キョートエリア、ゴジョーダンジョンにて


 ♠



「トマス」


 おう、


 と、返事をしたトマスが引っ込むと、奥の部屋から木箱に収まったそれを抱えて戻ってきた。

 中から出て来たモノは、いわゆるガントレットと呼ばれる代物しろものだ。

 肘から下の前腕部をすっぽり包む形をしてる腕用の装備で、非常に細かなパーツで構成されている。

 特に頑丈に作られてるのが指の付け根。

 そうナックルの部分だ。


「まだ試作品だがね」

「これ⁉ あたしの⁉」

「そうや。石の拳シュタインファウストを身につけたお嬢さんが、これ以上拳を傷めへんようにと、このスカタンが気を利かせてね」

「スカタンは余計だっツーの」

「スゴい‼ つけてもいい⁉」

 オレに抱きついたミサキさんが振り向いてトマスに訊いた。

「もちろんや」


 ミサキさんがワクワクしながら腕を通すと、魚鱗ぎょりんを想わせる美しい小札こざねが彼女の魔力に反応してサワサワと動き出し、サイズの調整もしていないのに彼女の腕にピッタリとフィットした。



「軽いのね~、もっと重たいのかと思った」



「そりゃ魔物素材のガントレットやからな」

「魔物素材?」

「なんや聞いておらんへんのかね」

「聞いてないってなにを?」

「そいつァ、お嬢さんが倒した魔物の素材でこさえたもんや」

「魔物って、こないだの? でも、あれって弱すぎて素材も採れずにバラバラになったんじゃ」




 弱いって⋯⋯。




 そりゃ確かにミサキさんが石の拳でぶん殴りゃ、大抵の魔物は跡形もなく消し飛ぶけどさ。

 オオムカデはAクラスのダンジョンじゃ最強の魔物なんだぞ。

 はっきり言うけど、Aクラスダンジョンで命を落とす人の8割り方がオオムカデの犠牲者だ。

 回復屋ヒーラーがすぐそばにいて、即座に適切な処置さえすれば、比較的簡単に蘇生できるけど。

 ソロで探索中に、運悪くオオムカデに出くわし、不運にも逃げ損なって殺された日にゃ、骨も残さず食い荒らされる事になる。

 こうなると蘇生もヘッタクレもない。

 完全にアウト。

 リアルデスってヤツだ。

 その初心者の最初の試練であり、越えられぬ壁でもあるオオムカデを、あっさり斃して、弱すぎるって──

 オオムカデが弱いんじゃなくて、アナタが規格外に強すぎるんです‼


「それはヌエの素材で出来てんです」

「ヌエ⁉」

「そうヌエ」

「ヌエって、あのブチョーの⁉」

「ブチョーじゃなくて、ヌエですって」



「なんか、びみょー」



 自分の手をつらつらと眺めたミサキさんが、いぶかしむように呟いた。

「でも、これのどこにブチョーの素材が使われてるの?」

「装甲に牙を、繊維部分にたてがみをそれぞれ使っておる」

「え‼ ウソだ~。ぜんぜん、そんな風に見えないよ」

「そりゃ他の素材と分子結合してあるからの」

「分子結合‼」

 くるりと振り向いたミサキさんの瞳が、ワクワクとドキドキで爛々と輝いてた。


「そ、それってどーやるの?」


「どうやるのって、魔法でやるんですが」

「魔法‼ 魔法で、そんなことができるの⁉」

「まあ、魔法ですから」

「最新の化学だって、そんなこと──」

「科学で再現できない事をやるから、魔法なんです」

「凄い‼」

「そうでしょう」

「狩りに行こう‼」



「ハいッ⁉」



「いまからダンジョンの奥に行って魔物を狩りましょう」

「いや、あのミサキさん⁉」

「だって、こんな凄いアイテムもらったんだもの、いますぐ試してみたいじゃない。ねえ」

 早口でそうまくし立てると、振り向いてトマスに同意を求めた。

 おい、頷くなよエロオヤジ。

「いや、でも、今日は探索用の装備なんて持って来てないし」

「そんなの必要ないわよ」

「いや、でもなあ。ここは駅前ダンジョンとは比べものにならないぐらい危険な魔物が──」

 ダメだ。

 瞳がギラギラしてる。




「ワクワク、ワクワク」




 いや、それ、口に出して言う事じゃないから。

「オメエが一緒に行くなら、まあ大丈夫やろ」

 きつけんなよエロオヤジ、説得するの大変なんだから。

「それにワシもついて行くしな」


 はぁ⁉


「いきなり何言い出すんだよトマス」

「このお嬢さんが、どんな働きをするんか実際に眼にした方が、より良い装備が作れるやろ」

「いや、そーかも知れないけど。あ~、もう、さっきから言ってるだろう。探索用の装備が──」

「そんなもん、ウチの店に幾らでもあるやろう」

「はぁ⁉」

「感謝しいや。普段ならレンタルなんぞしとらんのやからな」


「ホント⁉」


 胸の前で指を組んだミサキさんが、キラキラとした瞳でトマスを見つめた。

「おうホンマやで」

「ありがとう。おじ様」

 って、ミサキさんに抱きつかれてニヤニヤしてんじゃねえよエロオヤジ。

「さぁ行くわよ長谷川はせがわくん、トマスおじ様」

「おう」

「はいはい」

 こうしてオレたち3人は、急遽ゴジョーダンジョンの探索に向かう事になった。



 ♠



 ゴジョーダンジョンは表層一階のみのダンジョンだ。

 階層が無いので深くはないが、とてつもなく広い。

 ゴジョーダンジョンではなく 五条方広ほうこうと呼ばれた時代から探索されてんだが、いまだに果てに到達した者がいない。

 しかも。

 どこから流れて来たのか分からない幾筋もの大河が、大地に複雑な模様を描きながら滔々とうとうと流れている。

 この大河がどこまで続いているねか誰も知らない。

 見渡す限り山もなく海もないのに、河だけが地平線の彼方まで流れてる。

 そんなダンジョンだ。


「それにしても不思議な光景よね~」

 と、トマスに借りたアーマードスーツをきっちり着込んだミサキさんが、片手を腰にあてながら感に堪えないといった口調で、そう呟いた。

 その視線の先に、このゴジョーダンジョンで暮らす人々の街が広がっている。

 河しか流れていないゴジョーダンジョンのドコに、家を建てるスペースがあるのかというと、それは河の中州にあった。


 中州といっても、そんじょそこらのちっぽけな中州じゃない。

 島と呼んでも差し支えのない広大な土地が、河のあちこちに点在し。

 その上を何百という家屋が、肩を寄せ合うようにして建ててあるのだ。

 トマスの店も、そのなかの1つに数えられた。

 オレが知るだけで、この手の中州を足掛かりに作られた街が大、中、小、合わせて百近くもあって、それらの中州を繋ぐように、幾つもの橋が掛けてある。


「なぁ、おい」

「なんや」

「派手すぎやしないか、あれ」

 ミサキさんのアーマードスーツを見てオレは言った。

 所々に金色のラインが入った、全身メタリックブルーのアーマードスーツを。

今日日きょうび、あれぐらい派手やなくてどーする。はっきり言やァ、あれでも地味なぐらいや」

「じゃあオレのはどーなるんだよ」

「オメエのは論外ってヤツやろ」

「ヒデエな、おい」

 それにしても何というか、ちょっと際どいよな。

 ミサキさんの長い髪で隠れてるとはいえ、イブニングドレスのように、背中側がぱっくり開いてるデザインのアーマードスーツなんて⋯⋯。


「なあ、あんた、気づいてんだよな」

「なんをや?」

「ミサキさんの能力についてだよ」

「お~、あのお嬢さんの魔法な。あの年で石の拳シュタインファウストに、鉄の城アイゼンブルクたァ、末恐ろしいもんや」

「やっぱり気づいてたか、このエロオヤジめ」

「誰がエロオヤジや」

「だってそうだろう。ミサキさんにあんなデザインのアーマードスーツを⋯⋯」

「ねえ長谷川くん、なんかちょっと変な感じがしない」

 橋の欄干らんかんに手を掛けながらミサキさんが振り向いた。


「何がです?」

「ここってキョートエリアのダンジョンよね」

「ええ、そうですよ」

「その割りには、建物の感じがキョートらしくないっていうか」

「ああ、それですか」

 ゴジョーダンジョンを埋め尽くす建物は、伝統的な日本家屋を基本としながら、オリエント文明の遺風いふうをまといつつ、西洋建築の趣を内包している。

 ニッポンにも、エイジヤにも、エウロパにも存在しない、ゴジョーダンジョン独自のものだ。

 それは、このゴジョーダンジョンに古くから多くの外国人が移り住んでいたからである。

「昔って、いつぐらいから?」

「オレの聞いた話じゃ、唐の時代の中国人が最古だとか」

「そんなに」

「トマスの祖先の1人は、大航海時代にスペイン人か、ポルトガル人と一緒に来たアフリカ人ですしね」

 オレがそう話を振るとトマスがニヤリと微笑んだ。



 ♠




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