第11話 冥王ティータイム


 骸骨たちによって明かりがつけられ、周囲があらわになる。

 周囲は洞窟のようで、少し先には広い広場が見える。広場の中心には、古代ギリシャの神殿のような建物があった。


 男と骸骨に連れられて、その神殿へ向かう。広場からは、美しい夜空が見えていた。そして数は少ないものの、人魂のような小さな明かりが、浮いている。

 ここも〝管理局〟の建物の中だと思っていたが、建物の中のようには見えない。

 夜空に見とれつつ、神殿の中へと進んでいく。神殿の中は、金や銀で彩られており、豪華な造りをしていた。


「ちょっとアナタ達! いつまでホネになってんのよ、とっとと受肉してらっしゃい! そんなんじゃおもてなし出来ないでしょ!」


「は、はい! すみません、今すぐ……ああああああ! 拾って! 誰か! 目が! 目が回るの! タスケテ!!」


 突然、後ろから歩いてきた骸骨たちに男が声を掛ける。

 それを聞いた骸骨達は大急ぎでドタバタと何処かへと走り去っていった。

 ――ああ、また頭を落っことしている。実は意外に面白い骸骨なんじゃないか?


「……ホンットにあのコ達は。ごめんなさいね」


「いえ、こちらこそ……あの人達、大丈夫でしょうか?」


「……人、って言ってくれるのね。ええ、心配しないで、あんなの怪我のうちにも入らないから……っていったらアナタ傷ついちゃうかしら」


「いいえ、自分はそんな……喧嘩が強い方ではないので」


「……そう。それはいいことよ。そんな卑下しないの」


 男に声を掛けられ、少しだけ返す言葉に悩んだ。

 その様子を見て、男は少し微笑んだ。

 改めて、男の姿を見てみると、身長は180cm位、長身痩躯という奴だが、引き締まった猛獣のような印象を受ける。

 それに、顔立ちは端正だが銀髪を片側だけ後ろに流した特徴的な髪型と、艶のある薄い口紅。

 服装も、黒い皮で誂えた独特なジャケット――口調からしてもオネエ、と言うタイプなのだろう。

 どこか、パリとかで活躍してそうな服飾デザイナーの偉い人、みたいな雰囲気を覚えた。

 妙な色気がある分、この人には……どこか信頼出来る、という実感がある。






 ―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――






「さあ、着いたわ。此処が終末部デミュルギア――っといっても、この辺の領域全部そうなんだけど、その中枢。まあ、アタシの部屋ね♪ ちょーっと汚いけど、くつろいでちょうだい」


 導かれるままに神殿の最奥の個室に入る。

 部屋の中は、外のギリシャ風な建築とはうってかわって、整理整頓された書斎のような雰囲気を思わせた。

 壁にはいくつかの本棚か据え付けられ、何冊もの本が整理されて並べられている。

 部屋の隅には応対用なのか、ソファが鍵型に並んでおり、側には小さなサイドテーブルが置かれている。

 部屋の最奥、窓のある所には彼が仕事をするためらしい木製のデスクがあった。


 ソファを進められ、腰を下ろす。ソファは少し固めだが、しっかりと身体を受け止めてくれる。これだってきっと最高級品なんだろうな、と裁縫室のものを思い出した。

 彼は、デスクに置かれたティーセットにお湯を注ぎ、サイドテーブルに置くと隣のソファに腰を下ろした。


「――まずは、アタシの自己紹介からね。アタシはこの12世界の冥界を束ねる者、〝真名しんめい〟をタナトス、まあターちゃんでもタッちゃんでもカッちゃんでも、好きに呼んで」


「雨宮幸彦です、どうぞよろしくお願いします。タナトスさん」


 会釈をして挨拶を返す。すると、彼は不思議そうな顔をした。


「……あれ、アナタ、もしかしてまだ〝真名〟の説明、受けてなかったりするのかしら?」


 言われてみれば、真名とは何かを聞いた覚えがない。アスカから説明を受けてもいない。

 小さく頷き返すと、彼は合点が言った、というような顔になる。


「ンモー、アスカちゃんそういうとこ抜けてるんだから! まあいいわ、説明してあげる」


「〝真名〟っていうのはね、神様――つまりアタシみたいなのが、その権能を用いるために使う名前なのよ。〝我、神として此処に顕現けんげんせり〟って世界に宣言する為のね」


「だからその名前で呼ばれると、アタシは〝冥界の管理者タナトスとして〟アナタという人間に向き合う必要がある、そうせざるを得なくなる」


「だから、仲良くお付き合いするんだったら、アタシや、他の神を本当に必要な時以外は〝真名なまえ〟で呼んじゃダメ――分かった?」


 彼から、異様な圧を感じる。先ほど感じた恐怖、恐れ、それを何十倍にも増幅させたようなもの。

 足がかすかに震える。しかし、それをぎゅっと掴み、耐えた。

 先ほどのように、暴走するようなことがないように。


「そう、なんですね、わかりました……じゃあ、タナさんで」


「良いわよォ、それで! 飲み込みが早くて、賢い子ってアタシ大好き♪」


 タナさん、と呼ぶと途端に彼は笑顔になり、纏っていた圧は消え去った。


「まぁもちろん、神々連中だってそうホイホイ〝真名〟を明かす奴はいないわ。自己顕示欲の強い子なら別だけど、そういう子は大抵あまり強い権能を持っていないから、あまり良いことにならないのよねー」


「だから、もし今後、他の子の〝真名なまえ〟を知ることがあっても、極力呼ばないであげてね」


「でも、本当に必要な時は別。本当に必要かどうかは、何時か分かるわ。アナタは賢い子だもの、そうよね?」


 タナさんが紅茶を2つのカップに注ぎ、一方をこちらに渡してくれた。

 裁縫室で飲んだものとは違い、少し甘めで、フルーツのような香りがする。ポットにドライフルーツでも入っているのだろうか。

 それを見たタナさんは、笑みを向けながら説明を続ける。


「それで、アタシ達の仕事だけど……世界って、生き物が居る所ならどこだってあの世とか冥界ってあるのよね」


「聞いたことあると思うけど、あの世って所にはそれぞれ担当する神々が居て、裁判したりお仕置きしたりしてるのよ。でも一応、現地のことは現地で、って約束があるの。だから本来はウチの仕事って実のところ、あの世の管理全般、って程でもないのよね」


「アタシ達に回ってくるのは主に〝現地じゃどうしようもないもの〟――まあ多いのは、魂の数の調整と、転生者案件ね」


「転生者案件? それって、元の世界で死んで別の全く違う世界へ行く、っていう……」


 転生者、最近流行りの小説や漫画にある題材。

 生まれた世界で何らかの死を遂げて、記憶やスキルをもったまま別世界で活躍するものだ。

 愉快痛快、時折シリアスで、面白い題材だ。アニメも良く見てるし、録画もしてる。

 それに関わる人……いや、神様が、目の前に居る。という事実……。


「そう、死んだ子の魂っていうのは基本的にその世界周りで循環するんだけど、時たま必要があって別の世界に行ってもらうことがあるの」


「大抵はその世界の神様が、自分の擁護する英雄でパワーを高めたり、転生者の持ってる因果の力を自分たちの世界に補填したい、って理由だけど、まあどれも必要な事なのよ。世界を上手く回す為にね」


「でも、行った先の世界からすると異物イレギュラーだから、免疫機構としてそれを排除しようとする。だからその中でも生きていけるように、転生先の神様がいくつか特権スキルを与えてあげるのよ。そうでもしないと割と大変な人生になっちゃうし、転生させた意味もなくなっちゃうもの」


「多分、アナタが持ってきてくれた書類は殆どがそれね、転生者の選定用資料ってとこかしら」


 タナさんが微笑みながら紅茶に口をつけた。

 ――あ。書類! 最初に引きずり込まれた時に落としたままだ……!


「……すみません、書類落としたままで……取ってきます!」


「大丈夫よ、あのコ達が拾って持ってきてくれるわ」


 急いで立ち上がり、頭を下げ来た道を引き返そうとすると、タナさんに引き留められた。


「……すみません」






 ―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――






 そうして、暫くタナさんと雑談をしていると、扉をノックする音が聞こえた。


「良いわよォ、入りなさい」


 扉が開くと、そこには3人の男が立っていた。

 先ほど落とした書類も、一番前の男が持っている。


「失礼します、神祇部からの書類をお持ちしました」


「デスクに置いといて頂戴。あとで見るわ」


 3人の男達が申し訳なさげに部屋の奥へと進み、デスクへ書類を置き。

 その後、こちらに向けて頭を下げた。


「あー、雨宮さん。先ほどはその、本当に、本当に! 失礼しました!! ……ほんのちょーっと……驚かすつもりでして…………」


 ……? さっきタナさんが受肉がどうのと言っていたが、もしかして……?

 当惑していると、タナさんがそれを察したのか、答えを出してくれた。


「そ、あのコ達がさっきの骸骨連中。だから言ったでしょ、次に来る子は人間なんだから、驚かせすぎちゃダメって」


「ハイ……ちょっとビビッてチビってくれたらいいなー、なんて思った俺たちがバカでした……大変、大変申し訳ありません……」


 元骸骨達は皆、恐縮していた。

 彼らは皆、執事服を纏ったイケメンなのだが、タナさんの前だからなのもあって、子犬のようにしおらしくしている。


「ああいえ、こちらこそ……大変申し訳ございませんでした。どのような処分も、甘んじて……」


 ソファから立ち上がり、深々と頭を下げる。

 危害を加えてしまった相手だ。誠心誠意、頭を下げ続けた。


「ちょっとォ! 辛気くさくなるから今はおやめなさい。それは美しくエレガントじゃないわ」


「本当なら、彼らの紹介もしたほうがいいかもしれないけど……多分今日はアナタにとって良い思い出にならないわね、だからまた今度にしましょ♪」






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






「さてと。これ以上アナタを引き留めてちゃアスカちゃんに怒られるわね。行きましょうか」


 お茶を頂いて、暫く経ってしまった時。ちょうど頂いたお茶も飲み干した頃合い。

 タナさんが立ち上がり、部屋の外へと歩いて行く。

 彼は、裏口の扉まで一緒に来てくれた。


「お茶、ごちそうさまでした。……それと、重ね重ね申し訳――」


 扉の前で振り返り、頭を下げる。

 タナさんの部下に乱暴してしまったのだ。しろといわれたら土下座でもしただろう。クビなら……それも仕方ない程だ。

 しかし、タナさんはこちらの頭に手を置くだけだった。


「良いわ。アナタの事は、アタシが〝真名タナトス〟の名を以て全てを許します。だから頭を上げなさい。そして、前を向きなさい」


「そして、今回の事は、忘れるように、他の大切な思い出タカラモノで塗りつぶしちゃうの、良いわね?」


「……はい」


 頭を上げると、タナさんは満面の笑みを浮かべていた。それでいいのよ、とばかりに。


「帰る前に癒療部イアシスに立ち寄って、その手、治してもらいなさいね。そろそろまた痛み出しちゃうかもしれないから――わかった?」


 確かに、先ほど無理に間接を外した左腕が痛み出してきた。

 はは、と苦笑しながら左腕を押さえて軽く会釈する。


「今度はどこかでデートでもしましょ♪ お誘い待ってるわ~☆」


 若干不穏な、タナさんからの見送りの言葉を受けながら、歩き始めた。






 ――――――――――――――――――――

 ◆癒療部いりょうぶ

  イアシスとも言いますが管理局の12部門のひとつです。

  病気や怪我、呪いなどを治療する医療専門の部署です。

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