二刀流な先輩と付き合う方法 〜二刀流には二刀流をぶつけるんだよ〜

クマ将軍

二刀流な先輩と付き合う方法

「見てくれ伊織いおり! 今日もまた下駄箱にラブレターが入ってたよ!」

「へー先輩またですか?」


 放課後の空き教室で、二人の男女がいつものように雑談を始める。

 これがオレこと、佐久間伊織と先輩である水瀬こうの日常。

 そして今日、オレと先輩の関係性が変わる日でもある。




 ◇




 生まれつき、オレは女子みたいな外見だった。

 それはもう普通の女子よりも可愛かった。

 そういう自覚もあるし、この容姿を維持するために努力もしていた。


 でもそういう努力をしても性自認は男性であるし、体も男性。好みは異性が好きの所謂ノーマルであると認識していた。

 当然男女ともにモテたが、一部の男子からの告白は全て断り女子と付き合った。


(これが勝ち組か……と思っていた時期がオレにもあった)


 当時の彼女は可愛いものに目がなく、オレと付き合ってから数週間は喜んでいた。だけど自分より可愛く、そして自分より異性にモテるオレを見て、次第にオレ達との関係性に距離を置くようになったのだ。


「あ〜……今日も断らなくちゃいけないのか子猫ちゃん達の愛を……!」

「楽しんでますよね先輩」

「……まぁ向こうも承知で告白してると思うし」


 これも一種の思い出作りというような感じで先輩に告白してくる女子が多い。だからこそ先輩も今日手に入れたラブレターに慣れているし、遊び感覚で楽しんでいる節もある。


 さて、話を戻そう。

 そう、今話している一学年上の先輩……水瀬幸先輩もオレと似たような経緯の持ち主だ。

 カッコイイ男子みたいな外見に男子みたいな言動。だけど昔はオレと同じく異性愛者である事を自認している普通の女子。


 ボーイッシュ好きな異性と付き合った事もあるが、それもまるで同性と付き合っているかのような感覚に相手が受け入れられなかったという。物の見事にオレと似たような経緯だ。


 オレ達はそのせいで一時期自分達の外見を恨んだ事もあったし、今までの努力について後悔した事もあった。しかも極め付けにオレ達は似たような経緯で『同性』に惚れたせいで益々困惑してしまったのだ。


 オレは不意の事故を同性の友人に助けられて。

 先輩は事故に遭った同性の友人を助けて。


 オレは助けてくれた相手の頼もしさに惚れた。

 先輩は助けた相手の可憐さに惚れた。


 あぁそうだ。

 これが自分達の中に『同性』という好みが入った瞬間だった。

 当然悩んださ。

 こんな感情を抱くなんて気持ち悪いと。これは何かの間違いだと。でも次第に膨れ上がっていく感情を抑える事は出来ない。

 悩みに悩んだ後、自分達はそういう人間二刀流だと受け入れた。そうしたらこれまでの苦しさが無くなり、あるのは解放感だけ。


 オレ達は性別の垣根を超えたんだ。

 そう思えるようになって、世界が広がった事を記憶している。

 まぁその同性との関係は儚く終わったけどさ。


「でもこのラブレターに送り主の名前が書いてないんだよね」

「おや、どうやら相手方はシャイなパターンですか」

「こうなってくると不思議とドキドキして来たね。相手の名前、外見に想像の余地があって、可能性が無限に広がっていく感じだ……」

「満喫してますね先輩」


 かくいうオレも一部の男子からそういう告白遊びを受けているけども。

 断る時に「目線冷たく」とか「お嬢様風」とか色々注文を受けてたり、オレもついノリノリになって楽しくなってるから先輩の事は言えない。


 まぁそんな事で。


 そういう経緯を経たオレ達は偶然のきっかけで知り合い、こうして理解者として先輩後輩の友人関係になったわけだ。

 先輩もオレも、好きな相手の性別について選り好みはしない。好きな俳優やアイドルの語り合いでも堂々と語り合える。

 オレの部屋を覗けば男性アイドルのグッズとかも飾られてるし、先輩の部屋を覗けば美少女フィギュアがある。勿論二刀流だからその逆も然りだ。


 異性からの恋愛相談でも共感出来るし、共感を与えられる。

 そこに性別の壁なんて何もない。

 ミーハーな性格のオレ達だからこそ、何にでも関わって楽しめる。

 はっきり言って毎日が楽しい。


「相手の髪型はツインテールで、語尾はにゃん……年齢はサイコロで決めよう」

「ラブレターの相手をキャラクリしないでください」

「大変だ伊織! 相手の年齢が六歳になってしまった!」

「六面ダイスを使ってるからですよ。この百面ダイスを使ってください」

「相手が百歳になった!!」

「なんでこれも最大値を出してるんですか」


 でも一つだけ言わせて貰おう。

 二刀流だからって誰彼構わず言い寄ったりする事をオレ達はしていない。

 だってそうだろ?

 同性が好き、異性が好きだからってオレ達にも好みというものがある。

 性格が最低なクソ野郎を誰が好きになると思う?

 オレ達にだってそこら辺普通と変わらないのだ。


 という事でオレ達は未だに誰とも付き合っていない。

 オレ達の事を受け入れる人は少なく、オレ達も過去の経験から付き合う気はない。


 ――でも。


「それじゃあ伊織、行ってくるよ」

「はい、楽しみにしていますよ先輩」


 気が付いたんだ。

 全ての条件を満たせる相手がすぐ近くにいたのを。

 毎日が楽しくなるその考えに。


「本当に……楽しみです」


 オレは教室から去っていく先輩の後ろ姿を見て深く笑みを浮かべた。




 ◇




「……え、伊織……?」

「はい、オレですよ先輩」


 校舎裏に辿り着いた先輩はそこに誰もいない事に訝しみ、そしてやって来たオレの姿に、より一層困惑の表情を浮かべていた。


「え、えーと……どうして伊織がここに……?」

「鈍いですねぇ先輩……そのラブレター、オレが書いたんですよ?」

「……え」


 オレの言葉に先輩は動揺を隠せない。

 だって先輩はオレがそういう素振りをしていないからそういう可能性がないと思い込んでいるから。でもね先輩。それはオレが敢えて見せなかったんですよ?


「サプライズです。こういうのがドキドキするでしょ?」

「まぁドキドキはするよね……なんか別の意味で……」


 失礼な事を言う先輩である。

 まぁそれで完全にオレから逃げない先輩も好きだが。


「オレ、思ったんですよ。オレと先輩って相性がいいって思いませんか?」


 一歩オレが歩を進むごとに、先輩が一歩後ろに下がる。

 オレは先輩を追い込むように移動して、先輩を校舎裏の壁に誘導する。

 すると壁が先輩の背中に当たり、先輩は驚愕するように後ろの壁を見た。


「オレと先輩は男にも女にもなれる……先輩はカッコイイし、オレはカワイイ。お互い理想の異性や同性になれるんですよ?」

「え、えーと……それは普段からやってる事なんだけど……」


 近付いて、近付いて。

 オレと先輩との距離はゼロになる。先輩の息遣いと鼓動がこの距離ではっきりと分かるようになり、オレはそっと先輩の頬に触れ、耳元に囁いた。


「――もっとその先の事まで、興味ありませんか?」

「っ!」


 あら可愛い。

 耳まで赤くなる先輩を見て、益々口角が上がっていく。


「ふふ」

「っ」


 つい笑みが溢れてしまう。

 オレの漏れた声に先輩はビクッとまるで小動物のように震え、ゴクッと唾を飲み込む先輩の音が聞こえた。

 身長は先輩の方が上なのに、実際は立場が逆転しているこの状況におかしく感じる。


「先輩の今日の気分はなんですか? オレですか? 私ですか? どっちのオレでも――」

「……っ、……っ!」


 心臓の鼓動が早くなっていくのを感じる。

 それは先輩のでも、オレのでも。

 先輩の息遣いが荒くなっていき、雰囲気がどこか危うい空気になる。それに伴い、オレも顔が赤くなっていくのを自覚する。

 それすらも楽しいと思えて、オレは言う。




「――先輩の事、大好きですよ」




 先輩の動きが止まる。

 目線がずっとオレの目に止まり、時間さえも止まったのかと錯覚する。

 そんな先輩に、オレは駄目押しと言わんばかりに首を傾げ、上目遣いで言った。


「先輩はこんなオレの事……好きですか?」

「……あっ」


 あぁ、明日から楽しみだ。




「……好き、です……はい」




 その一言で、オレ達の関係性は変わった。

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