幕間 冥王、斯く語りき
男は、考えていた。
目の前のデスクに置かれた書類のことではない。
側に控える3人の男の〝骨〟が一部入れ替わってることにでもない。
先刻、来訪した数十年ぶりの新人について、考えていた。
「――全く、なんて子なのかしら」
男は、最初から全てを見ていたのだ。
元々、此処は彼の領域。領域内で起きたことなら全て察知出来る。
それ以前に、彼自身も適当なところでドクロの面を被り、鎌を持ってどうもわたくし死神でござい、という顔で新人をからかうつもりだった。
第7世界から来た人間、それも戦士や軍人といった、肝が据わり、苛烈な状況に対処出来るタイプではないという経歴は既に聞いていた。
推定される反応は、怯えや恐怖。多少からかう程度なら、神祇部の
――それが、まさか。撃退されるとは、考えてもいなかった。
側に誰かがいて、それを守る為に立ち上がるならまだ分かる。死への恐怖から、死に物狂いで向かってくるのもまだ理解できる。
だが、先のそれはそういったものではなかった。全てを捨てた先――いわば自己の存続を考慮せず、ただ目的を果たす為だけの行動だった。
自己の存続というのは生命の基本的な本能、本質である。
誰しもが生きたいと願い、誰しもが死にたくないと望む。それが生命の基本原則。
しかし、先の新人が取ったのはおよそ、生きる事を放棄しうる選択だった。
「可哀相、なんて哀れみは
彼は幾多の冥府の王、冥界の管理者として〝その存在を推し量る〟権能を持っている。
だからこそ、あの時、自らを〝タナトス〟と名乗った。その権能をそれとなく行使した。
それ故に、見えてしまったものが彼を深く考えさせる発端となった。
「さっきの新人、彼は――……一体何だったんでしょうか、人間ですか? アレ」
側に控えた男の一人が口を開く。
彼は、その新人に打ちのめされた骸骨――
「そうね……人間よ、種族的にはね。でもあの子は……〝
「資質……ですか」
男は〝資質〟と言った。
資質とは、何かをなし得る為の才覚のことを示す。
その資質が、彼には見えたそれが何を示すのかを、男は明らかにする気はなかった。
口に出してしまえばそうなる。そう成り果てる――そういう予感がしていた。
「ええ。あの子は……――きっと、大切なものを何処かにおいてきてしまったのよ」
「その穴を埋めるために、まがいものや良くないものすら取り込んで生きてきたのね」
天井を見上げながら、男は息を漏らす。
「ホント――此処に来れて良かったタイプの子よ、あの子」
此処に来れて良かった。
それは、数多の神々との縁交わるこの場所が、あの新人を人として繋ぎ止めてくれるだろう、と思った為に出た言葉だった。
「良い縁が結ばれたんですね」
側仕えの男の言葉に、頷いて紅茶を口に運ぶ。
願わくば、そうあってほしい、とすら思いながら。
―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――
「それはそれとして、アナタ達。骨、入れ違ってるわよ」
「え、うわっ! ほんとだ! 通りで肋骨辺りが気持ち悪いわけだ! やっば!」
「後で直しておきなさいバカ! 全く、何時になったら自分の骨を正しく見分けられるようになるのかしら……」
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