聖剣の恋愛事情

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

第1話 聖剣の恋愛事情

 ある日の通勤電車の中。

 急に腹が痛くなった。

 このままではまずいと見知らぬ駅で途中下車してトイレに駆け込む。

 トイレは今時珍しいほど臭くて汚なかったのを覚えている。

 個室の残り少ないトイレットペーパー残量との死闘。

 俺はなんとか無事に生還してトイレから出たらそこは異世界だった。

 気づけば獣人やエルフも闊歩するファンタジックな街中にいたのだから異世界に違いない。

 念のため後ろを振り向いたがそこにはボロい駅のトイレは存在しなかった。

 冗談で「ステータス」と呟いたら空中にちゃんとステータスも表示された。

 そこには能力値の他にいくつか称号が記載されていた。


『異世界なんでも鑑定団』

『すべての言語を理解するもの』

『収納上手』

『死闘を勝ち抜き者』

『ちゃんと手を洗った者』

『頑張り過ぎてトイレを詰まらせた者』

『そのまま逃げた者』

『トイレの神様の怒りを買った者』

【魔王を封印したらトイレ詰まらせたことを水に流しちゃるけん気張れや】


 親切に異世界転移した理由とチート特典までくださったトイレの神様の仕業のようだ。

 あと後々わかることなのだが異世界でトイレがある方が珍しい。

 日本人感覚で臭くて汚いトイレでも水洗で手も洗えるし十分神が宿るのに相応しいトイレだったのかもしれない。

 なんにせよ俺の異世界冒険譚は始まりを告げた。


 トイレの神様が魔王を封印と言うからには魔王が存在するんだろう。

 俺は強くならなければいけない。

 称号のおかげで言語には困らない。鑑定もできる。アイテムボックスもある。洗浄や浄化も使える。頑張れば全てのモノを詰まらせることができる。逃げるのが上手い。

 これは割とイケるのではないか?

 と思ったら本当に大丈夫だった。

 鑑定やアイテムボックスはもちろんだが、洗浄や浄化が強すぎた。

 街中での仕事に困らない。

 本当にトイレで手を洗っていてよかった。

 手をかざすだけで日銭を稼ぐどころか大金が舞い込む。


 けれどあまりに稼ぎ過ぎてはひんしゅくを買う。

 そのあたりは社会人なので理解していた。俺はちゃんと教会に寄付と言う名の賄賂も渡している。すると教会から聖人という身分と名誉職をいただくことになった。

 これで全てが合法だ。

 教会から首輪をつけられただけだと思うかもしれないが、凄い力を持った不審者よりも首輪だろうが教会所属の聖人の方が安全なのだ。


 地位と名誉を手に入れた俺のもとにはなんと勇者の聖剣まで舞い込んできた。

 元々は呪われた武具の浄化依頼だ。

 大半が引き取り先がある依頼だが、厄介払いで俺のもとにたどり着いた呪いの武具も多く、その場合所有権は俺にあった。

 その中には長年魔王を封印していた聖剣の成れの果てがあったのだ。

 魔王を封印していた影響でひどく穢れて聖剣を丹念に浄化する。

 通常ならば一瞬で済む浄化もなかなか終わらない。

 聖剣と寝食を共にして一週間。

 聖剣はようやく光を取り戻した。


『なんやあんさんワイの声聞こえるんかいな』


「コテコテの関西弁!?」


『関西弁? なんやよう知らんけど会話が成立するんやな。よっしゃ! なら頼みごとがあるんよ』


 言語理解。異世界転移お役立ち称号かと思ったら、インテリジェンスウエポンにも適応されるようだ。

 聖剣から有用な話が色々と聞けた。

 魔王とは個体の名称ではなくシステムらしい。

 この世界には必ず一体だけ強い力を持った魔物の王を生み出されることになっている。

 その都度倒せば次の魔王が強くなるまで世界に平穏がもたらされる。

 だがある時の勇者は考えた。

 魔王を殺さず、弱いうちに封印してしまえば次の魔王は生まれないのではないか。そのために生まれたのが聖剣だ。聖剣の力により試みは成功した。

 ちなみに前回の魔王は老衰で死んだらしい。


『わいとしても聖剣の誇りはあるんよ。仕事に文句はない。でもさすがに百年近い封印生活はつらいものがあってな』


「……それはつらいな」


『魔王は封印せなあかん。でも孤独は嫌や。せめてもう一本魔王封印に突き刺さってくれていたら話相手になる思ってな。頼むわいのパートナーを探し出してくれ』


「わかった! 俺がお前にふさわしいパートナーを見つけてやる!」


 こうして聖剣の婚活として剣巡りの旅が始まった。

 各地の教会を転々として聖剣の相方を探すのだが。

 教会に備えられた準聖剣を見て。


『嫌や。あれはいけ好かんデュランダルやん。聖剣の役割も果たせんのに切れ味ばかり自慢するナルシストやで』


 煽情的なフォルムのフランベルジュを見て。


『……一見なまめかしく見えるやろ。でもあれ出血量自慢のサディストやねん。しかもゴツいオネエ言葉のオカマや。友達としてはいいけど長年付き合うのは身の危険しか感じへん』


 変わり種のハルペーには。


『根性ねじ曲がっとる』


 などと聖剣はかなり選り好みが激しい。

 また主張に筋が通っていたため婚活は進展しない。

 このままではいつ魔王を封印できるのか。

 世界の安寧に暗雲が立ち込めたその時。


『……あの娘や。わいの運命の相手はあの娘しかおらへん』


「あの短剣?」


 聖剣が選んだ相手は無骨な短剣だった。

 ソードブレイカーの別名を持つ左手用の守りの剣マインゴーシュ。

 闘技場の覇者が使用していた逸品らしく、全国から猛者が集まる闘技大会の優勝賞品の一つだった。


『頼む! 闘技大会に出てくれ! 俺も聖剣の持つ全ての力をフル活用して臨むから! 好きな女のためやねん!』


 ここで聖剣の力をフル活用していいのか?

 そんな疑問が頭に浮かんだが、それなりに長い付き合いの相棒の熱い言葉に突き動かされて俺は闘技大会に参加することになった。

 その結果は圧勝。

 俺の実力ではない。聖剣の力がヤバかった。過去の使い手全員の経験を現使用者に引き継ぐのだ。剣術素人な俺でも歴代の勇者の力が備われば達人になる。

 無事に聖剣とマインゴーシュを引き合わせることに成功したのだが。


『……なに? あんたも私に恨み言を吐きに来たの? 弟の仇とか。どうせ私は剣界の嫌われ者ソードブレイカーよ。好きに貶せばいいじゃない』


 マインゴーシュは病んでいた。

 剣が病むってなんだろ?

 などと思ってはいけない。聖剣も孤独が怖いと言っていた。嫌われ者と孤独を知る者。聖剣がマインゴーシュに一目ぼれしたのはこんなところかもしれない。


『好きや。わいと番になってくれ。お前が過去に何本の同僚を折ろうと知らん。過去のことはどうでもいい。未来ではわいと一緒にいてくれ。わいは切れんようになることはあっても折れや歪みとは無縁の聖剣様やで、ソードブレイカーなんか怖がるかい』


『……本当に私でいいの? 聖剣の相棒なら選び放題でしょ』


『他の誰でもない。わいはお前がええ』


『ばか』


「……俺は一体何を見せつけられているんだろ?」


 一人身としてはつらい体験を経て、ついに聖剣とマインゴーシュが結ばれた。

 あとは魔王を封印するだけだ。

 今度は魔王を探して各地の魔物を討伐する日々。

 右手には聖剣。左手にはマインゴーシュ。

 いつしか俺は歴代初めての『二刀流の勇者』と呼ばれるようになっていた。

 

 そしてついに魔王を発見するが……。


『なあ……頼みがあんねん』


「なんだ? 今から決戦って時に」


『マインゴーシュを置いて行ってくれへんか』


『なに言ってるのよバカ! 私も行くわよ』


『ダメや。腹の子に障る』


「えっ子供? えっ? えっ?」


『……お前に呆れられるのも無理ないな。勇者のパートナーの聖剣が決戦前に子供作って決心を鈍らせてるんやからな』


「いや俺は呆れてないからな。純粋に驚いているだけだが。えっ子供?」


『なんやいい年して子作りの仕方を知らんわけちゃうやろ。やることやったできる。それだけや』


「……お前ら剣だよな」


『だからどうした。細かいことはええやろ。それでマインゴーシュは置いて行ってくれ。わいやマインゴーシュはともかく腹の子は魔王封印に耐えられへん。封印はわい一人でやる』


「やるって……お前あれだけ孤独を嫌がっていたのに」


『……子ができたからな。もう孤独は怖ない』


『聖剣の嘘つき! 未来ではずっと一緒にいてくれるって言ったのに』


『マインゴーシュ。お前も孤独やない。俺との子がおる』


『……バカ』


 だからなにを見せつけられているんだろうか俺は。

 この世界での生活は悪くない。

 子作りする剣だが愉快な仲間もいる。

 魔王の封印をしなければ元の世界に帰れない。元の世界に帰りたい。帰りたいがそれは今でなくてもいい。


「……はあ。マインゴーシュは置いて行かない」


『お前人の話を――』


「――別に魔王を倒してしまってもかまわないんだろ」


 聖剣が生まれる前はそうしていたはずだ。十分時間稼ぎにはなる。


『それは……お前……元の世界に帰りたいちゃうんか?』


「別にすぐじゃなくていい。それに今は元の世界よりもお前ら剣の生態の方が気になってきたし」


『はん……下世話なやっちゃな。最高の相棒や』


「それでマインゴーシュはただの魔王討伐は大丈夫なのか」


『そこまで弱っちゃいないわよ!』


「じゃあ魔王が育ち切るまえにとっとと討伐しちまうか。二刀流の勇者としてな。頼むぞ相棒ども」


『おう!』


『はい!』


 どうやら二刀流の勇者の異世界生活はまだまだ続きそうだ。

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