黄昏せまるゴジョーにて
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それにしても良く動くな。
親和性も高けりゃ、
さッすがトマス、いい仕事してるぜ。
オレの目尻がだらしなく垂れ下がった、その瞬間。
それまで満面の笑みを浮かべてたミサキさんの眼が、キッと吊り上がり、
「おじさま伏せて‼」
と、叫んだ。
彼女の身体が身長よりも高く跳ね上がり、その長い足が宙に向かって鋭く伸びた。
パァァァァァァン⋯⋯。
と、まるで銃声を思わせる高い破裂音を響かせて、地面に叩きつけられたモノがあった。
「なに、これ⁉」
片膝をついて着地したミサキさんが、眼を丸くしてそれを見た。
地面に
それは人間のような手と、
犬のような眼と、鷲のような鋭いクチバシを持つ異形の怪物。
「ウシワカや」
「ウシワカ⁉ 牛若丸⁉」
「そうとも言いますね」
駆け寄ったオレがミサキさんに代わってトドメを刺すと、誰が狩った獲物か証明するマーカーをウシワカに打ち込んだ。
「このゴジョーダンジョンを代表する魔物の1つです」
「えっ⁉」
と、ミサキさんが驚きの声を上げた。
「まさか⋯⋯、これも食べちゃうの⁉」
「なッ‼」
オレは思わず絶句した。
「⋯⋯なにを言ってんスかミサキさん」
「え、だって川サソリはゴジョーを代表する魔物だって」
「食材、食材としてですよ。ウシワカみたいに人に似た魔物を食ったりしません」
──食べないと思う。
多分。
少なくとも、オレは食わない。
ただ全員が全員とはいい切れない。
なんといっても、ここはダンジョンなんだから⋯⋯。
背に腹は代えられない状況は幾らでもある。
「なんだ、そっか~。よかった、ビックリしちゃったよ」
「びっくりしたのは、こっちですよ」
そう呟きながら視線を奥に向けた。
中洲を埋め尽くす勢いで押し寄せて来るウシワカを相手に、冒険者たちが奮戦してる。
海千山千の冒険者連中も、動きの速いウシワカ相手に苦戦を強いられてる様子だ。
「あれってどんな魔物なの?」
「ウシワカですか」
「そう」
「伝説の通りですよ。とにかく動きが速くて、ジャンプ力がずば抜けてます」
放物線を描くように20メートル近くジャンプするウシワカは、走るスピードにも優れ、平地だと平均で80キロ近い速度が出る。
しかも、小回りが利き。
目の前で急停止する事さえできた。
数の力で押し寄せてくる分、ヌエより
「そうなんだ」
と、呟いたミサキさんが、おもむろにパンチを繰り出した。
オレの背後にウシワカが迫っていたのだ。
ミサキさんのパンチを難なく
「も~、なかなか攻撃が当たんない」
「仕方ないですよ。オオムカデなんかと比べてウシワカは動きが速いから」
「いまに見てない牛若丸」
き~っと奇声を発したミサキさんかウシワカを追った。
「いつまでくっちゃべっとるんや。お前も戦わんかい、ボケ」
片手に
「いやオレ、ディープダイバーだから、戦闘は不向きなんだよ」
飛び掛かって来たウシワカを盾でガードし、そこに戦槌の一撃を入れようとしたトマスだが。
その盾を蹴ってウシワカが後ろに高く跳んだ。
「ちぃ、チョコマカと⋯⋯」
戦槌の一撃が空振りに終わったトマスの横を、ミサキさんがすり抜け、着地体制に入ったウシワカにドンピシャのタイミングで一撃を入れた。
パァァァァァァン。
「やっと入ったわ、やった‼」
と、オレに向かってVサインをするミサキさん。
地面に叩きつけられたウシワカはピクリともしない。
トドメを刺す必要もない。
まず、間違いなく即死だ。
それにしても凄いなミサキさん。
平安時代の伝説のモンスターハンター《セブンアームズ》ベン・ケーが、歴史上初めてウシワカど戦った時は、その攻略法を見つけるのに丸1日掛かったってのに。
彼女は、ほんの数分で、もうウシワカの弱点に気がついてしまった。
ウシワカは動きが速くて、ジャンプ力もある。
だが翼を持たないウシワカに、空中での方向転換は不可能だ。
だから着地する瞬間に最大の隙が、オレたちに取っては最大のチャンスが生まれるのだ。
さっきまでの彼女は、飛び跳ねるウシワカに良いように翻弄されていたが。
いまの彼女は、ウシワカの動きをじっくりと観察し、ジャンプしたウシワカが着地する瞬間に、狙いすました一撃を叩き込んでる。
ウシワカの身体が原型を留めてるのは、ミサキさんが意識して手加減してるからだろう。
オオムカデを討伐した時は、粉々に弾け散って、素材を剥ぎ取るどころの騒ぎじゃなかったからな。
「それにしても──」
トマスが顎に手をやりながら呟いた。
「なんかおかしい」
「おかしいって、何がだよ?」
「ウシワカなんやが、いつもより数が多いような気がしてな」
「数が多いって⁉」
言われてみれば確かに。
オレも何度かウシワカ討伐に参加した事があるが、大抵は冒険者側が圧倒して、今頃はウシワカを押し戻してる筈だ。
それが出来てない。
蜘蛛の子か、カマキリの幼生のように、次から次に湧き出て来て、こっちに向かって押し寄せて来るじゃないか。
「何が起きてる?」
「分からん、分からんが、異常事態やな」
トマスの声に若干の緊張を感じ取ったオレは、
「ミサキさん」
と、彼女に声を掛けた。
その瞬間。
紫色した西の空に、血煙が舞い上がった。
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