小箱には私(娘)の臍の緒が入っていた
幼い頃から母に毛嫌いされていると感じていた。
母と私は、顔は瓜二つなのに嗜好もタイミングも道徳さえ何もかもが噛み合わない。
その母が私の結婚式当日の早朝に死んだ。亡骸の枕元にあった小箱の中にあった一枚の手紙…お前だけ幸せになるのは許さない。
母にとって私(娘)とは何者だったのだろうか。
***
幼い頃から母に毛嫌いされていると感じていた。
きょうだいの中で、私にだけあからさまに態度が違う。虐待にあたるような仕打ちや差別は受けなかったが、私の記憶では母はいつも怒鳴って怒っていた。
母と私は、顔は瓜二つ。声もよく似ている。なのに嗜好もタイミングも、道徳さえ何もかもが噛み合わない。
母の好きなものに、私は興味を持てない。私が好きなものを、母は拒絶して否定する。
母が出かけようと言った日に、私は風邪をひく。私の参観日に、母は抜けられない仕事が入って来てくれない。
車が来ていない赤信号で止まったら、母に怒られた。赤信号は渡っちゃ駄目と反論したら、腕を強く引っ張られて無理矢理歩かされた……警察が逮捕しに来るかもしれない。そんな不安を吐露すると、馬鹿にされた。
他のきょうだいと母が楽しく話す話題を、私は楽しめなかった。楽しまないとまた怒られる。そんな疎外感を感じて、就職と同時に実家と疎遠になったが、長女故か色々な用事で呼び出されては文句と共に母に出迎えられる。
母を嫌う勇気は、私は持っていなかった。
そうしている内に、転勤が決まった婚約者と共に遠方へと引っ越すことが決まった。物理的な距離ができれば、母との関係も何かが変わるかもしれない……そんな期待の中で、母が私の結婚式当日の早朝に死んだ。
心筋梗塞を起こして、寝ている間に布団の中で亡くなっていたのだ。
亡骸の枕元にあった小箱には、母から私宛ての一枚の手紙が入っていた。
『お前だけ幸せになるのは許さない』
昔から、母に瓜二つだと言われ続けていた。
外見だけは、まるで母のコピーのようだった私は、内面は全く違うモノであった。初めて母から産まれ落ちた私は、傍目から見れば母の分身に見えたのだろうか。
干乾びた臍の緒が切断されてから、私と母は全くの別人として産まれたはずなのに……母にとって私(娘)とは何者だったのだろうか。
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