Ⅳ 痕の祀り

 窓の外を見ると、激しい閃光が走っていた。今さっき聞いたのは雷鳴で、きっとそれは春の嵐が連れてきたものに違いなかった。


「実験は即刻中止だ! 被験者のメタバース接続を解除して、ヘッドセットを外してあげろ!」


さっきまで流暢に、恐怖が忘却にもたらす有効性を語っていた医者(なのか?)とは思えない取り乱し方だった。


「メタバース、接続解除の仕方が分かりません!」


「なんとかしろ!」


代表取締役の医者は、怒号を浴びせる。


そうして、ごたついているホールの中を覗いていると……。


バチン!


と大きな音がして、ホームセンターの電気が消え、辺りは真っ暗になった。


「おいおい、どうなってるんだよ!」


苛立たしげに叫ぶ医者は、頭を掻き毟ったまま、動こうとはしない。


数秒後、ホールの中で火花が散ったのが見えた。

サーバーがショートしたのだろうか。


雷による地面の振動で、拓郎はベッドから投げ出された。


拓郎は、強く頭を打った。

看護師が、脈を測りに行く。


「拓郎さん、脈拍ありません!」


「おいおい、嘘だろ……」


医者は、泣きそうな声で呟いた。



——弟は、死んでしまったのだろうか。



ベンチの下で、考える。脈拍が無くとも、息をしていなくとも、まだ拓郎は仮想現実の世界に閉じ込められたままなのではないか。


俺は走った。

弟に、拓郎にもう一度会うために。


「おい! 俺にもその被験をさせろ!」


必死になって叫んだが、止められた。


「外からアクセスすれば、弟に会えるんじゃないのか? なぁ!?」


「ダメです! サーバーは落ちているし、無理です!」


「良いから! させろよ!」


喉が涸れたが、それでもまだ叫び足りなかった。

弟は、弟はどうなっているんだ。


暗闇に目が慣れてきて、空いているベッドを見つけた。そのヘッドセットを、強引に装着しようとした。


弟は泡を吹きながら、活け締めを忘れられた魚のように暴れていた。その横では、沙羅が静かに眠っていた。地獄みたいな光景の中、俺は気を失いそうになった。


しかし、ここで俺はあることに気がついた。


弟が目にしていた白無垢の幽霊。あれは、死んだ妻の怨念などではなくあの医者だったのだ。あの医者が、精神が弱った弟の生活を監視し、このインチキ事業のターゲットに定めたのだ。つまり、夢と現実の境目が曖昧になった弟の視界の隅にちらついた奴の姿が、ホラー映画の中での幽霊のイメージと混同されて、それが弟を震え上がらせていたのだ。


全てはあいつの計画通りだった。弟が見せられている映像も、ここに俺らが来ることも、あいつの脳内で計算できていたのだ。クソ。弟をどうしても助けたい。


弟に近寄る。


すると、俺が近寄った足音で弟はピクリとも動かなくなった。どうして? 俺は途端に焦り出す。弟は、妻の絹子の死因が事故によるものだったのではないことを知っていたのだろうか。私情に突き動かされて患者を滅多刺しにした愚かな医者によるものだったと。彼女の一人すらできたことがなく、結婚までした彼に嫉妬して、手術室で局部を咥えることすらしてくれなかった患者を終いには殺した、。彼女が、少しだけ性欲を満たしてくれれば、メスは握らなかったのに。きっと嫉妬で殺人なんてしなかったのに。


——了——

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ホワイダニット・ホワイトの治験 ; revised QUILL @QUILL_novel

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