それから3か月、お見舞いには行くことができない
「スーツケース貸してちょうだい」
祖母からの珍しいお願い。友達と温泉に行くらしい。それから毎年の温泉旅行が恒例となったが、感染症により行けなくなった。
「スーツケース貸してちょうだい」
2年ぶりの祖母のお願い…返すのはいつでもいいよ。だから、元気で帰って来てね。
祖母は明日から入院する。
***
「スーツケース貸してちょうだい」
祖母からの珍しいお願い。なんでも、手芸サークルで知り合った友達に温泉に誘われたらしい。
祖母にとっては10年ぶりの旅行だった。鞄よりもスーツケースの方が楽だよと聞いて、私に相談してきたのだ。
一泊二日にちょうどいい小振りなスーツケースは、軽くて丈夫。祖母でも楽に扱えるだろう。
私のスーツケースを引いた祖母は、お気に入りの帽子を被って嬉しそうに旅行へと出かけていった。とても楽しい時間を過ごせたらしい。気の合う友達が出来て何よりだ。
それから毎年、友達との温泉旅行が恒例となり、祖母は私のスーツケースを借りていった。あげようか?新しいのをプレゼントしようか?とも提案してみたが、あと何回使えるか分からないと断られてしまった。
今年も、スーツケースを貸すつもりでいた。しかし、感染症の流行によって温泉旅行は中止となってしまった。
「スーツケース貸してちょうだい」
2年ぶりに、祖母からお願いされた。いつものスーツケースは、2年間押し入れにしまい込んだままだった。
「返すのはいつでもいいよ。だから……」
元気で帰って来てね。
ちょっと具合を悪くして病院へと行った祖母は、もっと大きい病院での検査を勧められた。結果、手術が必要との診断が下される……祖母は明日から入院する。
タオルに着替えに、歯ブラシや箸セットに、ちょっとした旅行よりも準備する物が多い。温泉旅行の時よりも多くの荷物を詰め込んで、父と共に祖母を病院へと送っていく。
このご時世、お見舞いに行くこともができないし、実子である父しか手術の立ち会いを許されなかった。
『手術は成功した』
父からの連絡を受けて安堵した。未だに祖母の顔を見れないし、未だに感染者は数を伸ばしている。
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