第2話 異世界召喚_2

 勇者召喚総括事務官であるゼオルグの代わりとして、やってきたのは、フェイルーンという、五十を過ぎた小太りの男だった。兵士を二人連れていた。フェイルーンは、生産庁の職員だった。英司のスキル検証の結果は、クラフト系と判定された。そのため、管轄が生産庁になった。


「ミスター暮槌、さっそくですが、場所を変えましょ」


 勇者召喚部署との必要な引き継ぎは既に済んでいるようだった。


 フェイルーンの後について、建物から出た。


 空は地球と同じく青かった。太陽は真上に近い位置だ。振り返ると、英司が出てきたのは、ドーム状の屋根を持つ、体育館サイズの建造物だった。壁は、召喚された部屋にあったものに似た模様で埋め尽くされていた。


「こちらへ」


 フェイルーンに促され、馬車に乗り込む。二人の兵士も一緒に乗り込んだ。


 窓から外を眺める。運動場のような広場が見えた。窓が並んだ宿舎のような建物や、厩舎、みるからに何かの役所っぽい建物が現れては消えていく。


 やがて高い塀と門が見えてきた。


「非勇者召喚者の移送です」


 御者の声が聞こえた。


 非勇者。


 その言葉に、英司は自分の置かれた立場を再確認した。


 おそらく、勇者召喚には多大な資源が費やされているはずだ。それがアイテムなのか、魔力なのか、それとも神力なのかは分からない。


 しかし、本来勇者を召喚するためのもので、勇者ではない英司が召喚されてしまった。


 もしこれが一般企業なら、注文した品物と違う物が納品されたようなものだろう。間違いに気がつき、正規の品がすぐに再手配され、納期に間に合えばいい。しかし、在庫を切らしていたり、制作品で納期がかかる物だった場合、客先や関係先に理由を説明して頭を下げ、スケジュール調整をしなければならない。


 この国における勇者召喚の位置づけがどうなっているのか、英司には分からない。


 しかし、総括事務官の下に各担当者がいるのだ。かなりの大がかりな事業であることは、想像できる。


 仕事で発注したロボットやポジショナーが、全く違う物が入ってきたとしたら。


 他の注文分を回してもらうことができればいいが、そうでなければ、どうなってしまうのだろう。設備の納期が遅れてしまうのは当たり前だが、客先の生産スケジュールは変えられない。どう対応すればいいのか。それを想像して、胃が痛くなってきた。


「おや、お腹がすいているのですかな。ちょうどもうすぐ昼です。到着したら、まずはメシにしましょう」


 英司がお腹を押さえたのを、フェイルーンが勘違いをした。


「ミスター暮槌は、好き嫌いはありますか?」


「この世界というか、この国の食材が、私がいたところと同じかどうかわからないので、判断できません」


「確かに、確かに。それではこのまま生産庁の建物に向かいましょう。そこの食堂なら、セルフ形式ですからな」


 英司は召喚される前、コンビニ弁当を食べて部屋でくつろいでいたところだった。召喚されてからの経過時間を考えると、日本では午後八時くらいだろうか。


 これも時差と言えるのか。


 英司は、夕食を食べてからそれほど時間が経っていないことと、緊張から、食欲はまったく湧いてこなかった。だが、社会人としてそれを素直に伝えるのも、フェイルーンの勘違いを指摘するのも、ためらいを感じた。いつもの作り笑いでごまかすしかなかった。


 馬車は森の中を走っていた。森を抜け草原に出た。しばらくして防壁に囲まれた街が見えてきた。


 馬車は、生産庁の建物の前で止まった。フェイルーンと英司が降りると、兵士を乗せたまま馬車は去って行った。


「それじゃメシにしましょ」


 食堂のランチは、トレーに好きなものを載せ、最後に精算するセルフ形式だった。余り食欲はなかったが、何も食べないのは失礼に当たるかもしれない。


 英司はパンを一つとり、卵料理とスープを選んだ。英司の分の精算もフェイルーンが行った。パンはぎっしりと重く、少し固めだった。以前の勤務先の近くにあった、ドイツパンの店のものに近かった。卵料理もスープも美味しかった。


 食事の後、実習室に移動した。木工用の実習室だろう。のこぎりやカンナ、ノミやハンマーにヤスリなどの工具が、壁に沿って並べられている。直尺や差し金のようなものもある。


 その横には切り出された板が、サイズ事に立てかけられていた。その向こうにある大きめの箱の中には、端材が詰め込まれていた。


 室内には複数の作業定盤があったが、今は誰も使っていなかった。


 クラフト系のスキルである英司は、職人科に登録される。その後、召喚国民として生活することになっていた。そのためにも、スキル詳細を確かめる必要があった。


「ではスキルを使ってください」


「分かりました」


 英司はフェイルーンが見ている前でスキルを発動した。


 まずはモデリングだ。このスキルは、その名前から英司が予想していたものと同じだった。3Dモデリング。つまり、3次元CADだ。


 モデリングを発動すると、英司の目の前に半透明のウインドウが出現した。ステータスウインドウと同じ仕組みだろう。


 モデリングウインドウは、視界の端にアイコンが並んでいた。形や配置は違っていたが、基本は、英司が使っていた3DCADと同じだった。


 しかし、グレー表示されていて使用できないアイコンの方が多かった。スキルヘルプを確認すると、スキルレベルが低いため、使用できないことが分かった。スキルレベルを上げるには、スキルを使用して熟練度を上げることだ。良くあるパターンだ。


 今できるコマンドを使って、英司は簡単な支柱を作成することにした。


 まずφ20x100の丸棒を押し出す。次に、M10タップを立て、反対側にはM10の雄ねじを作成する。


 最後に、二面幅加工を追加して完成するところで、フェイルーンに問いかけられた。


「ミスター暮槌。スキルを発動してます?」


「これは見えていないのですか?」


「私からは何も見えません」


 英司の目の前にあるウインドウは、他の人には見えていないようだ。これを見えるようにできるのだろうか。


「調べますので少々お待ち下さい」


 ヘルプを検索し、表示タブの中にある『可視化』にチェックを入れれば、本人以外にも見えるようになることが分かった。すぐにチェックを入れた。


「おお、これがミスター暮槌のスキルですか」


 完成間近の支柱を見たフェイルーンが、興味深げに顎に手を当てた。


「では、最後の仕上げをしますね」


 英司は支柱に、二面幅17長さ10を追加した。


「完成です。今のスキルレベルでは制限されていて使えない機能があるので、簡単な支柱を作ってみました」


「これは、映像のようなものですね。これを実体化できるのですか?」


「おそらく、もう一つのスキル、マシニングを使えば、できると思います。ただし、スキルレベルが不足していて、実体化できないかもしれません」


 英司のスキルは三つある。モデリング、マシニング、アッセンブリだ。モデリングは、3DCADと同じ機能を持つスキルだった。ならば、マシニングとアッセンブリも、英司が考えている通りの機能を持つスキルだと思う。


 他のスキルも、モデリングと同じく、スキルレベルによる機能制限があるはずだ。レベル1のマシニングスキルでは、マシニングセンタと同じ機能は、使えないだろう。それでも、モデリングできるのだから、フライス盤や旋盤での加工なら可能なはずだ。


「さっそくやってみて下さい」


 英司はフェイルーンに頷くと、まずは支柱データを名前をつけて保存した。


 続いてマシニングスキルを発動すると、今保存した支柱データを呼び出す。グレーだった加工開始のボタンに色がついた。


 それをタップしようとして、英司の手が止まった。


「これは見えていますか?」


「どれのことかね?」


 フェイルーンに、マシニングのボタンは見えていないようだ。先ほどと同じように可視化にチェックを入れると、フェイルーンにも見えるようになった。


 加工開始ボタンをタップすると、材料が不足していますと表示された。


「ここにある物なら、自由に使ってくれてかまわない」


 表示を見たフェイルーンが言った。英司は、モデリングした支柱より大きめの丸棒を選んだ。


「この世界では、この丸棒の大きさはいくつになるのですか」


 日本にいたときの感覚で、当たり前のようにミリメートル単位で考えていた。しかしここは異世界だ。モデリングの数字の単位が、ミリメートルだとは限らない。


「この丸棒ならφ22の長さ120リミトですね」


 フェイルーンが直尺で測定して教えてくれた。目算のミリメートルとほぼ同じだ。リミトとミリメートルは同じと考えて良さそうだった。 


 マシニングスキルにある素材投入から、手にした丸棒を選択する。その瞬間、手の中の丸棒が消えた。マシニングスキルのウインドウの素材欄に、丸棒の表示が追加され、丸棒がウインドウに表示された。


 ウインドウ内の丸棒に触ろうとしたが、触れなかった。インベントリや、亜空間収納スキルに似た感じなのだろうか。


 フェイルーンが頷くのを見て、英司は加工開始ボタンを再度タップした。


 ウインドウ内の丸棒に、旋盤で削るように、外形寸法端が整えられた。次にタップ加工が行われ、雄ネジが立てられる。最後に二面幅が取られると、ウイドウ内の支柱が光った。 光が収まると、ウインドウ内の支柱は消え、英司の手にその支柱が存在していた。それをフェイルーンに渡す。


「素晴らしいスキルです」


 支柱をまじまじと観察していたフェイルーンは、英司のスキルに感心したようだ。


「もう一つのアッセンブリスキルは、どうですか」


「申し訳ないのですが、アッセンブリスキルそのものがグレー表示されていて、発動できません」


「発動条件つきのスキルですか」


「……発動させるには、二つ以上の部品をマシニングスキルで作り出し、部品登録する必要があるようですね」


「今からいけますか」


「やってみます」


 英司はマシニングでもう一本支柱を作り、できあがった支柱二本をアッセンブリに登録した。支柱が消え、アッセンブリウインドウに支柱が追加される。アッセンブリも可視化して、フェイルーンに見えるようにした。


 アッセンブリで組み立てるには、どう組むのかを指定しないとならない。


 支柱二本を雄雄ネジと雌ネジで連結するように指定すると、組み立て開始ボタンに色がついた。タップすると二本の支柱が組み合わさって光り、英司の手に組み立てられた支柱が姿を現した。


「ミスター暮槌のスキルは、単独で使うと言うより、一連の流れとして使うタイプのようですね」


「そうみたいです」


 英司にとっては、慣れ親しんだ流れだった。設計し、部品を加工して組み立てる。もの作りの基本だ。


「確か、ミスター暮槌のジョブは、一流ぼっち……」


「一流ぼっちエンジニアリングです」


「なるほど、なるほど。ENGはエンジニアリングと読むんですな。まだスキルレベルが低いですが、ジョブは一流なので、一級クラフトマンとして、登録しましょう」


「その、私のジョブの一流というのは、どいう意味なのですか」


「ジョブのランクですな。一流なら、上位のランクです」


「そうすると、私のジョブは、ぼっちエンジニアリングの一流ランクということですか」


「その通りです」


 一流ぼっちとは、友達が一人もいないような、一流レベルのぼっち野郎という意味ではなかった。そのことを知り、英司はそっと胸をなで下ろした。

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