5、天使の花の咲く庭園
ごうん、ごうんと鈍く重い稼動音が広がっている。
沢山の機械と、マナの淡い光が渦を巻く。
光る液晶画面に写るのは、この国内の各島の現在の映像である。古代の文字で書かれたキーボードを操作すれば、細かい場所の映像も出すことが出来る。
巨大な機械が立ち並ぶこの空間の中には、現在では廃れて久しい旧文明の技術が息づいていた。
……といっても、ここの機械達の原動力は電気エネルギーではなく、マナである。
魔術元素を糧に動く機械、旧文明の技術と融合したこれらは、クロウリー博士が提唱したとされている。
彼は、この他にも現在の生活の礎にもなっている浮遊大地計画において、重要な部分にも携わっている。
空間の最奥には、巨大な卵のような形の物が置かれている。淡い光を放ち続けるそれの中に液体が満たされている。
放つ光でよく見えないが、何かの物体が中央に浮かんでいる。
ごぼごぼと、時折空気の泡が弾ける音のするそれの前に人が立っていた。
「……やはり、もう力が」
それはくぐもった低い男の声だ。
その背格好は、疲れている様にも見える。
彼は巨大な卵形の中の光に、ぼそぼそと何かを呟いていた。
「安心しておくれ、もうすぐ……」
だから、もう少しお休み。
淡い光を放ち続ける卵形のそれに語りかけ、男は静かに祈った。
信心深い彼が祈るのは、女神か
それとも……
******
ふわふわと、淡く光る光の玉が照らす摩訶不思議な森の中。
時刻はすでに日の暮れた夜だと言うのに、お互いの姿が見えるくらいに明るい。地元の人々はここを、真昼の森とも呼んでいる。
三人と一匹は先へと進みながら、話をしていた。
「……で、あんたたちは女神教の関係者じゃないってことは分かったが…」
ーー神秘の森の奥地、天使の花弁を見つけるために進むミズイロ達。
茶髪の青年が、胡乱気な目付きでキッと空色の少年を見る。
「あの歌はなんだ?エルフの使う古代魔法でもないし、大体喋る猫なんて…」
ぶつくさと呟いている青年の名前はレグナと言う。
あれから森の奥へと走って騎士達を撒いた彼らは、青年達の応急手当をしながらお互いの自己紹介と簡単な事情を説明したのだ。
一応納得をしてくれたと思っていたのだが……そう簡単にこちらの話を鵜呑みにしてくれないらしい。
『歌魔法よ。古代に廃れた遺物ね』
それにアタシは猫じゃなくて精霊よ、せ、い、れ、い!とカラが強めに話すが、青年レグナは何とも言い難い顔つきのまま、じっとカラを見た。
青年の様子に赤い髪の少女、エルムは穏やかに口を挟んだ。
「カラ様が精霊なのは間違いないよ。微精霊達もそう言ってる」
「…仮にも四季を司る精霊が子供のお守りとか…にわかに信じられねぇ」
ミズイロは顔をむっとさせると、勢いよくレグナに向いた。
「失礼だな、もうすぐ12才だよ!」
「そっか。ミズイロくんは、その年で一人で旅をして偉いね」
「……ううっ、悪意の無い目」
エルムの屈託のない言い方に、ミズイロは言い返せなくなった。
カラはため息を一つすると、『それにしても』と呟いてから話を切り替える。
『驚いたわ、あなた達も天使の花弁を見に行くつもりだったのねぇ』
「そうなの!私、どうしてもこの目で見てみたくて…」
赤髪の少女は嬉々として声を弾ませるのに対して、青年は「はぁ…」とため息を吐き出していた。
「まさか、お一人で抜け出そうとするとは思いませんでしたよ。お陰で俺はあんたに付いていく羽目になりましたがね」
「だったらレグナは、私についてこなくてもよかったのに…」
「あの状況でどうしろと?!」
青年と少女は、急に言い合いを始めてしまった。
……一体、この二人に何があったんだろうか、とミズイロとカラはお互いに顔を見合わせていた。
仕方ないわねぇ、と白い猫がミズイロの肩から離れると『はいはい落ち着きなさいな』と青年と少女の間に入った。
落ち着いたところで、赤髪の少女はペコリと頭を下げた。
「…改めてお礼を。
私達を騎士達から助けてくれてありがとうございます。彼らに怪我をさせなかったのも、彼らが悪い訳じゃないからでしょう?」
「……甘いかな、とは思ったんだけど」
『この子の良いところでも悪い所でもあるのよねぇ。気絶くらいさせても良かったんじゃない?』
「…まあ向こうも仕事だし、必死だからな。こっちも良くない事をしてるしな」
巫女様はのほほんとしているが…とレグナは呟くと、少女はけろっとした顔で、
「そうかな。お花が見れると思うとワクワクしてるよ」
キランと目を輝かせている。ミズイロよりもお姉さんなのに、何処か子供っぽく感じた。
一向は森の奥を目指して歩いているが、景色はずっと同じような場所ばかりを歩いている気分になる。
カラは二人に問いかけた。
『……確認するけど。お嬢さんは巫女エルム様ってことなのよね』
赤髪の少女エルムは「はい、そうです」と素直に頷いた。
青年は「見知らぬ輩に正体を明かすなと…」とカラの後ろでぼやいている。
続いて白猫は青年の方へ振り向く。
『すると、青年は巫女の護衛役というところかしら』
「いや俺は、画家をしてる一般人ですよ。巫女様とは少し面識があるだけで」
「そうなのです」
『…あらそう。仲良さげだからてっきり』
「じゃあ、二人は友達?」と疑問を投げ掛けるミズイロに、にこりと笑って「そうですよ」と答えるエルム。
そんな和やかなやり取りに対して、青年は渋い顔をしていた。
「……はいはい。巫女様ってば誰も彼も友達認定するんですから…」
「もう!巫女様呼びしなくていいって言ったのに」
「すみませんね、エルム」
「こら、敬語も無し!」
「……ったく。やりずらいな」
長いため息を吐き出したレグナは片手で頭を押さえている。
こちらを疑っている青年を少し怖いな、とミズイロは思ってしまうが、カラはお構い無しに青年の方へと声を掛けている。
『あんた、何か難儀な性格ね』
「立場上、一般人の俺がエルムと友達とは言いづらいでしょうよ」
『そりゃあね』
青年と猫は、なんだかんだと話をしている。エルムはふと思った事をミズイロに聞いてきた。
「ミズイロは、天使の花がどんなものか知ってる?」
「うん。えっと…」
ここに来る途中、串焼きを売っていたお姉さんから貰った絵を少女に見せた。
すると、エルムは驚いている。
「あれ、この絵…?」
「串焼き店の店員さんから貰ったんだよ。お兄さんが描いたものだけど、って」
そこに、ちらりと絵を見たレグナが口を挟んだ。
「……成る程、アイツか」
「アイツ?」
「あっ、ネルちゃんだね。ふーん、相変わらず兄妹仲良しなんだ」
エルムは心底嬉しそうに「安心した」とレグナに微笑んでいる。一方の青年はふいっと目を逸らしている。
「???」
「それ、レグナが描いたものだよ。上手でしょ?」
「うん、すごいねレグナさん!」
「おい少年。お前さんもエルムと同じ性質か」
『まだまだお子様ですもの』
「精霊から見れば誰でも子供じゃんか」
それはそうだけどね。
とカラは呟いてから、空中に浮かぶ光る玉…この森の微精霊達と話を始めた。
心なしか、光の玉が少しざわついている。
『もう少しですって、……ほら、遠くに見えて来たわ』
少し先に木々の開けた場所が見えた。
仄かに光る森の奥から、ふわり、と風が吹き抜けていく。
少し甘くて優しい花の香りが彼らの元に流れてくる。
「わあ……!」
白い花弁が宙に舞う。
森の奥、そこは崖の上に群生する花の絨毯が満点の星空の下で咲き誇っていた。
微精霊達が花弁に近付くと、周りの花びらが淡く色付いていく。
『あら……これは』
それを見ていたカラが一輪の花に触れると、花びらはみるみるうちにセピア色に染まった。
青年は「知らないよな」と呟くと、戸惑う皆に続けた。
「……ああ、天使の花は周りのマナに反応して染まってしまうんだ」
『マナの性質に染まる花……シャスラの花と同じ性質を持っているのね』
その花も触れた物や人のマナに応じて花びらの色を変える花だ。一般的に育てるのが難しい品種で、原産地に行かなければ見られない代物だ。
セピア色に変わった花びらが固まっていく、きらきらとしていて宝石の様だ。
「マナが強すぎると、硬化してしまう。綺麗だけど触れば崩れるから、加工には向かないんだ」
『あら、脆いわね』
カラが、固まった花にそっと触ると、ほろほろと崩れてしまった。
それを見ていたミズイロが恐る恐る花びらに触れる。するも花びらは空色へと色付いていく。
「……やっぱり空色なんだ」
ミズイロは少しがっかりしながら、自分の前髪を摘まんだ。綺麗な空色に染まったそれを、少し疎ましそうに見つめている。
『あら、その色嫌いなの?』
「嫌いじゃないけど……」
アタシはあんたのそれ、綺麗で羨ましいわよといったカラに、
「じゃあこれ、あげる」
『あっ、こら機嫌直しなさい』
むくれてそっぽを向いている少年達をよそに、エルムは目を輝かせて花園を見つめていた。
さっきからずっと固まっている少女に、レグナは声をかけた。
「どうよ、天使の花の群生地を見たご感想は?」
「スゴく綺麗な所だね」
「そ。……じゃあ、そんなエルムには」
レグナは、自分の足元に咲いている天使の花を摘む、すぐに花びらの色は白から淡い緑色に変わっていく。
……勿体無い事をして、と少し咎める様な少女の前で、青年は魔法で取り出した工具を使って、花を加工して何かを作っていた。
やがて、出来上がったそれを少女に手渡した。
「……はい、どうぞ」
「お花のブレスレット…?」
ビーズや綺麗な石を繋いだブレスレットに、天使の花があしらわれたブレスレットが出来ていた。
「簡単に魔法で加工しただけですがね、この花を御守り代わりに持っているといいらしいですよ」
「ありがとう…!」
エルムははにかむ様に笑ってお礼を言うと、早速腕に付けて嬉しそうにしている。
少女の付けたブレスレットを見たミズイロは、目を丸くさせていた。
「す、すごい…どうやったの?!」
「あーそうだな。少年にはあとで作り方教えてやるよ」
青年の台詞に「やった!」と喜んでいる少年を尻目に、カラはどこかニヤニヤしながら話し掛けてきた。
『ほう。スマートにやるわねぇ。あんた』
「天使の花はこの島だと色んな所で咲いているし、加工しやすいから…島の子供達はよく手伝いがてら教わるんだよ」
だから、簡単な加工ならすぐ出来るってだけだよ。と、レグナは呟いていた。
どうってことないと言いたいのだと思うが、カラはふーん、ほーんと半眼で青年を見つめている。
「……すると、ここにある群生地は珍しくない?」
「いいや。マナに影響される天使の花は……その土地のマナの性質に影響されて、普通に育てば花が色付いた状態で咲くんだ。
花びらが真っ白いまま咲くのは、ここの群生地だけさ」
つまりは神秘の森の稀有なマナのお陰で、真っ白いまま咲くことが出来ているということ。
確かに、道中似たような形の花を見掛けたが、赤に黄色にピンク…となっていて白いものはなかった。
この稀有なマナは…残響の影響なのかな、とミズイロが考えていると、カラに声を掛けられた。
『ねえ、ミズイロ。こっちに来てくれるかしら』
「……これは?」
花の群生地の中に埋もれる様に、少し古びた石がそこに在った。
それは、お墓だろうか。
ここに眠る人の名前と言葉が刻まれているようだ。
だが、時間の経過で風化してしまったのか、削れて所々しか読めなかった。
「”……我が……、ここに……。”墓石なのかな、これ」
『きっと清らかな魂なのでしょうね』
この花を見る限りね、とカラは群生する花を見渡す。ミズイロも確かにと思った。
「知らなかったとはいえ、静かに眠ってる所をお邪魔してしまったし……せめてお祈りしようっと」
『ついでに鎮魂歌でも歌ってあげなさいな』
「……少しだけね」
ふう、と息を吐く。それからすう、と吸い込む。
”ーーさあうたえ
わたしの あいする おとよ
わたしの あいする ものよ”
少年のささやかな歌声が、星の瞬きの下で広がっていく。
歌う事は、嫌いじゃない。寂しい時は小さく口ずさんでいた。
歌姫の歌を歌っている時は、孤独を紛らせてくれるようだった。
ぽうっ、ぽうっ、
と、周りの花が光り出していく。
「……っ?!」
「花が歌声に反応しているの…?」
光りを帯びた花びらは、魔力を帯びた風を受けて宙に舞い上がり、それはミズイロとカラの周りに集まって来る。
「……?!」
きらきらと光りを反射する花びらは、彼らに何かのビジョンを見せてきた。
………………。
闇色の瘴気の漂う場所で、壮年の男性が、絶望したように小さな子供を抱きしめている。
その子供は彼の家族だろうか。青白くなっているその子は、冷たくなっていることが分かる。
彼が空を仰ぐ。空の先には、巨大な物体が幾つも浮かんでいる。
そこに不思議な女性が降臨した。
美しく、まるで女神のような笑顔を湛えた彼女。ミズイロも見たことのある歌姫とそっくりだった。
彼女は彼の嘆きを聞くと、口角を上げた。
『ーー叶えましょう、その願い』
そう呟く彼女の顔は、何処か空虚に歪んだ表情で……
彼女は、目を閉じる。
そうして、息を吐いて思い切り吸い込んだ。
歌姫によって紡がれた歌は
天使の花の香りのように甘くて優しい。
それなのに、何処か心の奥がざわめく。
そうだ………に似ている。
ビジョンが消えて、花びらの発する光が収まった頃。
ミズイロは古びた墓石の前で、しゃがみこんでいた。
『ちょっと、大丈夫?!』
「……まって。今の歌を頭に
それを聞いて、カラはふうと息をつく。
こちらの状況に、エルムとレグナは慌てて駆け寄ってこようとしてくれていた。心配しないでと口を開こうとして、少年の側にいたカラはハッとした。
『……〈世界の愛し子〉、どうかわたし達を……』
ワンピース姿の華奢な少女が、透けた体で寂しそうにこちらを見つめていた。
彼女の音の無い声は、白猫にだけ聞こえていた。
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