ゴジョーダンジョン 最終防衛ライン前にて


 ♠



 それは突然の嵐を思わせた。

 冒険者の雄叫びと、ウシワカの咆哮で騒然とする中洲の果てが。

 水を打ったかのように、一瞬静まり返ると。

 まるで竜巻でも発生したかのように、複数の人影が宙に舞い、その次の瞬間、彼らの肉体が肉片に変わったのである。

 喚声かんせいが悲鳴に変わり。

 雨のように血が降り注いだ。

 それは瞬く間の出来事である。

 暴風が樹々を薙ぎ倒すように、人と魔物の区別なく、冒険者とウシワカの双方を、斬り、殴り、しぼり上げ、その息絶えた亡骸を冒険者に叩きつけ、さらに犠牲者を増やして行く。


 それは一見すると巨大な蛇に見えた。

 硬いウロコに覆われた長い身体に、ガラガラ蛇のように音を立てる尻尾。

 コブラのように横に広がる大きな頭を持ちながら、その身に四本の長い腕を持つ異形の怪物。

「ナーガだと⁉」

 オレは息を飲んだ。

 なんでゴジョーダンジョンにナーガがいるんだ!?

 ゴジョーの長い歴史の中で、ナーガが発生した記録なんて一度も無いぞ。

「ミサキさん退がって」

「なにあれ⁉」

「ナーガです」

 四本の腕に、それぞれ異なる形の剣を持ったナーガが、当たるを幸いといわんばかりに、縦横じゅうおうに剣を振るい、冒険者とウシワカを血祭りに上げてる。


「あれがウシワカが逃げてきた理由やな」

 トマスの言葉を聞いたオレは咄嗟とっさに声を上げた。

「逃げろ‼」

 ナーガの強さと凶暴性はウシワカの比じゃない。

「えっ、でも」

 ミサキさんが周囲を見回した。


 ここに居るのは、オレたち冒険者だけじゃない。

 オレたちを取り囲むように、ウシワカ討伐という危険なショーを生で見物するために集った、一般客が沢山いるのだ。

「説明しましたよね、いざという時は自分の身の安全を最優先に考えろって。いまが、その時です」

 プロの冒険者が足止めしてる隙に逃げ出せば、何とか無事に逃げきれる。

 危険極まりないダンジョンだが、安全圏はある。

 櫻の園だ。

 魔素がない、魔力の枯渇こかつ地帯である櫻の園は、いわばゴジョーダンジョンの最終防衛ラインだ。

 あそこに入ってしまえば、ナーガも追っては来れない。

「あたしは逃げない」

「何を言って──」





 パァァァァァン⋯⋯。





 銃声を思わす鋭い炸裂音さくれつおんがオレの耳をつんざいた。

 オレの言葉を遮るように、両手を叩いたミサキさんが大声で叫んだ。



「逃げてーッ」



 いつものゴジョーダンジョンと違う雰囲気にザワついて一般客の注目が、一気にこっちに集まった。

 さらにミサキさんが手を叩いた。




「逃げるのよ。東に、青に向かって走れェェェェッ‼」




 ドラゴンの咆哮ほうこうもかくやというミサキさんの大声に、それまで固まってた一般客が一斉に動いた。

 そりゃ、そうだろう。

 彼らに取っちゃ、遠くにいるナーガなんかより。

 髪を逆立て、大声でまくし立てるミサキさんの方が、よっぽど恐く見える。

 だが、マズいぞ。

 いまの大声でナーガの注意を引いてしまった。

 全身を返り血で真っ赤に染めたナーガが、まっすぐミサキさんに向かって来る。

 ターゲットにされたんだ‼


「ミサ──」


 迅い。

 足を持たないナーガの蛇身が飛ぶように地面を滑り、真っ直ぐにミサキさんに衝突した。

 まるで複数の車を巻き込んだ交通事故だ。

 グシャリと歪な音を立てて絡み合った1人と一匹が、地面をゴロゴロと転がりながら戦っている。

 四本の腕を持つナーガだが、ミサキさんが懐に潜り込んでしまったせいで、その四振りの剣を使えずにいる。

 ミサキさんは、ミサキさんで脚が大地についてない状態では有効な打撃が放てない。

 ナーガが長い尾を使ってミサキさんを絡め捕ろうとした。



 瞬間。



 即座に跳ね起きたミサキさんが。

 どっしりと地面を踏みしめ、水鳥が大きく翼を開くような動きで、ナーガの攻撃をことごとく弾いてる。

 そしてチャンスと見るや、即座に反撃に移ってる。

 いや違う。

 ナーガの攻撃を弾くと同時に、反撃してる⁉。


 なんだ、これ⁉


 ナーガが手にする四本の剣を、トマスがが鍛えガントレットで受け流してるのだが。

 その受け流す動きが、そのまま攻撃になっている。

 普通は、こんな風には動けない。


 オレは、防御するなり、受け流すなりした後に、反撃の体勢を整えてから攻撃に移るんだが。

 ミサキさんは、そのために必要なワンアクションかツーアクションを省略している。

 凄いな。

 これこそスキルだ。

 ダンジョンで得た魔法をスキルなんて呼んでるヤツがいるが、それは間違いだ。

 本来の意味のスキルは、自力で身につけた技術に、ダンジョンで得た能力を上乗せしたモノを指す。


 トマスが装備品を造る時に用いる魔力鍛造なんかは、その代表例だろう。

 あれはトマスの確かな鍛造技術があるからこそ、十全に能力を発揮できるのだ。

 ミサキさんの攻防一体の戦闘術も、地上で身につけた中国拳法の下地があればこそだ。




 シャァァァァァアァッ。




 大きく開いたナーガの口から巨大な牙が覗いた。

 ナーガは一見すると蛇に見えるが、その実、蛇とはかなり姿が違う。

 最大の部分は頭だ。

 特に顎の構造は大きく異なっており、蛇というよりは、イタチ科の大型肉食獣に近い。

 顎の力も強く。

 獲物に食らいついた瞬間に、骨も肉もグチャグチャに潰してミンチにしてしまうほど強烈だ。




「ウォリャアァァァァ」




 ナーガの振り下ろした巨大な刀を受け流したミサキが、ナーガの深い懐に入り込み、渾身の一撃を叩き込む。

 しかし。

 利いてない⁉

 石の拳シュタインファウストの一撃を食らえば、どんなにタフな魔物でも深刻なダメージを受ける筈だが、なぜかナーガは平然としている。

 いったい、どうなってる⁉



 シャァァァァァアァッ。



 ナーガが尾を振った。

 マズい。

「ミサキさん」

 オレが叫ぶよりも速く地面を蹴ったミサキさんが、ナーガと距離を取った。

 危なかった。

 あのまま、あそこに居たら、ナーガの長い尾に絡まれて身動きが封じられた。

「なにコイツ、強い」

「だから言ったでしょう。逃げなきゃ」

「危ない、けて」

 オレを突き飛ばしたミサキさんが、後ろにジャンプして間合いを開く。

 彼女に追いすがったナーガが、その四本の腕を自在に動かし繰り出す攻撃を、ミサキさんの二本の腕が受ける。

 その瞬間にトマスの造ったガントレットが形を変える。

 攻撃に特化していた形状から、防御に最適化した形状へ。

 まるでミサキさんと呼吸を合わせたかのようなスムーズな変形だ。


 ナーガの攻撃をすり抜けたミサキさんが間合いを詰めて攻撃に移る。

 しかし、距離が近い。

 パンチでは有効な打撃にならない。

 オレがそう思った瞬間、ミサキさんの肘がナーガの鳩尾みぞおちに食い込んだ。

 だが。

 やはり決定打になってない。


 なんでだ⁉


 確かにナーガの肉体の構造は、人間とは大きく異なっている。

 魔物の肉体の強靭きょうじんさは、地上の野生動物の比ではない。

 人間では比較対照ひかくたいしょうにならないほどタフだ。

 だが、それでも石の拳を身につけたミサキさんの攻撃に、何度も耐えられるような強靱さは持ち合わせてない筈だ。


 何かある。


 何かが。


 ナーガの懐に入り込んだミサキさんが、次から次に技を繰り出し殴り続ける。

 ヌエをぶちのめした必殺のラッシュだが。

 やはり利いてない。 

 もしかしてコイツもミサキさん同様に、防御系の魔法を持っているのか⁉

 オレが、そう思った瞬間。

 ナーガの長い尻尾が飛びかかって来たウシワカを空中で捕らえて、そのまま口に放り込んだのだ。




 ぞぶり。




 と、いう気味の悪い音と共に、大量の血液がナーガの口の端からこぼれ落ちた。



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