ゴジョーダンジョン マーケット地区にて
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「疑問なんだけど、そもそもダンジョンに人って住めるものなの?」
「住めますよ」
実際にトマスはダンジョンで暮らしてる。
「じゃあ、あたしも住めるかな⁉」
「さあ、それはどうでしょう」
オレは言葉を
ダンジョンを生活の糧にする人間は多いが、実際にダンジョンに住居を構える人間は、そうはいない。
問題は、幾つかある。
まずは魔素の問題だ。
魔素は、ダンジョンにいる間中、人間の体内に
魔法を使って消費しない限りずっとだ。
マスクを着けていようと、そこは変わりない。
魔素を100パーセント取り除くようなマスクは、いまだに開発されてないし、皮膚からも微量の魔素が染み込んでくるからだ。
それが限界を超えると、頭痛、
最悪の場合は、そのまま死に至る。
ブリュートしてない素人冒険者の限界深度が、表層3~4階止まりなのは、魔素を
ミサキさんが極端に魔素に強いのは、生まれながらの体質プラス、常時発動してる治癒魔法が次から次に魔素を消費してるからだろう。
次に魔物の問題がある。
ダンジョンに魔物はつき物だ。
比較的に無害な魔物もいるにはいるが。
大抵の場合、魔物は人間に取って有害な存在だ。
ヒグマなんかの野生動物も、同様の意味で危険じゃないのかって⁉
野生動物は基本的に臆病な生き物だ。
人間と遭遇しても、人間が相手に気づかない内に、野生動物の方が退散してくれる。
事故に発展するのは、よほど不幸な偶然が重なった場合だ。
だが魔物は違う。
ヌエの事例を見ても分かるように、ヤツらは好んで人を襲う。
そんな危険な存在を常時意識する緊張感は、なかなかしんどいモノがある。
数日ならイベント感覚で過ごせても、数年、数十年と続くとなると人によっては精神に異常を来す。
最後の問題は、やはり経済力って事になる。
ダンジョンの中だからといって金が不要って事にはならない。
むしろ、より一層切実な問題としてのし掛かって来る。
自給自足なんて簡単に言うが、知識も、経験も、技能も必要になる、そこまで簡単なもんじゃない。
魔物を狩ったり、
なるほど確かにその通りだが、
魔物狩りを例に挙げるなら。
探索に1人、攻撃に2人、回復に最低1人と、最小単位でも4人は必要になる。
彼らを雇うにせよ、共同生活を送るにせよ、先立つモノは必ず必要になる。
全部を1人でこなす凄い人もいるにはいるが、そういう人は、本当に一握りの特別な存在で、この業界のトップスターだ。
ダンジョンで大金を掴むのは、この手の人であり、この場合大金が生まれるのはダンジョンの内ではなく外だったりする。
テレビやネットで広く顔が知られてる冒険者は、彼らの事だ。
彼らはダンジョンでひっそりと暮らすなんて事は絶対にしない。
何故なら地上の栄光を掴む為に、ダンジョンを活動の場にしてるのだから。
ダンジョンで暮らせる人種というのは、ダンジョン内の環境に高度に適応した肉体と精神を持ち、トマスのような特殊技能を身に付けてる、経済的に自立した存在で、なおかつダンジョンで暮らす事に、一定以上のメリットと喜びを持った人間という事になる。
なんとなくダンジョンが好きだから、ここで暮らしてみたい。
なんて軽い気持ちでいるなら、オレは絶対にオススメしないね。
「そっか~、でも、
「オレ?」
「だってひと月もふた月もダンジョンに潜ってんでしょ。ダンジョンで暮らしてるのと何が違うの?」
「ここにハンバーガーとコーラはありませんから」
オレは肩を竦めた。
確かにミサキさんの言う通り、オレは長い時には3ヶ月近くダンジョンに潜ってる。
だが、それは連続で3ヶ月という意味ではない。
時々はダンジョンを抜け出して、地上の空気を吸い、地上の飯を食い、溜め込んだ性欲を発散して、再びダンジョンに戻るのだ。
トマスのような生き方は、とてもじゃないがオレには出来ない。
地上での生活も、ダンジョンと同じぐらいオレには大切なモノだからだ。
「そうなんだ」
「それにミサキさんだって会社を辞める訳にはいかないでしょ?」
「あたし辞表を出して来たわよ」
「はいっ⁉」
「だから辞表を──」
「いや、そうじゃなくて、いやそうなのか、はァっ⁉」
一瞬で脳がバグった。
なに言ってんだ、この
ダンジョン通いを始めたから会社を辞めた。
しかも、超一流企業の
さらりと、なに言ってんのミサキさん。
「だってこれから長谷川くんに付き合って、1ヶ月とか2ヶ月とかダンジョンに潜るんだから、会社勤めなんて出来ないじゃない」
「ハぁっ⁉、いや、でも、ほら。──さっきから何を言ってんだアンタ。って、すみませんミサキさん⋯⋯。普通、冒険者は、きちんと働いて、お金を貯めて、それからダンジョン活動をするんですよ」
「あたしプロになるから」
あっけらかんと、そう宣言した。
呆気に取られるオレの背後で、トマスが肩を震わせて笑ってやがる。
いいよな部外者は、お気楽でさ。
あ~、頭が痛くなって来た。
魔素酔いでも起こしたかのようだ。
「なんで、いきなりプロを目指そうと思ったんですか」
「だって会社勤め楽しくないし、セクハラ部長の相手をするのも嫌んなったの。それなら自分の好きな事に、挑戦した方が良いじゃない」
「好きな事ってダンジョン活動ですか」
「そうよ」
「たった五回しか潜った事がないのに?」
「その五回で確信したのよ。あたしにはこれしか無いって」
胸の前でギュッと握り拳を作ったミサキさんの魔力に反応して、トマスの作ったガントレットが形を変えた。
これも才能のなせる業か。
「あ~、でも、楽しい事ばかりじゃないんですよ。ツラい事だって沢山あるし」
「それはそうよね。でも、1人なら無理でも、2人一緒なら乗り越えられると思わない」
そういってニコリと微笑んだミサキさんを見て、オレは二の句を告げなくなった。
そんなオレの背中をトマスの肘がゴツンと小突いた。
『なんだよ』
『なにか言ってやらんか、このスカタン』
『誰がスカタンだ、誰が』
『ったくオメエは、
『グランパと一緒にすんなよ』
『アヤツは世界中のダンジョンに彼女がおったぞ』
『知ってるよ⋯⋯』
オレは大きく息をついて言った。
「その話は地上に戻ってから改めてしましょう。いまは取りあえずゴジョーの街を散策しますか」
「うん、しようしよう」
オレの心配をよそに、ミサキさんがスキップしながら橋を渡った。
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ゴジョーの街には、住宅地というものが存在しない。
ダンジョンの入口がある中洲を中心に、大小百近くある街そのものがが、巨大なマーケットを形成している。
そこでは、このダンジョンで採れた、実に様々なモノが売り買いされている。
使い古された装備品や、価値の低い古代の遺物、自分が倒した魔物の素材などだが。
それはメインの売り物ではない、
店の多くはゴジョーの
ゴジョーダンジョンで提供される屋台料理は、世界三大ダンジョングルメと評されるほどに美味だ。
冒険者が目的地に向かう前に、ここで腹ごしらえをするというのが、ゴジョーダンジョン探索の第一歩ってことになる。
今日は、日曜日という事も手伝って、かなりの人出だ。
「ねえ長谷川くん、あれってなにかな?」
料理人が振るう巨大な中華鍋のなかで踊る、赤いモノを指さしてミサキさんが呟いた。
「あぁ、川サソリですよ。川サソリ」
「サ、サソリ!? ニッポンにサソリがいるの!?」
オレは料理人に声を掛けて川サソリの
湯気が立ってる出来立ての川サソリの炒め物が、紙皿の上で山盛りになってる。
一人前だってのに、このボリューム。
さすがはゴジョーだ。
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