8階ダンジョン用品専門売り場にて


 ♠



 ビキニアーマー。

 しかも、マイクロビキニタイプのアーマードスーツで布面積、もとい装甲面が超小さい。

 背中側なんて、ほぼ全裸だ。

 見る度に思うんだが、どこをどう守ってんだよビキニアーマー⁉



「これですか⁉」



「そう」

「これを着てダンジョンに入ると⁉」

「そうよ」

 そうよって──

 まあ、ミサキさんがそれで良いってんなら、オレがどうこう言う筋合いは無いんだろうけどさ。

 防御魔法を持つミサキさんなら、ビキニアーマーどころか、素っ裸でダンジョン探索したって、物理的なダメージを負う心配はないんだけど⋯⋯。

 あ、そっか。

 防御魔法を持ってる人専用なのか、ビキニアーマー。

 勇ましく剣を構えてるマネキンの注意書きにも、防御魔法取得必須と書かれてた。


「いや、それは、ちょっとどうかと思いますよ」

「そう?」

「オレはやっぱこっちの方が、ミサキさんには合ってんじゃないかと」

「それで良いの長谷川はせがわくんは⁉ これ着ちゃうと見えなくなっちゃうんだよ」

 上目遣いに、ちょっぴり頬を染めたミサキさんが、すこし怒ったような口調でそう言った。

「えっと、あの、さっきから何を言って?」

「だって、こっちは、あたしのスタイルに合ってないって言ったよね」

「え~っと、いったい何を⋯⋯⁉」

「だったらこーゆー装備にした方が、あたしのボディラインがくっきりと──」

「あ‼ いや、そうじゃないですよ」

「うん?」

「探索スタイルの事です。ミサキさんは常に動き回るスタイルだから、こーゆー重たいヤツを着ると、すぐにスタミナ切れを起こすんじゃないかと」

「あッ、そっち⁉」

「そう、そっちです」

 うわっ、耳まで真っ赤になってる。

「それなら、そうと速くいってよね」

 結構重たいボディブローが、オレの腹に炸裂した。


 その場に膝を屈したオレをしりめに、ミサキさんが別の装備に眼をやると、

「ねえ長谷川くん、これなんてどーかな?」

 いや、どうかなって言われても、息が詰まって顔も上げられないんですけど。

「ねえってば」

「は⋯⋯、はい」

 うわぁっ、これもまた何というかキワドいヤツを選んだな。

 白いスリーピースタイプのランジェリーを思わせるデザインのヤツだ。

 一見すると清楚なデザインしてるんだけど、よくよく見ると、やたらとエロい。

 なに⁉

 もしかしてミサキさんって、こーゆー格好が好きな人なの⁉

 確かにダンジョンは、普段はひた隠しにしてる本性がむき出しになる場所ではあるんだが。

「ネットで見たけど、こーゆーの着て魔物と戦ってる人って格好良いよね」

「ええ、まあ、確かにテレビ映えはしますね」

「どう? あたしにも似合うかな?」



 似合うかなって。



 似合うか似合わないかで言ったら、物凄く似合うと思う。

 そりゃもう最高に似合うでしょうけどね。

「な~に、想像してんの~?」

「え、いや、あの、それを着たミサキさんの姿を、って。その⋯⋯」

「や~らしいこと考えてたんでしょう」

「いや、そんな事は」

「買わないわよ、こんなの」

 あ、買わないんだ。

 そっか、なんだ。

 なんかホッとしたような、残念なような。

 って、何考えてるオレ。


「ほんと、こんなに多いと目移りしちゃうよね。ねえ長谷川くん。長谷川くんは、どうしてあんなに地味な装備にしてるの?」

「地味っていわれてもな~」

 まあ確かに、ここに並んでる装備に比べりゃ、オレのアーマードスーツは地味ではある。

「仕事柄、人と組むことがほとんどありませんからね」

 ダンジョンの深層部の探索をメインにしてオレは、基本的にソロでダンジョンを歩き回ってる。

 バディを組むにしても、深層部の濃い魔素に耐えられる人間が周りにいないんだから、どうしようもない。

 自分以外に人がいないんだから、人の眼を気にする必要もない。


 それに深層部の魔物を観察して、それがどんな生態なのかを調べるには、なんべく地味で目立たない格好の方がいいだろ。

 だから装備の色も黒を基調にした、ミサキさん曰く地味なモノになってしまうのだ。

 それでも国際ダンジョン法の基準にしたがって、黄色と白のラインを目立つように入れてある。

 あれがあったからミサキさんは、深層二十階の密林の中で、オレを見つける事が出来たんだと思う、多分。


「そうなんだ。でも、これから派手なのを着ないとね」

「え⁉ 何でです?」

「だって、あたしとバディを組むんでしょ⁉ だったら一目ひとめでどこにいるか分かるようにしてもらわないと、あたしが長谷川くんを見失うじゃない」


 へ⁉


 いつの間に、そんな話になってんの⁉


「だから長谷川くんの新しい装備も、ここで揃えちゃおうよ」

「あ、いや、それは──」

「なに? いやなの⁉」

「いや、そーじゃなくて、その。昔からの付き合いってヤツがオレにもありまして」

「えっ、もしかしてあの地味なやつオーダーメイドなの?」

「ええ、そうですよ。プロ仕様の装備は、基本的に全部オーダーメイドです」

「あたしも、そこにする‼」

「へっ⁉」

「だから。あたしも、そこで作る。長谷川くんヒドくない。自分だけオーダーメイドの特注品使って、あたしには既製品買わせようだなんて」

「いや、そーいわれても。初心者がいきなりオーダーメイドの装備作ったって、すぐに飽きたら──」

 ミサキさんのジトっとした視線に射抜かれて、オレは口をつぐんだ。

「それに、いまからあそこへ行くには時間が」

「関係ないわよ。さっ行くわよ長谷川くん」

 再びオレの手を取ったミサキさんが、スタスタと売り場のフロアーをあとにした。



 ♠



 その小男は、バケツのように大きな頭の上に、ちょこんと小さなまげを乗せていた。

 濃い髭を貯えたいかつい顎に不機嫌そうな皺を刻みつつ、足下から頭のてっぺんまで、無遠慮ぶえんりょにミサキさんをねめつけていた。


「おいおい」


「⋯⋯うるさい」


「いやいや」


「黙ってろ」


「あんまジロジロ見んなよ、ミサキさん恥ずかしがってんじゃねえか」

「ワシはいま彼女の身体と対話しとるんや、なにを恥ずかしがる必要がある」

「オレの時にゃ、そんな風に見なかったろあんた」

「お前と、このお嬢さんとじゃ何もかもちゃうやろが。このスカタン」

「ったく、口が悪いな、このエロオヤジは」

「誰がエロオヤジや‼」

 このエロオヤジの名前はトマス。

 見た目は、コッテコテの日本人だが、肌の色は浅黒く、髪の毛は金色で、瞳の色は青い。

 その容貌で分かるように、かなり複雑な混血で。

 本人曰わく全人種の血が混じってんだとか。

 オレとミサキさんが2人してリニアに乗り、わざわざキョートエリアまでやって来たのは、このトマスに会うためだった。

 トマスが暮らすキョートエリアのゴジョーダンジョンは、ニッポンでも最古のダンジョンといわれる歴史の深いダンジョンだ。


 ん?


 ちょっと待てって、なんだよ。

 トマスはダンジョンで暮らしてるのかって⁉

 そーだよ。

 このエロオヤジも、このエロオヤジの親父さんも、そのずっと前のご祖先の代から、トマスの一族は、ずーっとダンジョンで暮らしてる。



「その手を見せてごらん」



 トマスがミサキさんに手を差し出した。

 ミサキさんの掌を見、ひっくり返して手の甲を見ると。

 拳を握らせ、思い切り素振りをさせてみせた。




 パァン




 と、風船が破裂するような音がして、オレの頬を風がそよいだ。

「お嬢さん、あんたァ面白い開花ブリュートをしたもんやね」

「えっ⁉ はい」

「こないだオメエが送って寄越よこした素材ブツぁ、このお嬢さんの初めての獲物かい⁉」

「ああ、そうだよ」

「やろうな。オメエがあないなモン欲しがるなんて、なんやおかしいと思っとったんよ」

 あの日、ミサキさんがヌエからもぎ取った牙とタテガミはオレが保管してた。

 本来ならオレが獲得した素材じゃないから、オレが保管するのはおかしな話なんだが、あのまま放置しておくのも勿体ないと思えたからだ。

 貴重なヌエの素材。

 それも深層二十階に生息するヌエの素材なんて、そうそうお目にかかれるシロモノじゃない。

 後日、ミサキさんに相談して譲って貰おうと、その時は思ってたんだが。

 前述した通り、翌日にはミサキさんから連絡が入り。

 彼女もダン活を始める事になってしまった。


 そこでだ。


 オレは採取したヌエの素材をトマスに送って、ミサキさん専用の装備を作ってもらう事にしたんだ。

「ねえねえ、それってどんなの⁉」

 オレとトマスの会話を横で聞いたミサキさんが、眼を爛々と輝かせながら詰め寄って来た。

「本当はサプライズのつもりだったんですけど」

「サプライズだよ、サプライズ。スッゴいサプライズ」


 ぁ~、本当ならもっと劇的に渡したかったんだけどな。


 ま、いいか。


 喜んでくれてるようだし。



 ♠



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