ホテル『巌流島』の決闘
柴田 恭太朗
1話完結 ムサシハイテックの盛衰
「これのどこが二刀流なのかね?」
口髭をたくわえた眼光鋭い男が尋ねた。ベンチャー企業ムサシハイテックの社長、宮本武蔵である。ちなみに武蔵と書いてタケゾウと読む。名こそ違えど、彼の外見は大小二本の刀を下げた宮本武蔵の肖像画によく似ていた。
「と、おっしゃいますと……」
問われた設計課の課長は、社長が放つ殺気に気おされて目を伏せたまま自信なさげな声で答える。今にも消えてなくなってしまいそうだ。
宮本社長はフゥーッと長いため息をつき、会議室の椅子に背をもたせかけた。
「と、おっしゃいますとじゃないんだよキミ。この製品のどこに『二刀流コンセプト』が盛り込まれているのかと訊いているんだ」
「そ、それは、画面の縁取りラインがキラリと輝く二本になっておりまして、切れ味鋭い二刀流のイメージを具現化いたしましてですね、その……」
おどおどと課長は説明を加える。彼が指示棒で示す会議室のスクリーンには開発中のテレビのCG画像が投影されていた。
「違うな。もう一度企画から練り直して来い」
「はっ、直ちに」、冬だというのに頭を下げる課長の額は汗でぐっしょりだ。
「いつできる?」
「二か月いただければ」
「一週間だ。来週持って来なさい」
半ば死相を浮かべて縮みあがった課長が会議室から退出すると、宮本はすぐさま内線電話で秘書を呼び出した。
「待たせていた客を会議室へ通してくれ」
その男はすぐに扉を開けて姿を現した。半月前からしつこく製品売り込みの電話をかけてきていた営業マンだ。あまりにも執拗なので概要だけでも聞いておこうと、宮本は判断した。資料で済ませず、彼を直接社に呼びつけたのは内容がよければ、すぐさま契約を進めたいと思ったからだ。
今回の製品コンセプトは早い段階で決まっていた。ところが新商品の販売シーズンを控えたこの時期まで、自社開発はまったくうまく行かない。宮本はじりじりと焦っていた。
営業マンが差し出した名刺を手でさえぎって宮本は言う。
「時間が惜しい、まず仕様を聞かせてもらおうか」
野武士にも似た精悍な男は一瞬鼻白んだ表情を浮かべたが、すぐに気を取り直して説明を始める。
「当社で開発した家電製品に内蔵できるモジュールのご紹介です……」
彼の話は長く子細に及んだが、宮本は興味を惹かれ熱心に聞き入った。
営業の話は要するに、インターネットに接続された家電AIを外部からの侵入者から防御するバリアとして機能するモジュールなのだという。
それだけならば現行の簡易ルーターにすら搭載されている基本的な機能だが、彼が紹介するモジュールは攻撃者を油断させ、間合いを詰めつつ誘い込み、振り降ろされた破壊コードを本差で防御し、懐に飛び込んだらすかさず脇差で悪意のあるソフトウェアの腹を突き、攻撃者の頸動脈を断ち切ることができるのだという。
宮本は後半部分の仕組みがよく飲み込めなかったが、総じて大いに気に入った。
敵からの攻撃から身を守りつつ、同時に攻める。
これこそまさに宮本が求める『二刀流コンセプト』そのものであった。
「いいじゃないか。それはいつ完成するのかね?」
「もう出来ています」
「素晴らしい! 早速採用に向けて評価を始めよう」
宮本は満面に笑みをたたえ、営業マンに握手を求めた。握手をしながら社長宮本は、男の手が営業という職業に似あわず節くれだっていること。そして、相手の顔にどこか見覚えがあることに気づいた。
(よもや、こやつも武芸者の生まれ変わりでは!?)
社長は鋭い眼光を遠慮なく営業マンに注ぎ、かつて死合った敵の顔を思いめぐらせた。が、思いあたる名は浮かんでこない。宮本はあまりに多くを殺し過ぎていたから。
そう、彼は宮本武蔵の『生まれ変わり』であった。
◇
武蔵の疑念をよそに、営業が売り込んだモジュールを組み込んだテレビはほどなくして完成する。『二刀流』と銘打たれたブランドは、その先進的な機能とレトロなネーミングが消費者の心をつかみ大ヒット商品となった。
それ以降、主要部品の供給元として営業マンは頻繫に出入りするようになった。武蔵は購買部で打合せをする彼の横顔をコッソリのぞき見ては、前世はどの武芸者だろうかとアレコレ推測を巡らせ、ついにはアイツ以外にあり得ないとの確たる思いを固めるにいたった。
――奴の生まれ変わりとあらば、これは運命。早晩決着をつけねばなるまいよ。
◇
ムサシハイテックのネットワークテレビ『二刀流』シリーズは売れに売れた。あまりの好調ぶりに社長・宮本武蔵の心が緩みかけたとき、その事件は起きた。
全国各地の家庭やオフィスに設置された『二刀流』テレビが、一斉にDos攻撃を始めたのだ。攻撃対象は国内のあらゆる官公庁、銀行、交通機関、それに発電所や浄水場、通信系インフラといったライフライン。Dos攻撃とは言わば、飽和攻撃だ。原始的なやり口とはいえ、数がそろえば手ごわい攻撃手段となる。二刀流テレビに狙われた、すべての施設にあるサーバーが通信不能に陥り、日本の都市部は完全に麻痺した。
武蔵は、アイツの言葉を思い出した。
『懐に飛び込み、すかさず頸動脈を断ち切る』
ヤツはそう言ってなかったか。味方と見せかけておいて懐深く浸透し、油断させたところで本性を現す。見事にはめられたのだ。武蔵の会社は、彼の言葉どおり見事に頸動脈をバッサリと切られた。
会社こそ終焉を迎えてしまったが、狙われた武蔵本人はまだ生きている。武蔵は彼をたばかり、社会を大混乱に陥れた男を許すことはできなかった。
今こそが勝負時。
宮本武蔵は、アイツをホテル『巌流島』へ呼び出した。
目的はもちろん――決闘――である。
◇
都心の一等地ながら、周囲を緑に囲まれた瀟洒なレンガ造りの建物。それがホテル『巌流島』であった。宮本武蔵は駅からホテルまでの送迎バスの中にただ一人陣取り、腕組みをして黙想を続けた。装束は赤い上下のジャージ、サイドに白い線が一本走っている。もう少し武芸者らしい恰好をと思ったが、動きやすい服装がこれしか手持ちがなかったので仕方がない。腰の大小は銃刀法違反に問われるので自宅に残して来たし、バスの中には武器にできるような櫂もない。ないないづくしの武蔵は、出たとこ勝負でいこうと決心を固めた。
「遅いぞ、武蔵!」
ホテルのロビーに足を踏み入れるやいなや、待ちわびていたアイツが革ソファから立ち上がって吠えた。ヤツもジャージ姿だった。しかも青に白い一本線。武蔵の赤と向き合うと、まるであつらえたコンビ衣装のようだった。
距離を置いて対峙するアイツは、
「小次郎破れたりぃ!」
「待たれよ! 今、なんと?」、アイツは首を傾げて聞き返した。
「だから小次郎破れたりって」
「小次郎とな? 拙者はそのような者にござらんぞ」
「は? とぼけるな、貴様は佐々木小次郎であろう」
「人違いでござる」
「ならば誰か? 臆面もなく巌流島に顔を出しおって。どう考えても話の流れ的には小次郎だと思うではないか」
武蔵は自分の勘違いであろうと、基本的にミスは相手のせいにするタイプである。
「巌流島であろうがいずこであろうが、そなたが呼んだからはせ参じたまで」
「小次郎でないとなると何者? 名乗りをあげぬとは卑怯な
「黙れ黙れ! 最初に名刺を受け取らなかったのは貴様であろう」
言われてみれば最初に出会ったときに、そんな場面もあったなと武蔵は思った。だが、そんなことでは凹まない自信家が武蔵である。
「この宮本武蔵が聞き届けてやる。名乗ってみよ」
「聞いて驚け」
「おう、とも」
「我こそは
男は両手を大きく斜めに広げて見得を切った。まるで歌舞伎の助六である。
「はて、どちらさん?」、素に戻ってキョトンとする武蔵。
「ほら、あの『毒使いの
「ちょっと待って。あれあれそれはまずいなぁ。キミいわゆる『宮本武蔵』の物語には出てこないキャラだよ?」
「なんと!」
「ホテルのルームサービスでバガボンドと吉川英二版の『宮本武蔵』全巻を貸してくれるから、確認してごらん。キミの名前はどこにも出てこないから」
「マジすか? でござる」
虚をつかれた権左は、現代語を交えて奇妙な驚き方をした。
「待っててあげるから読んでみなよ」
◇
「これで終わりでござるか?」
吉川英二版全巻とバガボンド37巻を読み終えた権左が顔を上げて問うた。夕陽が彼の顔を赤く染め上げる。頬に流れる涙が光っていた。
「残念ながらそれが最新巻。続きが出ないんだ」
事実、武蔵も続巻を心から待ち望んでいた。
「どこにもわしが出てこない! かような○○本はこうしてくれる!」
権左は悔しまぎれにバガボンドをソファに叩きつけた。
「泣くなよ、アメあげるから」
権左は子どものように泣きじゃくりながら、うんうんとうなづく。
「また一緒にテレビ作ろうよ、今度は防衛省のサイバー部隊も仲間に入れてさ。ほらご覧、きれいな夕陽が沈んでいくじゃないか」
武蔵は権左の肩に腕を回し、ホテル巌流島の窓から見える巨大な夕陽を指さした。
戦後小数部だけ刷られた貸本版の『宮本武蔵』に毒蝮権左という毒使いキャラが登場していたことは、一般には知られていない。
無論、すべての創作ストーリーを生きた武蔵本人は知っていたが、権左にはその事実を伏せた、彼をだますために。現代の決闘とは即ち頭脳戦。だまし討ちは武芸者の必修科目なのだ。勝つためなら手段を選ばぬ男、それが宮本武蔵である。
今回も武蔵の
かくして宮本武蔵は二十一世紀の世も、日ノ本一の武芸者であり続けるのだ。
完
ホテル『巌流島』の決闘 柴田 恭太朗 @sofia_2020
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