夫の二刀流疑惑

砂藪

夫の二刀流疑惑


 夫の様子がおかしいと気づいたのは結婚して一年経った頃だった。近所でも人の良いお医者さんだと言われ、妻として少し気分のいい一年だったけれど、病院が開いていない時、彼の外出が多くなった。帰ってくると服をすぐに洗濯機に入れて自分で洗濯してしまう。入念に服や持ち物のチェックをしたり、スマホを肌身離さずに持っている。


「あなた、私に隠し事してたりしない?」

「隠し事?」


 夕飯の芋の煮っ転がしを口に一つ入れた夫が目を丸くする。私が何も気づいてないと信じているみたいだ。

 浮気してるんでしょ、という言葉を飲み込んで「別のいいのよ」と言う。そう。私には証拠がない。夫の様子がおかしいと言うことは誰にだってできる。でも浮気をしている証拠がなければ「そんなことしていない」と言われておしまいだ。


 早速、私は翌日から夫の様子を見張ることにした。

 病院から出てきた夫が向かったのは少し離れた薬局。尾行のために借りたレンタカーを走らせて、夫の後を追っていると薬局の次は病院に入っていった。そして、なんと病院の入り口から出てきた夫は人を連れていた。


 女か!

 違った。男だった。もしかしたら、私の知らない友人かもしれない。病院で会ったということは患者か見舞いに来た人だろう。なんにせよ、これ以上追う必要はない。


 しかし、私の頭の奥で、しきりに何かが警報を鳴らしていた。追うべきだ。一度追うと決めたのなら、最後まで疑うべきだという心の声に従い、私は夫の尾行を続けた。

 すると、夫は私の尾行に一切気づかずに車を繁華街へと走らせ、なんと恋人同士が入るようなホテルに男と一緒に入っていったのだ。


「まさか……あの人、二刀流だったの?」


 思いもよらない現実に打ちひしがれた私はホテルから夫たちが出てくるのを待てずに家に帰った。リビングの電気だけつけて、夫を待つ。

 もしも、浮気相手があの男性だけで、ただの興味本位で私以外と関係を持ったのなら、許してあげよう。だって、男性との恋は私とでは体験できないんだし、と頭の中で自分を落ち着かせるための言い訳を考えていると玄関の扉が開いた。

 彼は「おかえり」も言わずにリビングで待っていた私を見て「うわっ」と声をあげた。


「ど、どうしたんだ? おかえりも言わなかったから出かけてると思ったぞ?」

「ねぇ、あなた……私、最近のあなたの様子がおかしいとずっと思っていたの」

「え」

「だから、あなたの行動を観察させてもらったのよ。病院にいた時からずっと」


 みるみるうちに夫の顔が青ざめて行く。やっぱり、バレたとなると罪の意識が生まれるのね。謝罪するのかしら、それとも開き直るのかしら。

 夫はリビングの床に両膝をついた。


「すまない! 病院での俺の様子を見ていた君なら分かると思うけど……俺、実は患者に好きな相手がいるんだ!」

「は?」


 私は素っ頓狂な声をあげた。患者ということは、別の病院から一緒に出てきた男のことを言ってるわけじゃない。つまりは他にも浮気相手がいる。


 いや、待って。


「患者って、あなたの病院の?」

「ああ、そうなんだ。マリちゃんって言って、とってもかわいい子で……」

「待って。あなた、獣医よね?」

「うん」

「あなたの病院って動物病院よね?」

「そうだけど……」

「あなた、二刀流じゃなくて、三刀流だったの⁉」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夫の二刀流疑惑 砂藪 @sunayabu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ