妻の手と絹のハンカチを握りしめた

 子供は預かりものである。

 私たち夫婦と同じ血が流れる子を、ただ預かっているだけ。時が来れば手放さなければならない。それまでは、十分は愛情を注いで大切に育むのが親の責務だ。

 だから、笑顔で祝福しよう…花嫁の手を取った息子の旅立ちに、涙は似合わない。

 幸せになれ、と涙と共に零れ落ちた。


***


 子供は預かりものである。というのが、私の持論である。

 私たち夫婦と同じ血が流れる子を、ただ預かっているだけ。時が来れば、自分の足で歩いて行けるようになったら、旅立つ年齢になったならば、必ず手放さなければならない。

 それまでは、十分は愛情を注いで大切に育むのが親の責務だ。

 美味しい物を食べさせて、時には嫌いな野菜と格闘させる。誕生日が来たら、大好きなイチゴがたくさん乗ったケーキにろうそくの火を灯す。

 好きなことを、やりたいことをやらせて諦めてはいけない精神を学ばせる。初めてレギュラー入りができた試合に駆け付け、喉が枯れるまで夫婦2人で応援した。

 いくつかの他愛ない喧嘩とすれ違いを経て、大学進学のために1人暮らしを始めた。まだ旅立ちではない。学費と生活費、バイトもいいがきちんと勉強して卒業しろよ。働いて返せなんて言わないからな。

 無事に大学を卒業し、大病も大怪我もせずに社会人になった。そして、この日が来た。

 晴れやかな空の下。息子は、輝くばかりの白いタキシードを着ている。お嫁さんは美しかっただろう……まあ、30年前の母さんには負けるがね。

 こうして、息子は私たちの元から旅立って、新しい家族を作っていく。

 いつか来る旅立ちと別離は今日だ。もう、彼は1人で……2人で歩いて行ける。

 だから、笑顔で祝福しよう。父親と共にヴァージンロードを歩く花嫁が、花婿に引き渡される。


「お父さん。泣いているの?」


 泣かないさ。花嫁の手を取った息子の旅立ちに、こんなめでたい日に涙は似合わない。

 それでも私は、妻から差し出された絹のハンカチを受け取らざるを得なかった。


「幸せになれ」


 息子たちへの言葉が、涙と共に零れ落ちた。

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