第10話 挨拶回り-終末部
創造部から離れ、次の書類引き継ぎ先へと歩いて行く。
次に向かうべき部署は
名前からして、おどろおどろしい部署と言うことが分かる。アスカからも、ちょっと怖い所だから、怖くなったら長居してこなくていい、と言われていた。
「終末かぁ……怖いな」
廊下を歩きながら、一人呟く。
終わり・終焉・死、という概念に対して、怖い、と思うのは普通のことだろう。
人が死を恐れるのは、本能による繁殖・繁栄という目的を、理性で理解出来る知性の生き物だからだ、と言った学者も居た。
生きていれば、死はいつか訪れる。
定められた仕方の無いもの、いつか当たる宝くじだ。
それは仕方ないのだ、受け入れている。それでも、恐ろしいモノは恐ろしい。
そんなことを考えて居ながら歩いていると終末部の扉が見えてきた。
ちょっとだけ気が重い。でも任された仕事なのだし、やり遂げなくては。
覚悟を決めて、心を落ち着かせ……終末への扉を、ゆっくりと開いた。
―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――
扉の向こうは、暗闇だった。
何もない、扉から差し込む光も、闇に吸収されて自分の背中しか映していない。
恐怖が心の内側に芽生える。暗い闇、誰も居ない、孤独――
突如、左手を誰かに掴まれ、闇の中に引きずり込まれた。
持っていた書類を取り落とし、うつ伏せに倒れる。
痛みが、ゆっくりと意識を増幅させていく。
その状態で、手探りで暗闇を見渡す。しかし、何も見えない。
もしかしたら、足下の床すら無いのかもしれない。そう考えた矢先――
「イッヒッヒッヒ……イキの良い生者だぁ……」
声の聞こえた方、目の前へ視線を向ければ、そこには骸骨が居た。
「生きた人間だァァァ……」
右側からも、声がする。視線を向ければ、そこにも骸骨。
全ての肉がそげ落ちて、乾ききった人間の骨格。
既に死んで朽ちたはずの、人の残骸が、動いている。
「イヒヒ、どう愉しませてくれるかなァ?」
また、左側からも別の声。
「「「 どうせ俺たちゃ死んでいる! 」」」
「「「 生きた魂怨めしい! 」」」
「「「 どうかどうかその恨み 」」」
「「「 お前の
「「「 お前の
「「「 お前の
「「「 代わりにお前は仲間入り 」」」
「「「 俺たち亡者の仲間入り! 」」」
歌うように3体の骸骨達がケタケタと笑いだす。
その声は、地獄から響く呪いの声のように聞こえた。
そして、身体を引き倒されたまま、頭を骨の手でわしづかみにされる。
額や、首に感じる冷気。
ひやり、と感じる死んだ者の気配が、否応無しに身体に流れ込んで来る。
――脳裏によぎるのは、かつてその手で看取った、大好きだった猫の冷たさ。
車に
――ああ、彼らは死の存在だ。
死の概念、亡失の概念、大切な物を奪い取る力が、そのまま自分を取り囲んでいる。
どうにかしなければ、こいつらを倒さなければ
――これまでのように、また何かを失ってしまう。
また大切なものを奪われてしまう。
―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――
――ならば。
それに抗えばいい。奪われなければ、
「…………――』
思考が急激に加速する。周囲の時間が遅滞して見える。
自己は
周囲を観察。
今、迫ってきている骸骨共は3体。
相対距離的に最も近いのは眼前の、こちらの頭を掴んでいるそれ。
なら、まずはその腕を振り払って、身体を起こし、再度状況を確認。
図体は記憶にある如何にもな骸骨、ならば急所は自ずと分かる。
展望は見えた。
『ッ――――』
骨ならば狙い所は関節。
まずは、懐へと駆け込み、頸椎めがけて右手の拳を繰り出す。
骸骨の首が外れたのを確認して、腕を引き戻し、その反動で膝関節への回し蹴り。
――まずは1体。
自分への
眼前の骸骨が崩れたのを確認し、次は右後方の骸骨へと迫る。
「いや、いやいや! 俺たちは――」
何かを喚いているようだが聞く価値はない。聞いても意味は無い。
どうせ復活するだろう。どうせただの骨人形。まずは、この3体の体勢を崩し、復活不可能なまでに砕けば良い。
次の相手には、初手から同じ手は通じないと判断、まずは
腕も、足も過剰なまでに力が入っている。骨の破片で切ったのか、拳も血に塗れている。
それはいい。身体の摩耗程度、今、考慮する必要のないものだ。
最後の骸骨へ走りながら、己の思考から苦痛を訴え続ける痛覚を排除する。
こんなもの、今は邪魔でしかない。
「待て待て待て話を――」
『――黙れ』
残った骸骨は、眼孔に指を突き入れ、そのままわしづかみ。
その状態で
――後は、骨の一片に至るまで、修復不可能なまでに踏み砕くだけだ。
選択は成った。
眼孔をつかんだままの頭蓋を落とし、足で踏みつけ。
「いや、まって、待ってくれって! 頼むから話を……」
『――安心しろ、|お前から何も奪わない。何もいらない。だから砕く、もう何も奪えぬように』
砕くための力を確かめるように足に掛ける力を増やす。
足下で、ミシミシと骨が軋むが入る音がしたが、やはり
この堅さなら、こちらの骨も多少は持って行かれるだろう。だがそれで済むなら問題は無い。
足を振り上げ、思い切り――
―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――
「おやめなさい!!」
その時、何処かから男の声が聞こえてきた。
足を振り下ろしながら目線を向けようとすると、何か強い力で身体が壁にたたきつけられる。衝撃で口を切ったのか、口から胃液と共に血がこぼれた。
壁の手触りは岩のようだ。
なら骨を砕くのに使えたな。等と思いながら身体を起こし、声の主を探す。
――いや、それ以前に骸骨共が自分の〝修復〟を始めている。急がなければ。
そう思考し、また一番近い骸骨へと走り出そうとした。
――が。
これ以上身体が動かない。壁から伸びた植物のツタのような物に、四肢を拘束されてしまった。
左肩の関節を外して脱出を試みる。外し方は昔偶然やってしまったことで知っていたし、それがクセになってすぐ外れることも知っていた。
しかし、例え両手両足を外してもこの締め付けから抜け出せるようなものじゃないことは理解出来た。
「――おやめなさい。アナタ、それは
声の主がゆっくりと近づいてくる。
その姿は、細身の男。銀髪で、メイクをした人間にも見えるソレ。
「今のアナタは、雨の中で怯えて鳴く小さな子猫。寒くて、怖くて、恐ろしいのね」
男が指を鳴らす。自分を拘束していたツタのようなものは壁の内側へと消え失せ、支えを失った身体はそのまま膝を付いてしまった。
骸骨共はもう殆ど修復を終えている。それはまた砕けばいいが、目の前の男をどうにかしなければ、それは叶わない。
戦況として分析するなら、これは敗北。しかし、一矢報いることなら出来るはずだ。
、
改めて男を睨み、観察する。
目の前のそれは如何にも人間という風体ではある、なら内蔵への一撃は効果があるか。内蔵への一撃が効果的であれば、その後の展望は見えるというものだ。
男が目の前に立った。
今は左腕は動かない、なら右腕で。回避されたら外れた左手を思い切り首に打ち込めば――
「――怖かったのね、大丈夫よ」
突き出した拳を避けられ、そのまま抱き留められる。
右手も、左手も。最早動かすことは出来ないほどに。力強く、そして、いたわるような抱擁。
男の身体は温かかった。
「大丈夫、ここに貴方を、貴方の大切なモノを奪うものは何も無いわ。だから、〝帰って〟きなさい」
背を、頭を撫でられる。
ゆっくりと、加速した意識が落ち着き、思考から外していたもの達が、戻ってきた。
痛みが、自我が、徐々に――。
「っ……、あの、俺、……すみ、ません……」
こちらが落ち着きを取り戻したのを察知したのか、彼はその抱擁を解いてくれた。
そのまま、膝が崩れ落ち、これまでに起こしたものが全て自分の責任であると、認識させられる。
苦痛に顔を歪めながら言葉を返しながら、改めて思う。
――失態だ。大失態だ。我を失って、大暴れするなんて、何時もの自分らしくない。
「いいのよ。うちのバカ共が迷惑をかけちゃったわね、ごめんなさい」
「本当に……大変申し訳、あ、あ、誰か! 誰か拾って、ああああああああ!」
見ると、骸骨達は修繕を終えて、全員土下座している。
……あ、一人の首が落ちて転がっていった……。
これじゃまるでコメディアニメだ。
「アタシたちの説明もしたいし、この後ちょっとお茶でもいかが? ほんの少しの間だけど、アナタの痛みは私が止めておいてあげるわ」
「ああ、アスカちゃんには後で話を通しておくわ。アタシがお茶を誘ったから時間がかかりました、って。だから安心して」
男が、先ほど関節を無理矢理外した左腕、そして両手の先に付いた無数の小さな裂傷を一撫ですると、痛みがすっと引いていく。
……そうだ、元々、挨拶のためにも来たのだし、断る理由は無い。
むしろ、これまでの状況から……受け入れてくれるなんて、思ってもいなかった。
――優しい、人なんだろう。
きっと彼は、とても、優しい力を持っているんだ。
そんな感情が、ふっと心から現れた。
――――――――――――――――――――
◆関節
骨と骨の継ぎ目で、人体で考えるなら260~300個くらいあるそうです。
継ぎ目なので、骸骨でも人間でも弱点になり得ます。
ちなみに頭蓋骨にも関節があるそうです。
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