千円札でも五千円札でも駄目なものは駄目!

 黒い帽子ない?

 息子へ黒い野球帽を渡したがこれじゃないらしい。しばらくすると、黒い小さなバケツを頭に被って現れた。

 マジックします。

 なるほど、シルクハットが欲しかったのか。

 このお札をビリビリに破いて、呪文をかけると元に戻ります。

 おいコラやめろ。急ぎ息子の手から一万円札を奪い取った。


***


「黒い帽子ない?」

「黒い帽子?」


 息子が唐突に帽子を欲しがった。

 うちにある黒い帽子……黒い野球帽を渡したが、これじゃないらしい。


「黒い帽子ないの?」

「これだけだよ」

「むう」


 一体何をしたいのだろうか?

 何かゴソゴソと作業をしていた息子は、しばらくすると黒い小さなバケツを頭に被って現れた。


「マジックします」


 なるほど、シルクハットが欲しかったのか。そういえばこの間、テレビで放送していたマジック番組を凝視していたのを思い出した。

 マジックを披露してくれるという息子を拍手で出迎える。ステージを模したテーブルの上に乗った彼はぺこりとお辞儀をした。

 一体、どんなマジックを披露してくれるのか。と言っても、子供がやる真似事だ。バケツの中からは、元から入れていた人形が出てくるだけかもしれない。

 布を被せてパっと取ってから、「はい!」と掛け声をするだけかもしれない。どんなマジックでも、可愛いマジシャンのステージには盛大な拍手を送ろう。

 すると息子は、頭に被った黒いバケツ――シルクハットの中から、種も仕掛けもないある物を取り出した。


「このお札をビリビリに破いて、呪文をかけると元に戻ります」

「おいコラやめろ」


 息子が取り出したのは一万円札だった。さっきからゴソゴソやっていたのは、財布からこれを抜き取るためだったのか!

 そうだ、テレビで放送していたマジックは、硬貨やお札を使うマジックだった。

 急ぎ息子の手から一万円札を奪い取った。


「じゃあ、こっち使う」

「千円札ならいいってもんじゃない!」


 種も仕掛けもないから、ビリビリにしたら戻らないんだよ!

 息子のズボンのポケットに手を突っ込むと、出るわ出るわ、私の財布からがめて来た五千円札とその他結構な数の硬貨……こっちの方がマジックらしいのでは?

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