[第三話]始まりのレール:第二タワーにて

 この世界の『タワー』はガイアの腕を支える柱であり、それに付随する各国家へナノマシンを供給するライフラインとしての役割を果たしている。大半の国家はタワーから供給される大量のナノマシン、しいてはそれから生産される飲み水や食料に依存し切っており、またそれが当然であると認識している。


 何故ならそれがこの世界の、遥か昔から続くあり方だからだ。生まれた時から人々はそれが当然であり常識であり、それに違和感、ましてや不満を抱くことなどなかった。そうして不自由なく生きていられるのだから、依存し切っていても問題はないと、ほとんどの人間がそう感じているのだ―――



 始まりの線域の『第二タワー』は、少し前まで線域の最も端に立つ第一タワーとは比べ物にならない程の多くの国家が往来していた。それもそのはず、各線域には七基のタワーが存在し、その内の四基が線域の中央を横断する幹レール沿いに立つが、第二・第三タワーはその中心地を挟むタワーであり、その間に大半の国家が存在し、ナノマシンの供給にその二基のタワーを頻繁に利用しているのだ。


 その第二タワーには入港してナノマシンの補充や国家の増築を行う国もあれば、ただ足早に通過して行くだけの国も…かつてはあった。


 しかし今は第一タワー側の線域が封鎖されており、その封鎖を知らずに訪れた複数の国家がタワー内部で大渋滞を引き起こしていた。タワー内部には一応方向転換用のレールも存在するのだが、あくまで非常用の一か所のみであり、第二タワーを訪れた国家全てを捌き切るには相当な時間が掛かることが見て取れた。


 そんな中、第一タワー側から入港したテンの国は第一タワーに寄港した時と同様に、上層の桟橋に入港していた。そしてテンの部屋内部ではカプセルベッドに腰掛け、無言でうな垂れているているジュンと、机の前の椅子に座り、モニターに映る第二タワーの管理者と会話しているテンの姿があった。


「…レール崩壊時の映像、及びその時の状況説明については以上で十分です…では続いて、注文の国家の増築についてはこちらで手配致します。確認ですが、現在のテンの国と同様の型の箱をもう一つ、現在の箱の後方に結合する形でよろしいでしょうか?」


 第二タワー管理者は中年の女性であった。彼女の言葉を聞き、テンも応える。


「…ああ、管理AIだけは付けなくて大丈夫だ。それ以外はまるっきり同じのを頼む、あと!水耕栽培セットも…予備含めて8部屋分頼む、適当に最下層の部屋に入れておいてくれればいい」〔よかった〕


 慌てて付け加えたその言葉に、一瞬ツウの安堵の声が重なる。管理者はツウの声には触れず、定型文のような言葉を続ける。


「分かりました。結合作業用のドローンも全てこちらで手配致します故、今しばらくお待ちください」


「助かる、あと…難民の受け入れは」


 返答は分かり切っていたが、テンは念の為尋ねた。しかし言い終わるより早く管理者は答える。


「…タワーでは公正を規すために、外部からのいかなる人員の流入も受け入れておりません…職を求める労働者であろうと、例え国を失った難民であっても…我々タワーの立場もご理解ください」


「…ああ、分かった!難民の一人や二人の受け入れぐらいやってやるさ」


 その言葉に管理者は深く頭を下げ、通信は終った。モニターにツウの顔が映し出される。テンはその顔から視線を逸らす様に自らの左背後、ジュンの方へと視線を流した。彼女は静かにカプセルベッドに腰を掛けている。


 そして―――


「別のタワー所属とはいえ配達員すら受け入れ拒否ってやばくない?」


 開け放たれている窓の外に、当然のようにドローンバイクを停車しているもう一人…コウが部屋内へ向けて誰へともなく言い放った。


 しばらく部屋は静寂に包まれた。その沈黙をツウの静かな声が優しく破る。


〔…今回の件に関するタワーのデータベースを確認した所、崩落に巻き込まれた国家は黒鉄の国を含めて十五か国、同様の事象の発生の有無についても改めて調査しましたが、発生事例は確認できませんでした〕


「…タワー側も予測不可能だったと、そういうことか」


 二人の会話の最中、軽い衝撃で国が軽く揺れた。テンの国の後方にもう一つ、十六部屋分の箱が接触したのだ。外部ではドローンたちがせっせと国の接続作業を始めているのだろう。


 テンは黙って考え込む。それを見て部屋にいるもう一人の人物、ジュンが毅然とした表情で顔を上げた。


「…あなた方には感謝の言葉も絶えない、見ず知らずの私を助けてくれたばかりか、入国と滞在を認めてもらえるなんて…」


「まあ…黒鉄の国は閉鎖的だったが、外の国は大体こんなもんだ!心配しなくていい」


 つい先程難民の受け入れを拒んだタワーの事を棚に上げ、テンは明るく応え、さらに続ける。


「国の拡張も元々計画してたからな」〔計画していたのは私でしたが…〕


 二人のやり取り、特にツウの豊かな表情を見てジュンは微笑んで頷く。しかしすぐに真剣な表情に戻り、自分から話を切り出す。


「…あなた方はどれぐらい黒鉄の国の現状を理解していますか?私を受け入れることのリスクは解っているのですか?」


 あくまでにこやかに話していた二人はその言葉を聞いて、ひと息吐くとあくまで明るい表情のまま


「…ああ、『全て』理解した上で、だな」


 そう答えた。ツウも続ける。


〔三十三年前、黒鉄の国は始まりの線域のほぼすべての国家に対して断交を宣言。その直後に同線域の百を超える国家から同時に宣戦布告を受け、戦争は今現在も継続中―――〕


 その言葉にジュンは表情を崩さない。ただ、より表情が読みやすいテンの顔を見つめている。その点が口を開く。


「よっぽど自信があったか、追い詰められていたか…戦争を仕掛けた同盟側の事情は知らないが、な?」


「…戦況については、どれぐらい知っていた?」


 両者ともに真剣ではあるが、声音に余裕が無いのはジュンの方だ。


〔黒鉄の国が六つの国を沈めた、という情報だけです。ただ最終的に確認できた黒鉄の国の外部に損傷が見られなかった為、黒鉄の国が圧倒していたのではないでしょうか?〕


 その言葉の後、しばらくの間を置いてジュンは頷いた。


「…その通りだ…この戦争自体黒鉄の国の拡張と、小国の同盟が強大化してきたことを警戒した他の覇権国が、小国家をけしかけて始めたものだとじい…年配の従者から聞いたのだ」


 そこまで言うと彼女は口をつぐみ、視線を下げて拳を握り締める。


「緒戦に勝利した私達の国は、他国の憎悪の対象に仕立て上げられたのだと…」


 苦しささえ感じ取れるようなその言葉に、テンは小さく息を吐く。


「閉鎖的な国に対しては有効な外交工作だな…小国の同盟側は最初の一撃で盟友を潰されて、引くに引けなくなる…その構図でこの線域は安定してたのか」


 そして「嫌な安定だな」と、小さく呟いた。


〔我々も閉鎖的という意味ではガイアの腕随一ですから、今後は各線域の政治事情をタワーへ尋ねてみても良いかもしれません〕


 ツウの提案にテンは頷く。その時、部屋の外から重い金属製の扉が開く音が聞こえた。国家の接続が完了して接続部の扉が開かれたのだ。


 その音を確認して、ジュンの目に視線を戻し確かな口調で言う。


「まあ、この国はガイアの腕を周る…この線域に長居することはないから、そのつもりでいてくれ」


 彼はそう言うと確認のために部屋の外へと出ていった。

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ガイアの腕を辿って イシヤマ マイマイ @maimaiishiyama

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