二刀を追う者は一刀をも得ず

味噌わさび

第1話 武康と兵助

 時は戦国時代末期。


 天下は移り変わり、安定の時代が訪れようとしていた時代。


 一人の男が歩いていた。


 男の名は佐山武康。


 武康は剣豪である。といっても、自分で剣豪と名乗っているわけではない。


 武康は小さい頃より、武術を習い、鍛錬を繰り返し、剣豪と呼ばれるまでに成長したのだ。


 そんな武康は、ある場所に向かっていた。


 武康がたどり着いた先には、一人の男が立っていた。


「逃げずに参ったか、兵助」


 もう一人の男の名前は間宮兵助。


 彼もまた、剣豪である。


 といっても、兵助は武康と違い、まともな武術など習ったことはない。


 ただただ剣を振り続け、いつのまにか剣豪と呼ばれるようになっていただけのことである。


「武康。なんだそれは」


 兵助は武康の腰元を見る。武康の腰元には、刀が二本。


「フッ……貴様に敗れてから、儂は修行したのよ。その過程で、儂は……二刀流を会得したのだ」


 武康は一度、兵助に敗けている。


 まともに鍛錬などしたことのない兵助に負け、しかも、生きながらえてしまったことは、武康にとって、この上ない屈辱であった。


 だからこそ、武康は今度の果し合いばかりは、負けるわけにはいかなかったのだ。


 喋り終わると、勢いよく、武康は二本の刀を抜く。それと同時に、兵助も刀を抜いた。


「儂は二本、貴様は一本……どちらが勝つかは明白じゃのう?」


「……笑止。刀の数で勝負が決まると本気で思って居るのか?」


 兵助のその言葉は、武康を激昂させるには充分効果的だった。


「叩き切ってくれるわ! 兵助!」


 武康が勢いよく斬りかかる。それと同時に、兵助も一瞬だけ動いたように見えた。


 次の瞬間には、既に両者は刀を振り終わっていた。


「……ぐふっ」


 倒れたのは……武康だった。


「な、なぜ……なぜ、儂が敗ける……」


 武康は瀕死の状態ながらも、兵助のことを睨みつける。傷は深く、致命傷であった。


「冥土の土産に、教えてやろう」


 兵助が武康の視界に現れる。


 その研ぎ澄まされた鋭い視線を見ていると、武康も、自身が負けてしまったことにいくらか納得がいくような気がした。


「二刀を追う者は一刀をも得ず、だ」


「……は?」


 武康は思わずそんな反応をしてしまった。


「古くからある諺だ。知らんのか?」


 それを言うなら二兎を追う者は一兎をも得ず、であろう……しかし、兵助の反応を見ると、本気で間違っているようだった。


 こんな諺もまともに知らないやつに敗ける……武康はますます自分が惨めになったが、同時にこうも考えた。


 ……いや、確かに、言葉としては当たっているのかもしれない、と。


 自らの一本の刀を信じられず、二刀流という目新しいものに飛びついた……間違った諺であっても、今の自分にはお似合いだ。


 そう思うと、武康は自然と笑みを浮かべたが、そのまま動かなくなってしまった。


「……え? 儂、何か間違っていたか?」


 そして、勝者であるはずの兵助だけが、なぜか釈然としない気分のまま残されたのだった。

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