恋愛二刀流

くにすらのに

第1話

 早朝のファミレスに三人の男女がいた。

 アクリル板で仕切られたテーブル。通路側の椅子にはウェーブの掛かったブロンドヘアーを指でくるくるといじる20代半ばの女性が座っている。


「あたしは二股じゃなくて二刀流してるわけよ」


 店内に他の利用客はいない。決して大声で話しているわけでないがBGMに負けず店員の耳にまで届いた。

 暇を持て余しているのもあり、この気になる表現につい意識が向いてしまう。


「だから意味わかんねーって」


 女性の向かい側に座る大柄の男性はオールバックにサングラスという近付き難いオーラを放っており、不貞腐れた態度がそれを強調した。


「うん。僕もちょっと意味が……」


 その隣には中世的な顔立ちの男性。もう少し髪を伸ばしてメイクをすれば一見女性と間違えそうなくらいに小柄で柔和な雰囲気を醸し出している。


「タクヤはあたしがお世話してあげないと何もできないよね? 尽くしてあげたくなるタイプっていうか、あたしがいないとダメみたいなところが好きなの」


「いや、俺だってやろうと思えば」


「ウソウソ。絶対無理だって。あたしなしでは生きられないね」


 タクヤと呼ばれた大柄の男性は女性の主張に対して反論するもすぐに黙り込んでしまった。恐らく図星なのだろう。


「反対にマスミくんはあたしを甘やかしてくれる。あれもこれもやってくれて、まるでお姫様になったみたい」


「え……でもタクヤさん? には尽くしてあげたいって」


「うん。だから反対なの。マスミくんはあたしに尽くしてくれて、それはそれで幸せってこと」


「はぁ……?」


 マスミは腑に落ちないといった様子で困惑の表情を浮かべた。


「ね? 全然タイプの違う彼氏二人と付き合うあたしは恋愛の二刀流をしてるってわけ。だからこれからもよろしくね」


「いや、だからそれが意味わかんねーって! 普通に浮気だろ!」


 タクヤが叫ぶと店内の空気がヒリつく。トラブルの予感の察知した店員達は身構え、特にすることがないのに作業をしているふりをしながら聞き耳を立てる。


「こらタクヤ。大きな声出さない」


「誰のせいだと思ってんだ」


 他に客がいないとはいえ大声で叫ぶという行為は褒められたものではない。女性の指摘を大人しく聞き入れた。


「でもねミカちゃん。やっぱり普通じゃないよ。どちらかを選んでもらわないと」


「なんでよ。あたしちゃんと二刀流できてるじゃない。日、火、木がタクヤで、水、金、土がマスミくん。ちなみに月曜は定休日ね」


「そういう問題じゃなくて」


 呆れるマスミに対してハッとした表情でタクヤがつぶやく。


「……言われてみれば日、火、木しかミカに会ってない気がする」


「え? 気付いてなかったかの? やっぱりあたしがちゃんと付いてないとダメみたいね」


「イマイチ納得できないけどそういうことだ。ってわけで、ミカのことは諦めてくれ。な?」


「ぼ、僕だってミカちゃんのことが好きなんだ。諦めてと言われて諦めるほどお人好しじゃないです」


「だよなぁ……」


 実力行使に出るのではないかという店員の予想を裏切りタクヤはぽりぽりと頭をかいて身を引いた。

 外見が恐いだけで中身は案外常識的なようだ。


「あ! ごめん。月曜日は早めに出社しなきゃだから。それじゃあタクヤ、明日ね」


「お、おい」


「マスミくん、あたしの分も払っておいて。水曜にちゃんと返すから」


「え……あの」


 それが当然と言わんばかりに迷うことなく颯爽と店を後にするミカをタクヤとマスミは茫然と見送った。


「あー……どうすっか」


「もう嫌だ。女の子意味わからない。……僕が女の子になれば、自分で自分を愛して丸く収まるのかな」


「は? マスミ……だっけか? ミカのせいで頭おかしくなったか?」


 突然の女の子になる発言にタクヤは動揺を隠せない。


「おかしくなってませんよ。僕、昔から顔が女の子っぽいって言われるんです。高校生の時もコスプレ喫茶で女装させられて女子よりに人気を集めました」


「まあ……たしかに女に見えなくもない」


「あの、一つ相談なんですけど、来週の月曜日の夜、女装した僕とデートしてくれませんか?」


「は?」


「ミカちゃんの話を聞いてると、タクヤさんの性格と僕の性格ってちょうどぴったりハマりそうじゃないですか? 間にミカちゃんが入ってるから話がこじれただけで、もし僕らが恋人として出会っていたら……」


「待て待て落ち着け。たしかにあんたは女装したら可愛くなるかもしれない。でもやっぱり性別の壁が」


 自動ドアが開き入店を知らせるアラームが店内に響く。しかし店員は誰も反応しない。タクヤとマスミの会話に全集中していた。


「女の子は勝手過ぎます。タクヤさんもミカちゃんの件で懲りたんじゃないですか? でも僕ならいろいろお世話しますし、恋愛の二刀流とか意味のわからないことは言いません」


「わ、わかった。とりあえず来週な。それまでにお互いミカと会う機会もあるから話が丸く収まるかもしれんし。な?」


「きっとダメですよ。僕、ミカちゃんとは違う意味の二刀流になるかもしれません」


 ため息を吐いて遠くを見つめるそのアンニュイな表情は女性そのもの。タクヤの心は確実に揺らいだ。


「……とりあえずLINE交換しようや。来週会うにしても連絡先がわからんと話しにならん」


 タクヤがアクリル板の脇からQRコードを表示したスマホを差し出し、マスミはそれを読み取った。

 突き出す方と受け入れる方。二人は自然と自分がどちらであるかを行動で表していた。

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