてきた個体とは別に二十四頭のユニコーンは相変わらず付かず離れずという微妙な距離におり、三人を見ていた。
「あはは……まあ、害があるわけではないので……」
「でも、気持ち悪くない?」
「そう言う子もいますね。私は今のところそんなに気にならないので、いいかなって。それにしても、角馬はよそでもおんなじなんですね……」
フィーネは自分の知らない知識を前提にした会話の内容を後で吟味するために記憶に留めつつ、ユニコーン達を見て最初に思った話題について尋ねる。
「飼ってるわけじゃないってことは、もしかしてあんまり食べたりしないの?」
「た、食べませんよ!? 動物を食べるなんて……もしかして、海の向こうだと当たり前なんですか……?」
フィーネの質問に対し、少女は怒るというより虚を衝かれ戸惑う反応をしていた。
(こういうの、菜食主義って言うんだっけ?)
(この場合、主義主張というよりは習性の話な気がするわね。私達の星の人間とは食性が大きく違うんだと思う。島の住人は全員何かしらの魔人みたいだし)
(難しいなぁ。アニエス、ボクがうっかりこの子を怒らせないように話題振ってもらっていい?)
(……覗きをするみたいであまりいい気分じゃないんだけど)
(そういうことを気にしてる内は、アニエスが前に言っていた目標にはずっと届かないよ?)
(はあ……やればいいんでしょ、やれば)
アニエスは投げやりにフィーネとの会話を切り上げ、少女に対して意識を集中させた。
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