天使と悪魔

ひろかつ

天使と悪魔

 親父の反対を押し切って、僕は警察官になった。決して恵まれた体躯をしているわけではないが、それからも我武者羅に勉強を繰り返し、晴れて刑事に昇格もした。

けれども、警察と言う国家公務員ほど、ブラックな組織はないだろう。

急な張り込みや事件などで寝ずの出番などは当たり前。こちらの都合などお構いなしに事件などが発生するからだ。

そんな張り込みの時に、車の中でついウトウトとすれば強面の先輩に怒鳴られる。

「たるんでるぞ!しっかりと見張ってろ」と言った矢先に、先輩は目を瞑っている。

(おいおい、そりゃずるいんじゃないか~)

ある時、張り込み中に差し入れがあった。

アンパンと牛乳が僕の手の中でクスクスと笑っているのだ。

まさか、本当にあんパンと牛乳?漫画かよ!と思っていると、

「メシ屋に行くわけにはいかないだろ?交代が来るまで我慢しろ!」

(ずっと張り込みしててもう3時だよ~、交代もこないじゃないか)

と泣きそうな目をしていると、案の定、たるんでいると言われ、後日、道場へと呼び出される。僕にとっては剣道や柔道などは「鍛錬」と言う建前に隠された「シゴキ」だ。

「お前、そんなんで良く警官になれたな」

(いやいや、僕は頭脳派なんで~と言っても聞いてはもらえないだろう)

それでいて下手をすれば殺されるかもしれないのだ。

犯罪者はまともな神経を持ち合わせていない者が多く、武器を所持している可能性が高い。何時、身の危険に曝されるか分からない。そのような愚痴を言おうものなら、

「だから鍛錬するんだよ」と結局は先輩にしごかれる。

身体も精神もボロボロになり果て、帰宅すれば呼び出しがある。踏んだり蹴ったりな生活だ。

それでも、先輩や上司なども、同じ道を潜り抜けてきたのだ。

無事に事件が解決すれば爽快感を味わえるし、自分の努力が実を結べば嬉しい。

小さな子供が無事に保護されたときなど、身内のごとく喜びもしたものだ。

だからこそ、意地でも辞めたくはない。


それでも、疲れ果てた時には、たまに地元へと戻る。

地元は地方の工業都市で人口は多くはないが、それなりの街だ。

古くは鉱山が活気を見せていたが、採掘量が減り閉山となった。

それでも、加工業などが街の活気を維持し、人々の暮らしを守って来た。

飲み屋街だってあるし、少し移動すれば山にも海にも行ける場所だ。

新幹線だって止まる。


僕はこの街が好きだった。

大学こそ東京の学校に通ったが、高校まではここで生きてきた。

同級生の多くがこの街で生きている。

彼らと語り合うのも帰省の楽しみだ。

でも、僕は家は嫌いだ。

いや、高校に上がるころに嫌いになった。だから東京に行ったと言ってもいい。


「ただいま」

「若。おかえりなさいやし」

そう、僕の親父はヤクザの組長である。

「さて、飲みに行くか!」と、着いて早々仲の良い若い衆を連れだす。

親父と顔を合わせたくないのも理由だ。

親父にしても、警官になった息子とは話も合わないだろう。

飲み屋に向かう途中で、同級生にも連絡を入れる。もう、騒ぐ気、満々である。

鬱憤晴らしなのだからしょうがない!と、自分に何度も言い聞かせる。


羽目を外して騒ぎになるのもしょっちゅうだ。

それは店側もわかっている。

「いつも悪いね」と、ママに頭を下げるが、本心ではない。

「いいのよ。戻ってくるのもたまになんだから」とママも受け流す。慣れたものだ。まぁ、工業都市ということもあって、気の荒い人間も多い。

当然、僕らとひと悶着あって喧嘩になることだってある。

酒の力とは恐ろしいものだる。


僕がその場を収めようと必死になればなるほど、相手は強気に出てくる。

(あー、この人、目がいっちゃってるな~)

「どうします?」と、若い衆が小声で僕に訊ねた。

「いいよ。好きにして」と仕方なしに答えると、若い衆の顔に笑顔が浮かんだ。

これでいつも通りの展開ってやつか。と見ていると、

若い衆が組の名前を出して、今度は一方的にボコる。

(血の気が引くって目に見えるんだな)

目に怒りを貯めていた男は、酒による赤ら顔を一瞬で青く染めた。

同級生もやんややんやと大騒ぎだ。

店の娘に被害が出なければ、ママも止めたりはしない。

なにせ、備品の多くは喧嘩の弁償で買い換えた物ばかりだからだ。

ママにしてみれば、たまに来て店を壊してくれた方が、内装も奇麗になるし喜ばしいのだとか。(ヤクザからふんだくるとは良い度胸だ)と笑ってしまう。

とは言え、喧嘩は流石にやばいので、僕は一切手を出さない。

それがかえって「若」と周りが認める一因でもありそうだ。

こんな時、刑事と言えば違う意味で騒ぎになるだろう。

何せ市民を守るのが警察官なのだから。

口が裂けても言えないのだ。

だからこの店では何も言わずに組の名前を使わせている。それよりも、

(今夜の弁償額はいくらかな)などと考えている自分に笑いがこぼれる。

若い衆が一発殴られた。

「おいおい。たるんでるな。明日は道場な」とからかう僕。

どうやら僕の鬱憤は晴れたようだ。また元気に頑張れそうな気がしてきた。

こんなことをしてはいるが、ヤクザになる気はない。

警官と言う職業に誇りを持っているし、将来も安泰だろう。

何せ公務員なのだから。

ただ思うのは、善と悪との二刀流も時には便利な代物だと言うことだ。

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