掌編小説・『二刀流』

夢美瑠瑠

掌編小説・『二刀流』



 「う~~~~~~~む。武蔵、おそおい!まだ来ぬか~~~~」

 憤怒の形相に青筋がうかんでいる。

 約束の刻限ははるかに過ぎている。

 佐々木小次郎は巌流島でシビレを切らしながら、一騎打ちの対決相手・宮本武蔵の到着を待っていた。待ちかねていた。

(あのうつけものが!恐れをなして逃亡したか!それとも間諜に寝首を掻かれおったか!どっちにせよお前は今日までの命じゃ!)

 「う~~~~~~~む。何をしておる!武蔵!」

 碧い海原の水面には浜風が吹き渡るたびに小波さざなみが立っている。


…「ファンタージェン始まって以来最大の危機です。ブラックホールから来たドラゴンゾンビが暴れまわっています!」

 ここはファンタージェンを管理統治する中央管制塔。

 ファンタージェンと現実の地球は一種のパラレルワールドで、存在の位相は違うが、存在の基本的な条件は共通だった。で、宇宙があり、ブラックホールもあって、ブラックホールには暗黒のモンスターが棲息する。


 ただでさえ底知れない力を持つ暗黒モンスターの襲来は天災並みの脅威であった。

「ドラゴンゾンビ」はそのうちのさらに最強の伝説のモンスターだったのだ。

 いわば大震災と超大型台風が同時にやってきたような最悪の事態だった。


…「このままではファンタージェンは破壊されつくして滅亡します。対抗しうる何らかの手段を今、AI《エーアイ》が探査中ですが…」

「分析結果の出力まであと3分12秒か…途轍となく長く思えるな。竜騎兵隊がドラゴンゾンビの攻撃をしのいでいるが…持ちこたえられるかな?」


 そうして、ファンタージェンの先端科学の結晶の人工知能がついに答えにたどり着いた!

「*#$%&…”ミヤモト・ムサシ”ニジョリョクヲタンガンセヨ… …ユイイツノ… …ソレシカナイ 」

「ミヤモト・ムサシ?それはいったい誰だ?」

「うーーーむ。リアルワールドにかつていた日本のサムライらしいです。ケンゴーといって、神のごとき剣の使い手です。二刀流の使い手であったと…このサムライにファンタージェンの究極兵器である聖剣と神剣を装備させて一騎打ちを挑む、それしかドラゴンゾンビを撃退できる可能性はない、と出ています。そうしてムサシ氏の心技体が最も充実していたライバルとの対決の直前の彼をスカウトするしかないそうです!」

「よし、タイムトラベルして16世紀の日本に行こう!そうして事情を話して助太刀を乞うのだ!」


…ところ変わって巌流島付近の沖。

 瞑目して船の櫂を削っていた武蔵の目の前にだしぬけにぽっかり異次元からの客を運びよせる空間移動ホールが開いた。

 ファンタージェンの使者は「前置きを言う暇がないのですが…」と断ってことのいきさつを武蔵に話した。

 全く微動だにせず、眉一つ動かさなかった武蔵は、「わかり申した。微力ながら助太刀いたそう」と、静かに言った。


… …


「エクスカリバー。アーサー王伝説に出てくる最強の聖剣。アーサー王が石に突き刺さったこの剣を抜いてブリテン島の盟主となったという故事がある。」

「マルミアドワーズ。ヘラクレスが持っていたとされる神剣。エクスカリバーをしのぐ名剣とされる。」


 真っ黒い巨体をそびやかしつつドラゴンゾンビは高らかに咆哮した。

 辺り一面は忌まわしい業火の海だ。

まっすぐそれに対峙した武蔵は、「義によって助太刀いたす!くたばれ化け物!」

そう言い放つなり、両手に構えた「エクスカリバー」と「マルミアドワーズ」をぐっと交叉させた。

 「これぞセイクリッドクロス!」

 青天の霹靂、と雷鳴が轟き、ファンタージェンの究極兵器である二本の剣で作られた「聖なる十字架」に凄まじい、青白い花火が散って、電光石火、雷光が落ちて、同時に核兵器にも匹敵する聖なるエネルギーが宿った!


 武蔵は飛燕のように跳躍し「食らえ!」と大音声で呼ばわって、一瞬解いたセイクリッドクロスをドラゴンゾンビの首のあたりで一閃させた!


 シャキン!と小気味のいい音とともに一瞬で「くびをはねられた」ドラゴンゾンビはどう、と炎の海の中にくずおれた。


… …


(夢の中のような声音)「武蔵さん、すみません。あまりのイベントのインパクトの強さで現実の歴史にタイムラグが生じてしまいました。あしからず…」


…気が付くと武蔵はさっきと同じように小舟で櫂を削っている自分に気が付いた。

 すでに陽が西に傾きかけていた。

「しまった。遅刻したぞ。しかしあの気の短い小次郎のことだ、少しじらしたほうがおれの有利にはなろう」

 そう独り言ちて、武蔵は「片頬だけで」微笑わらった。


…その後の勝敗の帰趨については言を俟たない。


<了>

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