第13話 アスカの講義:勇者と魔王


「アスカさん、ちょっと聞きたいことがあるんですが、お時間良いですか?」


 仕事の途中、ふと気になったと事があり、アスカの元へ。

 向かう前には相手の表情をちら、と確認。タイミングが良いかどうかを確認して、声を掛ける。


「ん、なーに? 良いよ、どんどん聞いて」


 アスカが作業の手を止めて、こちらの微笑みかけてきた。

 これなら問題なく、確認出来そうだ。

 彼女がそういうタイプだとは思わないが、時に確認などで声を掛けると、急に怒り出すタイプの人間もいる。

 そういう所を気をつけておかないと、仕事での立ち回りに影響してしまう、という経験があった。


 彼女の許諾を得て、本題を切り出していく。


「初日もそうでしたけど、依頼にある〝勇者〟とか〝魔王〟の記載について、改めて定義を確認しておきたくて」


 確認したかったのは〝勇者〟や〝魔王〟という、創作などではよく聞くワードを、此処ではどのように扱っているか。

 仕事をする上で、自分の想定がズレていないかどうかを確認しておく必要がある。


 話を始めると、彼女は少しばかり意外そうな顔をした。


「あー、そっか。君の世界じゃ勇者とか魔王ってあんまり居ないんだっけ?」


「昔は知りませんが、今ではまあ……創作とか悪口とかくらいですかね」


「じゃあ、説明しておこっか。てっきり初日にお願いした時にちゃんと振り分けてくれたから知ってると思ってたよ」


「すみません……」


「良いの良いの、気にしないで。ちゃんと確認しに来てくれて偉い偉い」


 思い返せば、初日は自分の判断で書類を仕分けていた。

 本来なら、最初のうちにちゃんと確認しておくべきだったのだろう。報連相の欠如、と言われても仕方が無い。

 しかし彼女はそれを責めるような事はせず、むしろ褒めてくれた。


「それじゃ、簡単に説明するね」


 彼女に頷き返し、メモの準備をする。

 喫茶店のマスターにもらった万年筆を取り出して、聞く体制に入った。


「まず、魔王からね。〝魔王〟っていうのは……なんていうかなあ、〝世界の抑止力ワールドカウンター〟なのね」


「どんな世界でも発展が止まっちゃうと、滅びちゃうんだ。先がなくなったら終わり。行き止まりになったら終わり。それを防ぐ為の存在ってわけ」


「だから、世界が〝更なる発展〟であったり〝状況の進展〟を望んで、そういう存在を生み出すの」


「つまり、世界が望んだ〝次へ進む為の存在〟なの。基本的には悪い人って訳じゃ無いから安心して。うちにもちょいちょい依頼してくるし、そこらの神々より丁寧だよ」


「なるほど……」


 受けた説明をメモしていく。

 彼女の説明を要約すると、魔王という存在はその世界の総意として生み出されるイレギュラーなのだろう。

 物語の中などでは大抵が悪役だが、彼女が言うには、世界に生きる者達が今よりも先へ進むために望まれた存在ということか。

 つまりは、超えるべき壁や障害、ハードルのようなもの。それを乗り越えることで、世界が次に進んでいく、ということかもしれない。


 というか丁寧なんだ……魔王……。


「対して〝勇者〟……実の所、私達的にはこっちの方が厄介なんだ」


 説明が理解出来た、というように頷くと、彼女は続けて勇者についての説明を始める。

 ……少しだけ、彼女の表情が呆れ、というか、何か思う所があるように見えるのが気になった。

 口調も、どこか苦々しげ、というか。勇者って言ったら〝イイモノ〟の部類、だと思っていたけれど。


「そうなんですか? 勇者なのに?」


 彼女に聞き返してみる。すると、彼女は苦笑気味に説明を続けた。


「うん、勇者っていうのは〝種族の抑止力トライブカウンター〟なの」


「どんな種族でも、自分たちが滅びそう! ってなったら種を救う救世主的な存在を生み出すんだよ」


「だから、その種族とかの因果まるっと押しつけられててね。色々な意味でめちゃくちゃ強いんだ。でもその分歪みやすくてさ」


英雄級ヒーローの因果ならまだしも勇者級ブレイバーの因果は歪んだら、世界崩壊一直線だから、ちょっと面倒くさいの」


 言われてみれば、勇者は強い者と決まってる。

 どんな創作でも、最初は弱くても最終的には人類最強まで上り詰めるものだ。

 彼らが背負い込んでいるのは、大体人類の未来というか、命そのもの。

 その敗北は種族の滅亡、ということになるのだろう。


「とはいえ、勇者も魔王も、神様達からすればテイの良い偶像だからさー」


「自分たちが擁護する勇者や魔王が活躍してくれれば、自分たちの存在意義に繋がるから、事後処理とかはあんまり気にしてくれないんだよねー……はあ」


 アスカが呆れ気味に、椅子に身体を預け背中を反らせながらため息を吐く。

 確かに神々からすれば都合のいい駒ということなんだろう。

 神々にとって重要なのは世界が滅びないことと、自分の存在が確立出来ていること。

 それが両立出来ていれば、他の事はあまり関係ないらしい。


「それでいて厄介ごとは押しつけてくる訳ですね」


「そ。でもまあ、どっちも暴走するなんてことになったら、自分だって痛い目見るからその辺だけは気をつけてくれるよ」


 彼女の説明を受け入れるなら、勇者であれ魔王であれ、ねじくれてしまったらそれは世界の敵になりかねない。

 神々にも様々居るのだろうが、基本的にはワガママなんだ、と改めて実感した。


「それとさー、勇者って必ず〝対〟になる相手を作っちゃうんだよ、それこそ魔王とかそういうの」


「対、ですか?」


 彼女の勇者についての説明は続く。

 対、という言葉を受けて、少し思い当たる節があった。

 勇者は必ずと言って良いほど、相手になる魔王や仇敵というのがいるものだ。

 だからこそ勇者と魔王の物語は成立する、と言えなくも無い。


「うん。勇者は種族が生き延びる為の決戦兵器みたいなものだから、それを振るう相手が必要になるんだ」


「だから勇者が生まれたら、必ずその相手も生まれる。そういう風に出来ちゃってるの。これは変えられない仕組みなの」


「……うちからすれば、どでかい爆弾がセットで来るようなものなんだよねー」


「まあ、いくら頑張っても生まれちゃうものはしょうがないから、積極的に介入して、歪まないようにする……って対処しか出来ないんだけどね」


 確かに、言われてみれば勇者も魔王も〝何かトラブルが起きたら爆発する〟爆弾、とも言えるだろう。

 そこを取り扱っている〝管理局〟としては厄介なもの、と言っていいかもしれない。


 なんだろう、ゲームや創作で受ける印象とは全然違う。

 新しい視点を得たような気分で、少し不思議だ。


「勇者って大体の創作では、良い存在に描かれてるので……ちょっと印象変わりました」


 子供っぽい笑みを彼女へ向ける。

 それを受けた彼女は、小さく笑いながら説明を続けた。


「でも勇者の名誉のために言っておくと、ただ、面倒くさいだけで悪い訳でもないんだよ」


「というと?」


「勇者って因果をめちゃくちゃ背負ってるから、ターちゃんのトコで転生させたりするのには向いてるの。一応、本人の意向次第ではあるけど」


「それに、死後に勇者としての功績を元に神格化するケースも割と多くてさ。そうなればこっちの手伝いしてもらったりも出来るからね」


 なるほど、勇者の持つ因果や功績を再利用する、という事なのか。

 因果を多く持つからこそ、その因果を別の世界に補填する事が出来るし、神になれば神として付き合う事が出来る。

 でも、それは……。


「……それってどっちも死んだ後の話じゃないです?」


「あはは、まあそうなるかな。生前の主な面倒は擁立してる神様がやるし、こっちで出来るのは現地勢力に介入して歪まないよう誘導するくらいだもの」


 こちらの言葉に、彼女は苦笑した。

 彼女の言葉は、勇者が死んだ後、の話だからだ。


「――それにさ、勇者ってあんまり長生き出来るケース、無いんだよ」


「〝対〟の存在を倒したらそこで目的達成というか、なんだろ……定年退職後にやることなくてボケちゃう感じ?」


「それに、強さって価値だから、利用されたりしちゃうしね。君の世界でも、勇者の〝その後〟ってなかなか聞かないでしょ?」


 勇者は長生き出来ない。と彼女は言った。

 確かに、創作でも勇者が敵を倒し世界を救った後の話、というのは、無いわけではないがやっぱり少ないように思う。

 王国の姫を娶り、後に王になったとか、世を捨てて隠遁する、とかが関の山だ。


 それに、生きていたとしても彼女の言う通り〝強さは価値〟になる。

 人間同士の戦にも、あるいは領土拡大の為の侵略にも使える、大きな力だ。

 それをよしとする勇者は、あまり居ないのかもしれない。


「……言われてみれば、そうですね」


「だから、色々あってあまり長生き出来ないんだ。本人にとっては良い迷惑だと思うけどね……」


 彼女の口調は重くは無いものだったが、何か思う節はあるのだろう、と感じた。

 種族に望まれて生まれ、種族に望まれた者になり、そして役目を終えた後がない〝勇者〟という存在。

 少しだけ覚える親近感と、憐憫の気持ちに目を伏せる。


 その様子を見た彼女が、笑いながら慰めるように頭を撫でてきた。


「そう気にすることでも無いよ、勇者と魔王の説明ってこんなところだけど、大丈夫そう?」


「ええ、ありがとうございます。お時間ありがとうございました」


 撫でる手から離れるように少し距離を取って、頭を下げる。

 この人はちょいちょい撫でてくるが、少し気恥ずかしい。犬や猫でも撫でているつもりだろうか。


「うん! じゃ、仕事の続き、頑張ってね!」


 彼女に見送られ席へと戻る。

 次に向き合うのは目の前の書類の山。結構な量がある。もしも雪崩が起きたら埋もれるかもしれない。

 しかし今日は新しい指針を得られた、これでこの書類の山を片付ける速度も上げられるというものだ。


「よっし、頑張ろ」


 書類を手に取り、仕分けとチェックを始めていく。

 この山を片付け終わる頃には、きっと夕方になるだろう。

 そう考えながら、書類に手を伸ばした。






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