バトルフィールドにて


 ♠



「でも、なんでこんなに桜が?」

「咲いてるのかって⁉」

 ミサキさんが小さく頷いた。

「オレも詳しくは知らないんですが、魔素が関係してるそうです」

 平安貴族の植えた桜の木は、ダンジョン内で独自の進化を始め、いまは葉を茂らす事なく、年間を通して花を咲かせる不思議な樹へと変化している。

 種類も多く、花びらを散らすことなく、まるで牡丹や椿のように花を落とす品種や。

 花を咲かしつつ、果実を実らす品種も存在した。

 でも、葉は茂らない。

 散った先から蕾が芽吹いて、また花を咲かせるのだ。

 ゴジョーの七不思議なんて呼ばれてる珍現象だ。


「この奥にあるのが、今夜の宿です」

 櫻の園の主であった件の平安貴族は、ここに書院造りの大きな屋敷を構えて移り住んでいたのだとか。

 その屋敷は主を次々と変えながら、増築と改築を繰り返し、いまや、このゴジョーダンジョンを訪れた冒険者の憩いの場となっていた。

「凄い建物ね」

 と、思わず息を飲んだミサキさんが、小さく、


「あっ」


 と、声を上げてオレを見た。

 そして、


「おじさま」


 と、小さな悲鳴を上げた。

 なんでオレを見てトマスを呼ぶかな。

「どうしよう、おじさまが下さったガントレットが」

 見るとミサキさんのガントレットの形が元に戻り、紐が緩んで腕から外れそうになってた。

「壊れてしまったわ‼」

 いまにも泣き出しそうな顔でオレを見つめる彼女を見て、オレは苦笑を浮かべた。

「ここだと、自然と、そーなるんや」

「どーゆーこと?」

「桜ですよ」

「桜? 桜がなに⁉」

「ここの桜が、大気中に含まれる魔素の大部分を消費してしまうんです」

「桜が消費。それってつまり⋯⋯」

「桜が年中花を咲かせる為に、大量の魔素を取り込んでるって事で──」

「桜が魔法を使って、花を咲かせてるってことだよね⁉」

 そう問われたオレは思わず眼を丸くした。


 そーゆー事なのか⁉


「そうよね。桜の木も生き物だもんね。魔法くらい使うわよね」

 ミサキさんは一人で納得したように頷いてるけど、これって大発見なんじゃねえのか?

「ま、まあ、そーゆー事です」

 オレは内心の動揺を隠すように、自分の右手をミサキさんに見せた。

「あ、刻印タリスマンが薄くなってる」

「まだ幾らかは使えますけど、ここにいるといずれ使えなくなります」

「でも、なんでこんな場所が?」

「ダンジョンにあるかって?」

 ミサキさんが小さく頷いた。

「魔物に襲われる心配がなく、マスクを外して安全に休める場所は必要ですから」

「それってつまり市場にあった」

「酸素ステーションですか、ええ、あれを大規模にした感じですね。もっとも、こっちの方が圧倒的に歴史は古いですが」


 ゴジョーのマーケットのあちこちに展開してる、半透明のエアドーム。

 一般に、酸素ステーションとは、魔法を使って人工的に魔素が抜かれた空間を作り出す設備のことをさす。

 大規模な遠征には欠かせない装備であり、これがあると無いとで生存率に格段の違いが出た。

 マーケット地区にある酸素ステーションは、イートインというか、フードコートのようになっていて、マスクを外して、ゆつくり食事が取れると一般客に重宝されていた。


「それは分かるんだけど、なんであたしたちがここに?」

「時間が来るまで、ここで休んどくためですよ」

「時間が来るまでって、なんの?」

「狩りの時間です」

 オレは表情を引き締めて、そう告げた。



 ♠



 東の空に傾いた太陽が、地面に長い影を落とすゴジョーの大通りに、


 パンッ、


 と、乾いた音が響いた。

 はやる気持ちを抑えきれないミサキさんが、堅く結んだ握り拳を掌に打ちつける音だ。

 背中側から見てても分かる。

 ワクワクしてる。

 近くに寄れば、




 ワクワク、ワクワク、




 と、小さく口ずさむ声が聞こえる事だろう。

 櫻の園で、まったりお茶を飲みながら、これからここで何が起きるのか、みっちりミーティングをした筈なんだけどな。

 身に迫る危険よりも、これから起こるイベントへの興味の方が、彼女の心の大部分を占めてるのだろう。


 それは、ここに集った冒険者も同じことだ。

 櫻の園から遠く離れた、一軒の家屋も建ってない、だだっ広い中洲に、昼間ゴジョーのマーケットにたむろしてた無数の冒険者が集合していた。

 赤、青、白、黄色と極彩色に彩られた、ド派手な装備に身を包んだ国籍不明の男と女が、思い思いの武器を手に、いまかいまかと待ち構えてる。


「ミサキさん」


「なに⁉」


 振り向いた彼女が、若干上擦うわずった声で聞き返した。

 オレは、チョッピリ引き気味に彼女に告げた。

「そろそろ始まります、分かってますね。危険だと思ったら──」

「青を目指すのよね」

「⋯⋯はい」

 櫻の園でのミーティングは、主に危険を回避する方法を彼女に教える事だった。

 ぶっちゃけると、オレとはぐれた場合、どーすれば、このダンジョンからの脱出できるかだ。

 これは全てのダンジョンに言える事だが、このゴジョーダンジョンはとにかく道に迷う。

 迷ったが最後、自分がどの方角を向いているのかさえ分からなくなる。


 河が流れてるんだから、その河を下る、もしくはさかのぼれば大丈夫なんじゃねえかって?

 これだから素人さんは困るぜ。

 ゴジョーは河の流れすらデタラメなんだよ。

 例えば、平行に流れる二本の河がある。

 向かって右の河は東に流れ、左側の河は西に流れるっ具合にな。

 だから先人たちは、この河に橋を掛ける際に1つの工夫を加えたんだ。

 それが橋の欄干らんかんを色分けするってヤツだ。

 なんだ、そんな事かって⁉

 これがあると無いとじゃゴジョーのクラスが、一気にEクラスに跳ね上がるくらい重要な設備なんだよ。


 橋の欄干の色は4色。

 青が東を指し、白が西、赤が南で、黒が北といった具合だ。

 ここから向かうとダンジョンの出入り口は東にあるから、外に出たい者は、ひたすら青を目指せば良いのだ。

「かたなしってヤツやな」

 オレの横で愛用の戦槌ウーハンマーを磨きながらトマスがヒヒヒと笑ってやがる。

 いいよ。

 いまに、お前も分かる。

 このひとと連んでると、どんだけ予想外の事が起きるかってのがな。


「お、始まったようやな」

 遠くから喚声かんせいが沸いた。

 オレの方を振り向いたミサキさんに向かって、オレは浅く頷いた。

 ミサキさんが深く息を吸い、次いで鋭い呼気を発した。

 途端に、両腕に装備したガントレットがサワサワと細かくうごめき出し、見た目にはっきりと戦闘用だと分かる形に姿を変える。

 それと同時に、まるで呼吸を合わせたかのように、彼女の身を包むアーマードスーツまで形を変え始めた。


「おい、これ」

「親和性が高いんやな」

 ほれぼれとトマスが呟いた。

「ミサキさん用に調整でもしてんのか?」

「まさか、そんな時間あらへんやったろ」

「こんな事ってあるのか?」

「まずないな」

 肘までしかなかったガントレットが、自然に増殖するように肩まで広がり、その部分だけヌエのたてがみを思わす赤に染まっている。

 もともと光を反射してメタリックブルーとゴールドに輝いてたアーマードスーツに、さらに赤のラインが入った事で強烈な存在感をかもし出していた。

 周りにいる冒険者たちから、


「おぉ~」


 賛嘆するような声が上がった。


「誰だあれ?」


「知らない、初めて見る顔」


「マスクしてないわよ‼」


「しかも素手だと⁉ どんだけ自信があんだよ」


「魔素に強いだけの新人だろ。ここの実態を知ったらビビって逃げ出すさ」


 etc.


 好き勝手な事をほざいてるのがオレの耳に届いた。

 オレは腹の中でほくそ笑んだ。

 ミサキさんの実力を知っても、同じ事が言えるかな。

 周囲の注目を集めるなか、トマスがミサキさんに声を掛けた。

「どうかなお嬢さん、そのアーマーの着心地は?」

「最高よおじさま。まるで、何にも身につけてないみたい軽いわ」

「それ、そのガントレットを見せてみ」

 差し出した拳を眺めながらトマスがポツンと呟いた。

「やっぱりや。お嬢さんの闘気にガントレットが反応しとる」


 闘気って⋯⋯。


 ○斗の拳かよ。

 まぁ、でも、言わんとする所は分かるな。

 ミサキさんの拳。

 特にナックルの部分は分厚いプレートで覆われており、石の拳シュタインファウストの威力を倍化させてる。

 それに肘の部分にクリスタルのように透明なトゲが生えており、ミサキさんの肘打ちを、より凶悪なモノに変えていた。

 ありゃヌエの鼻が陥没するだけじゃ済まないな。

 それにカカト

 ヒール部分に肘のモノとは形状の異なる突起が生えており。

 その見た目は、まるで巨大なハンマーのようだ。

 パンチ、エルボー、踵落としと、ミサキさんが得意とする技が、トマスの作ったアーマードスーツとガントレットの能力を借りて、必殺技にまで昇華された感じだ。

長谷川はせがわくん聞いた⁉ あたしの闘気に反応してるんだって」

 ミサキさんが嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねてる。

 その動きに合わせてアーマードスーツに包まれてた彼女の胸が、




 たゆん、たゆん、




 と、弾んでる。

 小さくなったとはいえ、平均よりもちょっぴり大きめなミサキさんの美乳が。



 たゆん、たゆん、



 と⋯⋯。



 ♠




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