第3話 異世界召喚_3

「以上で登録に必要な確認は終わります。何か質問はありますか」


 フェイルーンに問われ、英司は何を聞くべきか考えた。


 この世界のこと。この国のこと。


 スキルについて。


 勇者召喚について。


 巻き込まれた自分の今後について。


 自分が置かれた状況は、分からないことだらけだった。英司は勇者ではない。しかし追放も処刑もされなかった。いや、今のところだけかもしれない。


 日本に戻れないと聞かされたとき、どうしても戻りたいとは思わなかった。


 自分の力ではどうしようもないことは、あちこちに転がっている。誰かの責任によるとばっちり。身に覚えのない噂や陰口。交通法規を守っていても、事故にあう。健康に気をつけていても、避けられない病気もある。人の力ではコントロールできない天災の数々。


 転がっているものに躓き、巻き込まれるのは、人生の必然だと思っている。


 英司にとって、勇者召喚もそういったものの一つだった。


 何が何でも生きたいと思ってないが、積極的に死を選ぼうとも考えていない。


 なるべく嫌なことを避け、いつか何か良いことが起きればいいな。


 それが英司の生き方だった。


 異世界に召喚されたのは、幸運なのか。それとも災難だろうか。


 チートもハーレムもない。


 誰も知り合いのいない異世界。


 英司は、本当の意味で一人ぼっちになった。


 ぼっちENGは、ぼっちエンジニアリングであると同時に、ぼっちエンジニアでもあるのだろう。


「私の、このスキルって、どう思いますか?」


「いいスキルですね。何かを作り出すことに特化している。それは良いジョブの条件です」


「何でもできる方が良いと思いますが」


「何でもできるのは、何もできないのと同じ。とは言いませんが、専門にやる所のほうが、技術もノウハウも高くなる。広く浅くではなく、広く深くできるならそれが一番ですが、理想論でしょうな。現実的ではない」


「そうですよね」


 フェイルーンの言葉に、頷きながらも、英司は内心大きく落胆していた。


 フェイルーンは、英司のスキルが作り出すことに特化していると言うが、英司からしてみれば、何でもできるスキルに思える。


 設計、加工、組み立て。


 英司にしてみれば、それぞれは、独立した仕事として成り立つ。しかしフェイルーンには、それが一つのまとまりに見えるのだろう。


 新しい社長から言われた、会社での評価を思い出す。


「暮槌君は、中途半端。加工も組み立てもできる設計って聞くと、なんでもできるように聞こえるけど、どれもあと一歩足りない感じなんだよ。うちの会社が求めているのは、スペシャリスト。暮槌君の能力じゃ、足りないんだよね」


 英司は先週リストラされた。


 自分では、現場を知っているからこそ、設計に生かせる物があると信じていた。しかし、そのことごとくを、新しい社長に否定された。


「それは設計の考えることじゃない。現場でどうにかすること」


「それは現号でいいから、時間かけないで」


「リピートだし、前もそれで作ってるから、変えなくていいよ」


 配線や配管の取り回し。


 ロボットケーブルやアースのステー。


 干渉するからと、現場で修正したのに、図面に反映されてない数々の部品。


 現場のことが分かる英司は、積極的にそのことを訴えてきた。しかし、現場の不満を取り入れることはなく、設計重視の経営は変わらなかった。


 悔しさとむなしさが、英司の胸に蘇る。


 結局、自分のスキルは、中途半端なんだ。異世界に来たのに、何も変わってないんだ。


 英司は、諦めと落胆を感じながら、顔だけは笑顔を作っていた。


「他に質問がなければ、登録の担当を呼びますが、どうです?」


「はい、お願いします」


 しばらく待つと、登録担当の女性がやってきた。勇者の事務手続きもケイエルという女性が担当だった。この世界でも、事務員というと女性なのだろう。


「所長、お疲れ様です」


「ごくろうさん。一級クラフトマンで登録しておいて。このあとの流れは分かってる? それじゃよろしく。何かあったら、連絡して」


 フェイルーンのことは、生産庁の職員としか紹介されていなかったから、所長だとは知らなかった。


 この街にあるのは、生産庁の出張所のようなものだろうか。勇者召喚施設は森の中にあった。おそらくこの街は、国の中心部ではないのだろう。


「それじゃ、ミスター暮槌、あとのことは彼女に聞いてください」


 フェイルーンは実習室を出て行った。


「はじめまして。サヌエルと申します。さっそくですが、登録手続きを進めていきますね。ステータスを見せて下さい」


 英司がステータスと唱えると、サヌエルがそれを見て、登録用紙に記入する。


「お名前はどうしましょう」


「どうするとは」


「暮槌さんが今後使用する名前です。異世界の方は、登録時に名前を変えることができます。こちらの世界風の名前にしてもいいですし、元の世界風の別の名前でもかまいません。この名前は、ステータスにも反映されますし、以後変更はできません。ですから、この世界でずっと使う名前になります」


「エイジでお願いします」


 カタカナでの登録をお願いした。この世界の文字で、漢字表記とカタカナ表記の違いが分からないが、異世界なら、カタカナの方がふさわしいと思った。


「承知しました。姓はいかがいたしましょう」


「この世界というか、この国では、姓はみなさん持っているのですか?」


「いいえ、姓があるのは、貴族の方々のみとなります。平民は姓を持ちません。ステータスに反映されませんが、屋号だったり、住んでいる場所などを姓の代わりに名乗ることが多いです」


「私は姓を名乗れるのですか?」


「はい、名乗れます。暮槌さんの身分は、平民ですが、召喚国民なので、特別貴族に該当します。仮に姓を名乗らなくても、特別貴族扱いは変わりません」


 考えたすえ、英司は姓を名乗らないことにした。自分の姓にこだわりを持っていないことと、やはり身分が平民なら、姓を名乗るべきではないと思った。


 暮槌は希少姓だと思う。しかし英司は好きではなかった。この苗字のせいで、嫌な思いをたくさんしてきたからだ。


「お名前の登録は明日には更新されているはずです。朝起きたらステータスの確認をお願いします」


「分かりました。しかし、ステータスって、更新されるんですね」


「ええ、ステータスは、レーセルス様のお力によるものなので」


「レーセルス様?」


「そうでした。レーセルス様というのは、死神ホウバロバートと生命の女神クルティナの娘にして、魂の案内者である、レーセルス神のことです」


「……神様? ステータスって神様の力ってことですか?」


「その通りです。私たちを守りお導き下さるレーセルス様のお力によるものです」


 英司は、目の前で真剣に神を語るサヌエルをまじまじと見つめた。その表情は真面目そのもので、嘘を言っているようには見えない。100%信じていた。


 神が実在し、その力が見える。まさに異世界だった。


「ってことは、もしかしてジョブやスキルも神様の力ですか」


「おっしゃる通りです。レーセルス様が私たちに与えて下さった、聖なる力がジョブであり、各種スキルです」


 ステータスもスキルも、確かに人外の力なのだと思う。神が息づく世界。英司は改めてその事実を噛みしめた。


「また、明日には、エイジさんのステータスに、クラスと職業、認定技能が追加されます」


「クラスと職業に認定技能とは、なんでしょうか」


「クラスは身分のことです。エイジさんは平民になります。特記事項として、召喚国民が併記されます。職業は生産庁職人科の特別職員です。また、認定技能、一級クラフトマンも追加されます」


「私は、職員になるのですか? それは公務員ということでしょうか」


「はい、生産庁に属する公務員で、毎月給金が支払われます」



「その、職員として、私は何をすればいいのでしょう」


「当面は、何をしたいのか、探して下さい。エイジさんは召喚国民なので、国として、その生活を保障します。そのための特別職員です」


 英司はリグニール王国の公務員という立場を手に入れた。

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