彼女と彼氏

T.KANEKO

彼女と彼氏

 今年も、桜の蕾がほころび始めた。

 テレビの天気予報では、開花がいつになるのか、が話題になっている。

 2月1日以降の最高気温を足し算していき、累積温度が600度を超えると、桜が開花する、そんな事を気象予報士が話していた。

 僕は自然の神秘に驚かされる。


 この時期になると、僕の心はソワソワし始める。

 机の引き出しからスケジュール帳を取り出し、ゴールデンウィークの暦を確認。

 今年は平日を二日間休めば、十連休になる事を知った。

 毎年、ゴールデンウィークに計画している旅行、その時期がやって来た。

 前半は北海道で、後半は沖縄、これは一年前に決めていた事だ。

 旅のパートナーは彼女、それから彼氏、これも決まっている。


 ゴールデンウィーク初日、朝一番の羽田発、釧路空港行きで北海道に入る。

 レンタカーを借りて、まずは釧路駅へ。駅前にある和商市場で食べる海鮮丼が朝食になる。自分の好きなネタをチョイスして、ご飯がよそられた丼に乗せてもらう、通称、勝手丼。カニの出汁がたっぷりと染み出た鉄砲汁を添える。

 隣で微笑む彼女の顔が目に浮かぶ。


 朝食を食べ終えたら、釧路湿原へ。予約しておいたカヌーに乗って湿原散策。滑るように川面を進むカヌー、一番前に座るのは彼女、真ん中が僕で、一番後ろはガイドさん。静寂の釧路川を下っていくと、人工物が消え、自然の中に溶け込んでいく。

 冴え渡る五感…… 川が流れる音、土や草花の匂い、肌で感じる風、そしてどんな高級な豆よりも美味しい、ガイドさんが淹れたインスタントコーヒー。きっと最高だ。


 釧路湿原のあとは、阿寒湖、網走湖、サロマ湖に寄り道しながら、紋別まで車を走らせ、芝桜公園へ。小高い丘一面に張り巡らされた、目に鮮やかなピンクの絨毯を一望し、彼女はおもわず溜息をつく。空から眺めるヘリコプター遊覧飛行も良いかもしれない。


 一日目の宿泊は紋別にしようと思う。昭和の風情が漂う、はまなす通りで北の食材を満喫し、露天風呂で明日への英気を養う……


 二日目の進路を北に取るべきか、それとも西か、机の上に地図を広げる。稚内まで北上し、冬の名残をとどめる利尻や礼文も悪くない。西へと移動して旭岳や、層雲峡も良いだろう。旭川、富良野、帯広…… 北海道らしい広大な大地を満喫するか、札幌や小樽と言った賑やかな観光地を巡るか、悩ましいところだ。彼女の好みはどっちだろうか?


 滞在は五日間の予定。という事は宿泊は4泊。彼女と過ごす甘い夜をどこにすべきか…… それも迷うところだ。大型のリゾートホテルも悪くはないが、騒がしいのは御免なので、ひっそりとしたオーベルジュで舌鼓を打つのも良いかもしれない。

 ベッドはダブルで、彼女とひとつになって眠りにつく……


 帰りの便は、やはり新千歳が良いだろう。

 あらゆる名産品が揃うショップで、最後の買物をして、締めはラーメン。クラスJで旅の思い出を語り合い、別れ際にキスをする。

「楽しかったね、また連れてきてね」

「また一緒に行こうね」

 羽田空港の第一ターミナルで別れ、彼女は京急線に乗り、僕は第二ターミナルへ歩き出す。



 第二ターミナルで、彼と待ち合わせ。

 沖縄方面のチェックインカウンターで手荷物を預け、手を繋いでターミナルを歩いて行く。僕の身体の中で一番好きなところは手の平、彼はそう言っていた。


 行き先は石垣島、彼がどうしても行ってみたい、と言っていた場所。

 那覇を経由して石垣島に入るつもりだ。直行便も飛んではいるが、彼は長時間のフライトが苦手なようなので、那覇を経由する。

 あまり変わらないような気もするのだが……


 石垣島に到着するのは夜、だから初日はホテルへ直行。

 美崎町周辺のホテルを手配して、夜は沖縄料理を堪能しよう。そう言えば、彼は石垣牛が食べたいと言っていた。出発までに焼肉屋の情報を入手しなければ……


 二日目はレンタカーで石垣島の島内観光へ。きっと、ドライブが好きな彼がハンドルを握る、僕は助手席。川平湾は外せないスポットだと聞く、五月ならば、海に入れるので、マリンスポーツも良いかもしれない。夕日が美しい名蔵湾に宿泊してオリオンビールを片手にバーベキュー、賑やかな彼となら、盛り上がりそうだ。


 三日目は竹富島に宿泊、島民が毎朝掃き清めるという白砂の道を散歩して、島内をサイクリング。エビが入った八重山そばや沖縄ぜんざいを食べてまったりと過ごす。


 四日目は西表島で自然にどっぷりと浸かるか、それとも小浜島の高級リゾートか……

 四泊する事になるので、ホテルの選定はやはり悩ましい。

 彼は言う、「わたしはどこでもいいのよ、ベッドがダブルなら」、と。

 僕と彼との間に、身体の交わりはないが、彼は手を繋いで眠りたいらしい。

 だから男同士だけどダブル……


 陽気な彼と過ごす時間は、きっと、あっという間に過ぎていく。

 お酒の好きな彼と、毎晩飲み、そして夜更けまで語り合う。

 僕達の将来について、それから僕と彼女の関係についても……


 彼は、彼女の事を理解してくれている。

 彼女も、彼の存在は把握している。


「わたしは、あなたの子供を産んであげられないから……」

 寂しそうに言う彼の瞳を見つめると、僕の胸はキュッと締め付けられるように痛み出す。


「あなたが好きになったのだから、きっと素敵な人なんでしょうね……」

 彼女は、含み笑いを浮かべながら話すが、彼の事を認めるとも、認めないとも言ってくれない。


 僕は、彼女と彼の間で揺れている。

 悪いのは、間違いなく僕だ、性別が異なる二人を同時に愛してしまったのだから。

 美しく、柔らかく、しっとりとした彼女を、僕は愛している。

 そして、明るく、朗らかで、逞しくもあり、か弱くもある彼も、愛している。


 僕が二人の同姓を愛したならば、もう少し話は単純だった気がする。

 きっと二人の同姓は、お互いの事を放ってはおかないだろうから……

 だけど僕の場合は、異性の二人……

 彼女と、彼が、お互いどう受け止めるべきか、頭を悩ませているに違いない。


 二刀流……

 テレビから聴こえてきた大谷翔平を讃える言葉が、僕の胸に影を落とした。


 僕はスケジュール帳を引き出しに仕舞った。続きは、明日にしようと思う……


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