マーケット地区 屋台エリアにて


 ♠



「これ、食べれるの⁉」

 若干引き気味のミサキさんを前に、

「もちろん」

 と、サソリの尻尾をつまんで、からかずに頭から口に放り込んだ。

 尻尾の先端を前歯で噛みちぎると、そこだけオモチにやってモシャモシャと奥歯で噛みしめた。



「ウマい」



 思わず声が出た。

 ゴジョーダンジョンの名物といえば、やっぱりコレだよな。

 エビの身のプリプリとした食感に、カニミソの濃厚さと、シャコの身の甘みが加わったような複雑な旨味うまみがある。


 それに、この川サソリにからめてあるソース。

 これが抜群に美味い。

 ニンニクとショウガが利いてて、火を吹くほど辛いんだけど、川サソリの旨味を極限まで引き立ててくれる。

 横に添えてあるハーブも絶妙で。

 初めて、この料理を食べた時、一緒にオレンジの皮でも炒めてるのかと疑ったぐらい、柑橘系の良い匂いがした。

 後で知ったんだが、どうもそれは、このハーブの香りらしく。

 これを一緒に食べる事で、身体中を春先のそよ風が吹き抜けてくような、すこぶる爽やかな気分になるんだ。


「食わないんですか?」

 川サソリの炒め物を前に、一歩引いてるミサキさんに声を掛けた。



「ちょ、ちょっと無理かも~」



「これが食えないようならディープダイビングは難しいですよ」

「えぇッ⁉ どーゆーこと」

 1人の冒険者がダンジョンに持ち込める食料なんてたかが知れてる。

 日帰りや、1泊2日のダンジョン探索ならそうでもないが、ディープダイバーは短くて1~2週間。

 長けりゃ何ヵ月もダンジョンに潜る。

 持ち込んだ食料が尽きる度に、いちいち地上に戻ってたら仕事にならない。

 そんな場合、どーするかって?


「ダンジョンの中で食えるモノを探すのも、ディープダイバーの大切な仕事ですから」


 これらの情報は、協会ギルドを通じて全世界の冒険者に共有される。

 遠征をする冒険者に取っては、ダンジョン内の給水ポイントと同じぐらい重要な情報になるんだ。

「魔物を食べるの?」

「魔物っていうか、いや、まあ魔物かな。小型の魔物ですね川サソリは」

「食べて大丈夫なの?」

「ゴジョーダンジョンの名物ですよ。昔から喰われてます」

「なんや、お嬢さんはサソリが苦手かね?」

 横から手を出したトマスが川サソリを数匹鷲掴みにすると、そのまま尻尾も取らずに口に放り込んだ。

「おじさまは平気なの⁉」

「平気もなにもガキの頃から喰っとるからのう。ワシに取っちゃオヤツみたいなもんや」



「おやつ⋯⋯」



 う~っと、唸ったミサキさんが意を決した表情でサソリを摘まんだ。

「眼をつむり、鼻をつままんで食っても、本当の味は分からんぞい」

 トマスが意地の悪い笑みを浮かべてミサキさんを見た。

 せっかくその気になってんのに、余計なチャチャを入れるなよエロオヤジ。


「どうやって食べたらいい⁉」

「こうやって尻尾の先を摘まんで、前歯で尻尾の先端を噛み切るんです」

 オレの実演を見た彼女が、同じようにサソリを口に運んだ。

 両眼を瞑って、口の中にあるそれを恐るおそる奥歯で噛み締めると⋯⋯。

 眉間に刻まれてた深い皺が消え、口元にニンマリと笑みが浮かび、




「んふっ、んふふふふふっ」




 と、いう奇妙な含み笑いが閉じた唇からこぼれ落ちた。

「なにこれスっゴいおいしい‼ なんで、あたし今まで生きてきて、これを知らなかったの⁉」

「そりゃまあダンジョンの食べ物だから、地上には出回らないし」

 川サソリみたいな小動物は、魔素の無い地上に出ると途端に鮮度が落ちて腐敗が始まる。

 だからダンジョン以外の場所には決して出回らないのだ。

「スゴい、スゴい」

 と、次から次に川サソリに手を伸ばして口に運んでる。

 さっきまで、あんなに嫌がってたのに現金なもんだ。

「ところで、なんで、この部分を捨てるの? 毒があるから⁉」

 噛みちぎった尻尾の先を、足元のオモチに与えながらミサキさんがオレに訊いた。


 川サソリの毒は熱に弱い。

 高温で調理する事で、毒の成分は分解され無毒化されてる。

 それに、そもそも川サソリの毒は、小魚やエビ、カエルといった水棲の小動物を麻痺させる為の毒だから、人間には無害な毒だ。

 仮に刺されたとしても、地上の蜜蜂に刺された程度の痛みしか感じない弱い毒だ。


「単純に美味くないからですよ」

 尻尾の先を噛み潰すと苦酸っぱい味が口のなかに広がるんだ。

 あれが川サソリの醍醐味だなんていうヤツもいるけど、オレは認めない。

 何てったって、苦くて、酸っぱいんだぞ。

「コイツは味覚がガキなんや、お嬢さん」

 そう。

 このトマスみたいな味音痴だ。

「川サソリなんざ、こうやって殻も剥かずに丸ごと食ったらええんや」

 そう言ったトマスがハーブとサソリを数匹掴んで口に放り込んだ。

「尻尾をちまちま切り分けて食うなんてな、川サソリの食い方としちゃ野暮ヤボもいい所や」


 トマスの言葉に触発しょくはつされたミサキさんが、川サソリを丸ごと口に運んだ。

 ゆっくりと租借そしゃくする彼女が、首をかしげて、眉間に深い皺を寄せた。

 やっぱり苦いんだ。

 トマス。

 お前が余計な事を吹き込むから。

 他の屋台で買ったお茶をミサキさんに渡そうとした、その瞬間。

 ミサキさんが口を開いた。

「確かに苦い」

「だから言ったのに。さ、お茶を飲んで」


「でも、あたし。この苦味キライじゃないかも」


「へっ⁉」

「なんて言うのかな? 大人の苦味ってヤツ。ほらサンマのワタがあるじゃない。子供の頃苦くて食べれなかったあれ。あれを上品にした感じがする」

「そうやろ、そうやろ」

「それにほら、このハーブ。このハーブと相性がすんごくいいのよ。これの爽やかな香りに尻尾の酸味が加わることで、身の甘味が引き立つっていうか」

「あ~、そうですか」

 サンマのワタなんて食うの⁉

 マジで⁉

 信じらんない。



 ♠



 一時、屋台料理を堪能したオレたちは、人混みでごった返すマーケットを抜け橋の上に立った。




 ぁ~っ⋯⋯。




 胸一杯に新鮮な空気を吸い込むと、生き返った気分になる。

 ゴジョーのマーケットは好きだが、この人混み多さだけはどうしても慣れない。

 アーマードスーツを着込んだ冒険者に混じって、普段着姿に魔素マスクだけを身に付けた一般客も多くいるからだ。

 ゴジョーダンジョンのマーケットには、ダンジョングルメ目当てにやって来る旅行者も多くいる。

 完全に道の駅感覚だ。


 ただし。

 ダンジョン内に作られたマーケットだけに、マーケット自体がダンジョン化してるので、決して油断してはならない。

 極端に低いアーケードに加え、薄暗い照明に、複雑に入り組んだ通りと、目を奪う魅力的な商品の数々。

 人を惑わす要素が満載だ。

 素人が何も考えずに足を踏み入れたら、二度と表に出られず。

 一度、外に出てしまったが最後、二度と同じ店には辿り着けないなんて言われてる。 

 なので、多くの一般客は、ダンジョンの入り口でガイドを雇う。

 エスコートと呼ばれる彼らは、年を取って引退した探索者エクスプローラ討伐者エクスターミネーターで、ダンジョンの事情に精通している古参の冒険者だ。


 オレたち3人は、木で作られたアーチ状の橋を渡って、別の中洲に向かうと

 そのままマーケットには入らず、川沿いの道を歩いて、また別の橋を渡る。

 そういう事を数度繰り返して内に、目の前の風景がガラリと変わった。




「ふわっ⋯⋯」




 と、オレの隣でミサキさんが声を上げた。

「なにこれ、なにこれ⁉ なんなのこれ‼」

 駆け出したミサキさんが、その場で、


 パッ、


 と、両手を広げてクルクルと回り出した。

 背中まである長い黒髪が扇状に広がり。

 可憐に舞う彼女の周りを、薄紅色をした小さな花弁が、優しく包み込むように舞い散っていた。

「スゴいでしょう」

「うん、スゴい。でも、なんで、いまの時期に桜が咲いてるの?」

「ゴジョーの桜は、一年中花を咲かせてるんです」

 平安時代に、ここに移り住んだ貴族が、庭に一本の桜の樹を植えたことから、この櫻の園の歴史は始まる。

 最初は、たったの一本。

 そこから数を増やし、マーケット地区を取り囲むように、複数の中洲に跨がって、その生息域を広げている。

 そして狂い咲きという表現がぴたりと収まるレベルで、一年中咲き誇ってるんだ。

「ほんとスゴいわ。見て長谷川はせがわくん、風までピンク色に染まってる」

 川面を渡る風が桜の花びらを巻き上げると、中空に薄紅色の巨大なうずを作ってどこかへ飛去って行った。



 ♠



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