え!? 女性の鳥人から取った出汁で料理を!?』

ゼフィガルド

お題『料理』

 兵士の頭2つ分はあろう胸筋を晒し、丸太の様に太い手足を動かしながら、焦げ茶色の肌をした坊主のオークは村の入り口に立っていた。

 背中の翼を威嚇する様に広げた鳥人の門番達は驚いていた。筋骨隆々とした容姿に対してではない。先の大戦で蛮族として揶揄されていたオークがフライパンや鍋や等の大量の調理器具を背負っていたからだ。


「大丈夫だ。アンタらを取って食おうって訳じゃない」

「じゃあ。ウチの村に何の用だ?」

「俺はこの村に住んでいるという『ケーロク』という女性に用がある。会わせて貰えないだろうか?」


 丁寧な物腰であったが、体躯から来る威圧感は避けられぬ物であった。しかし、門番は毅然とした態度で応えた。


「ケーロク様なら村の外れに住んでいる。だが、彼女は気難しいお方だ。会いに行っても無駄だと思うぞ」

「構わない。一度でダメなら、何度でも会いに行く」

「そうか。なら、この地図を使うと良い」

「ありがとう」


 門番に渡された地図を参照にしながら進んで行くと、先まで進んでいた道とは違い、手入れが施されていない。しかし、明らかに周囲の様子は変わっていた。

 緑が生い茂り、木々は果実を実らせ。擦れ違う動物達は肥え太っていた。堪らず、彼も実っていた果実を齧った。瑞々しく、自生している物とは思えぬ濃厚な甘みがあった。


「やはりここか」


 確信めいた物を抱きながら進んだ先には、質素な家が建っていた。扉を叩いてみるが返事は無い。一旦、村へと引き返そうとしたが。オークとして発達した嗅覚は目的物の臭いをかぎ取った。その方に向かって進んで行くと、木々の隙間から泉が見え、そこには人型のシルエットがあった。彼が発見すると同時に人影も驚いたように飛び上がった。


「ギェ! 何だいアンタは!!」

「探しました。ケーロク殿」


 そこに居たのは、無駄な脂肪を殆ど持っておらず、全身に深い皴が刻まれた老齢の鳥人『ケーロク』女史その人であった。

 ハプニングの様な会合を交わした二人であったが、彼女が住んでいる小屋へ戻り、事情を話し始めた。


「申し遅れました。私はオークの『ハカタ』と申します。料理人をしております」

「そんな見た目をしていたら誰だって分かるよ。それで、オークがこんなくたばりかけのババアに何の用だい?」


 ハカタは話をしながらも周囲を見渡していた。簡素な小屋であったが、頻りに嗅覚は美味の臭いを探り当てていた。鍋で煮込まれているスープ、ぶら下がっているキノコの干し物。瓶に漬けられている根茎植物。そのいずれもが彼の関心を惹いてやまない。


「私は王都で開かれるグルメ大会への出場を考えております。ケーロク殿は御存知でしょうか?」

「知っているよ。世の平和と種族の繁栄を願っての催しだろ? 少し前までは戦争していたのに、おめでたい奴らだよ」


 先の時代。多種多様の種族は己の領土や信条の為に傷付け合っていた。

 しかし、異世界から来た来訪者により種族間の争いは調停され、平和な時代が訪れた。その英雄が美味を愛していたという事もあり、共存と繁栄の象徴としてその様な催しが開かれていた。


「催しには、英雄の末裔である伝説の料理人の『サイゾウ』や、海鮮のエキスパートである海の民『セイレーン』。自然の素材を知り尽くした『エルフ』等も出場します」

「そんな大会に出る奴が、卵も産めないババアに何の用だい?」

「俺達オークは技術的にはどうしても劣る。だから、素材でその差を埋めるしかない。色々と渡り歩いて来て分ったが、俺の料理と相性が良いのは、鳥人達の出汁なんだ」

「だったら、村の若い女に頼めばいい。裸も見れて、一石二鳥さ」


 茶化す様に言うケーロクに対して、ハカタの表情は真剣その物だった。


「若い鳥人の出汁を何度も取ったことがあるが、俺達の出汁の味に負けちまう。だが、一度だけ妙齢の鳥人の出汁を取らせて貰った所。これならと思った。その女性にアンタの事を聞いた」

「ティックの奴かい。なるほどね、アイツに聞いたなら納得だ。だが、帰ってくんな。アタシはここで枯れて行くばかりだよ」

「待ってくれ。それなら、俺の料理を……」


 自らの熱意を披露しようとしたが、彼女が振り向こうともしなかった為。ハカタは諦めて小屋から出て行き、村へと戻ろうと考えた時。先程、彼女と出会った泉へと寄り、その水を掬って飲んだ。

 出汁は煮炊きをせねば抽出されぬ物であり、冷温の泉に溶けているハズも無いが、それでもハカタの味覚は反応していた。


「間違いない。出汁が出ている」


 見れば水を飲みに来た鳥や獣もふくよかであり、どれだけの滋養が溶け込んでいるのか。彼女が本格的に協力をして来れば、どれほどの出汁が取れるのかと想像した時、自然と喉が鳴った。

 そこからハカタは村に滞在しながら、ケーロクの元へと足繁く通った。オークとして村人達の仕事を手伝い、美味な料理を振舞う彼に村人達が心を許すのは至極当然の事であった。


「ハカタさん、よろしければ。この村にずっといませんか?」

「お心遣いありがとうございます。ですが、私には目的があるのです。長老、どうしてケーロク殿は村の外れに住んでいるのでしょうか?」

「ふむ。貴方になら話しても良いでしょう」


 昔、彼女には将来を誓い合った他種族の青年が居たという。二人は共に狩りに出かけ、採って来た素材でともに料理を作っていたりしたと。

 しかし、戦禍により彼女らは偏見と迫害に晒され、別れざるを得なかった。自分達を引き裂いた者達がのうのうと暮らしている平和に馴染めず、一人で暮らしているという事だった。


「ウチの祖父さんと似ているな。戦争が終わった後は暴力的だと、皆から嫌われていたらしい」

「それはお気の毒な……。今はどうされているんですか?」

「それを見兼ねた祖父の友人が、実は祖父の料理好きの趣味を知っていて。それで村の料理番になってからは、皆と打ち解けてくれました」

「では、ハカタ殿は祖父に影響を受けて?」

「そんな所です。女々しいと言う奴も居ましたが、祖父は料理を通して皆と和解して、笑顔にしていました。それだけの力があると思ったんです」

「とても素敵な祖父でございますね。きっと、その心はケーロク殿にも伝わりますよ。彼女も料理好きですから」


 長老は素直な感想を口にした。それを受けたハカタは少し恥ずかしそうに頭を掻きながら、俯いていた。

 グルメ大会の当日が近付くにつれ、ケーロクにも迷いが浮かび上がる様になっていた。足繁く通い、買い出し、仕事、炊事の手伝いなど。良い様に労力として使っている内に、彼の直向きさが自然と自分の心を開こうとしているのを感じていたからだ。


「オイ。アンタ、アタシの出汁を取りたいんだってな。その腕、見せてみな」

「はい!」


 台所で準備を始めた彼を見ながら、内心では合格を出すつもりは無かった。

 きっと、目当ての物を取れば、この青年もまた自分を置いて何処かへと行ってしまう。その寂しさは耐えがたい物だった。しかし、調理をしている彼を見ていると不思議な温かい懐かしさが内からわき出すのを感じていた。


「懐かしいね」

「フゥッ。フゥッ」


 その呟きが彼の耳に届くことは無かった。野菜や海草と共に風呂桶に浸り、自ら温度を測りながら火加減を調整する姿は、比喩抜きで自分の命を削る行為と言えた。今までの食事と生き方。その全てが出汁に現れると言われる程に、料理人における出汁採りは神聖な行為だった。

 汗も含め、自らを抽出したとも言えるスープの味を確認しながら、彼は調理を続ける。先の過程で体力を大幅に消耗したが、彼の手は鬼神めいて動いていた。容器にスープを注ぎ、瓶に詰めた黒い粘状の『タレ』と呼ばれる旨味が複合した液体を加えると混ざり合い乳白色となった。そこに、自らと一緒に茹でた棒状にした小麦を茹でた『麺』と呼ばれる物を加えた


「お待たせいたしました。こちらの料理は」

「ラーメン。だろ?」


 ハカタはケーロクが名前を知っていた事に驚いた。目の前に差し出されたラーメンには特有の臭気が漂っていた。しかし、不思議と食欲も湧いた。

 出された料理を一心不乱に食す彼女の姿に驚いていた。村人達に振舞った所、フォークに麺を巻きつけて食べる者が殆どだったというのに。彼女は啜り上げる様にして食べていた。


「始めて食べる人は、皆。啜れずに噴き出してしまうというのに」


 麺を啜る音だけが聞こえる。それは料理人としての矜持を掛けた真剣勝負の場とも言えた。麺を全て食し、スープまで飲み干したケーロクの頬には一筋の涙が流れていた。


「そうかい。アンタそう言う事だったのかい。これも運命って奴かね。良いよ、出汁。取らせてやるよ」

「ありがとうございます!」

「それと。私にも一枚噛ませな」


 ハカタは始めて彼女の笑顔を見た。室内にぶら下げていたキノコを戻し、赤色の液体に満たされていた瓶に詰めていた根茎植物を取り出し、彼へと託すと。王都へと向かう準備を始めた。


~~


 大会当日。大勢の観客が詰めかける中、ハカタとケーロクは最後まで残って居た。大衆の中、ケーロクは自らの長きに渡る命を振り絞る様にして茹でられていた。


「まだだ。火を止めるんじゃないよ! アタシを出し切るんだ!」


 心臓にも相当に負荷を掛け、ともすれば相手を殺しかねない程の負担。だが、ハカタは逃げない。共に鍋で茹でられながら、その味を見極めていた。

 他の参加者達も並々ならぬ信念の中で挑んでいる。セイレーンは海草類や昆布を身に纏い、エルフも周囲に狩った獲物の骨などを浮かべながら。自らの種族の繁栄と矜持の為に命を振り絞っている。

 その中で、黒髪を動物の油脂や蝋で後ろ髪にまとめ、抜身の刀の様な鋭い視線で、頻りに鍋の味を確かめているサイゾウは異彩を放っていた。


「調理やめい!」


 王からの号令が掛かり、全員が調理を終えた。竜族の近衛兵達が毒見し、王へと献上され、評価を下していく。それに一喜一憂する様子を見ながら、ハカタは自らの心臓が早鐘を打つのを感じていた。

 出来上がったラーメンにはケーロクの出汁が加わり、そこに赤色のショウガと呼ばれる薬味と水で戻したキクラゲが加えられていた。会心の自信作、通用するはずだと思っていた自分の一つ前でサイゾウの料理が献上された。


「これは一体?」

「蕎麦で呼ばれる物です。啜り上げる様に食し、香りの高さをお楽しみください」


 真っ黒な液体に広がる芳醇な香り。啜り上げると麺に練り込まれた芳醇な香りが鼻の中を突き抜けて行った。


「素晴らしい。流石、サイゾウ。タローンの末裔であるな」


 歓声が上がった。ハカタも含め、他の参加者達の表情が歪む中。ケーロクは彼の背中を叩いた。


「しっかりしな」


 その笑顔に応える様にして、彼もまたラーメンを献上した。その料理の形状が似ていた事もあり、王は先と同じ様に麺を啜り上げた。そして、容器を満たしていたスープも飲み干した。


「君。名前は?」

「オーク族のハカタと申します」

「そうか。君にはオークの未来を感じるよ。精進を期待している」

「ありがとうございます!」


 その言葉にハカタは勝敗を察した。だが、その際に隣に立っていたサイゾウから声を掛けられた。


「私にも一杯貰えるか?」


 要求された通りに。彼にも振舞うと、具材とスープも全て瞬く間に平らげた後。美味かったとだけ零した。勝負の行方はと言えば、ハカタの予想通り。サイゾウの優勝で終えた。

 結果だけを言えば、ハカタの料理は上位に食い込んでいた事もあり。それなりの賞金も渡され、上々の気分であったが。やはり優勝できなかったことは悔しくもあった。ケーロクの励ましに幾らか気を取り直していると。背後から声を掛けられた。


「すまない。ちょっと良いか?」

「アンタはサイゾウか。俺に何の用だ?」

「私の下で修業を受けてみないか? 君の料理には可能性を感じた」


 その勧誘を受けてハカタは戸惑った。サイゾウの弟子になるという事は、料理人の誉れと言っても良い。だが、ケーロクを置いて行っても良いのかと迷いを見せた所で。彼女は笑みを浮かべながら言った。


「何迷ってんだ」

「ケーロク殿」

「行ってきな。これだけ長く生きているんだ。今更、くたばりゃしないよ」


 その言葉を受けたハカタは笑みを浮かべながら言った。


「行って来るよ。ばあさん」


 彼がサイゾウの弟子となった数年後。鳥人の村の外れ、そこにはとても美味しい小麦料理を振舞う店が立ち、オークの店員と鳥人の老婆が忙しなく働いていたという。

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