第9話 挨拶回り-創造部
――アスカに頼まれたのは、挨拶回りを兼ねた2つの部署への書類引き継ぎだった。
この2つの部署は神祇部との関わりが深いらしい。30枚ほどの紙束を2つ手渡され、送り出された。
まずは
どんな仕事をしているのかも説明も受けてくるように、と言われている。
裏口から廊下へ出て、創造部を目指して歩いて行く。
そこまで時間が掛かることもなく、創造部と書かれた部屋に辿り着いた。
―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――
――扉を開けると、そこからは機械と油、炎と鉄の匂い。
精錬。錬成。鍛冶。鋳造。鍛造。
ありとあらゆる〝
「おい、聖剣の鍛造はどうなった? ありゃあ研ぎに時間が掛かるんだ、早く出してくれ!」
「変身ステッキの改造ォ? そこに置いておけ! 3日は掛かる!」
「
何たる喧噪、そして熱気と活気。
誰も彼もが、自らの仕事を果たすために邁進している。皆が皆、忙しなく働いていた。
目の前の手すりに近づき、もう一度見渡してみる。様々な人が働いているが、物語に言われるドワーフと呼ばれるような、ずんぐりむっくりの人々が多く居るようだ。
……ドワーフってやっぱりこういう技術屋系が多いんだろうか。
「おいボウズ! そんなところに突っ立ってると邪魔だ!」
「あ、す、すみません」
後ろを通ったドワーフらしき男に怒鳴られ、頭を下げる。
確かに此処に居ては邪魔だ、早くここの上長を探さなければ。
階段を下り、邪魔にならないように人々を避けながら、リーダーらしき人を探して回る。
道は狭く、人は多く。傍らは熱く、傍らは冷たく。
人の合間を縫って歩いて行く程に、此処の広さも、此処に詰まった技術も、果てしないものだと感じてしまう。
これほどの規模の
この中のどれかひとつでも、自分の手業に出来たなら……それだけで何者かたり得ただろうに、と。
――そうして、暫く歩いていると、遠くから声を掛けられた。
「おーい、アンタ、アンタだよ! こっちだこっち! こっちゃ来いや!」
聞こえてきた声を頼りに、人をかき分けて声の元へ向かうと、そこにはパイプ椅子に座った男が居た。
背は小さい。140cmあるかないかだが、ドワーフのようにずっしりしたタイプではない。小柄な人間、という雰囲気。
作業ツナギを着て、丸眼鏡を掛けたおっちゃんだ。工場長って感じでもある。
「アンタ、アスカが言ってた新人だろ? うるさくて悪ぃがこれがうちの職場だ」
男はそういうと、握手を求めるように手を差し出してきた。
「俺っちはシバ、創造部1課の課長だ」
「どうも、雨宮です……ッッ!」
差し出された手を取ると、目の前の男は力強く握り返してきた。
遅れて痛みがやってくる。骨がきしみ、肉がねじれる痛み。
このまま握り混まれたら確実に、右手を砕かれる――!
「ははは、悪ぃ。久々の新人だから気ぃ入れすぎちまった。許してくれや」
「い、いえ……大丈夫、です……あはは」
もうだめか、と思いかけたところで手が離された。
相手の男は悪びれる様子もなく、笑っている。これは多分、体育会系タイプだ。
まぁ、これほどの職人を纏める立場なら、そうなるだろう。
「おーい、誰かメイの奴呼んできてくれ! 新人が来たってよ!」
シバが誰へともなく、声を上げた。それを聞いた誰かしらがメイ、と呼ばれる誰かを呼びに走り去る。
この一声で、誰かしらを動かしてしまうのだから……やっぱり人望があるのだろう。
そして、そこまで時間が経たないうちに、一人の女性がこちらへ走ってきた。
――緑の髪に、褐色の肌。上はツナギを半分脱ぎ、袖を腰で縛って黒いタンクトップをあらわにしている。身体はこんな大
何より、……大きかった。背も170cm程度と大きいが、それ以上に――
まるでメロ……いや、あれは武器だな、と思える程だ。
「なんスか、課長。いまイイトコだったんスけど!」
「バカ、アスカんトコの新人が挨拶に来たんだ、お前も挨拶しとけ」
「お、そーなんスね! ども、ウチがメイっス。創造部2課の課長っス」
メイがこちらを見ながら手を差し出す。彼女の緑の瞳が、こちらをじっと見つめている。
……少しだけ、目線をそらしながら手を握り返し。
彼女はありがたいことに、常人程度の力で握り返してくれた。
「ま、用事はどうせ書類の引き継ぎなんだろうけどよ、まずはうちの仕事の説明がてら案内してやるよ。聞いてこいって言われてンだろ?」
よっこらせ、とシバが立ち上がり一人でとことこと歩いていってしまう。
メイ、と名乗った女性と二人、意外と足の速い男を追いかけることになった。
―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――
「ここらが創造部1課、主に装備関連の製造開発をやってる。武器や防具、あとちょっとした
「例えばコイツだ、ほれ、一杯やれ」
シバが足を止め、適当に積んであった小さな黄金の杯に、これまた近くにあったボトルの中身を注ぎ、渡してきた。
のぞき込んでみると、水のように透き通った液体が入っている。アルコールのような臭いもしない。酒じゃなければ飲めるだろう。
「あ、ありがとうございます。頂きます」
それを受け取って、口へと運ぶ。
口から舌、舌から喉へと流れ込んでいくそれは冷たく、ほのかに甘い風味があった。
これは、水だろうか。それとも、果実の汁か何かだろうか。
「……美味しかったです」
飲み干して、杯を返す。シバは不思議そうな顔をしていた。
「そいつは英知の聖杯、ま、簡単に言やぁ〝経験値アップ〟の使い捨て
「理屈は分からねえがまあいいや、こういうのを創って、神さん連中に卸すってのが1課の仕事だ。まー、概ね自分の宝物として信者に分け与えたりする用だけどな。わかったか?」
「ええ、まあ……」
ゲームによく出てくる強化用アイテムがこんな簡単に……。
自分に効果が無かった理由は自分でも分からないが、まあ、そういうこともあるだろう。
とりあえず、1課の仕事の内容は把握できた。
「そんじゃ次はウチっスね、2課は……うーん……概念の製造、っても分かりづらいっスよねえ……」
メイが唸る。というか概念の製造って。
「――あ、良い例があったっス! バナナの皮!」
……バナナの皮?
「バナナの皮って踏んだらどうなると思うっス?」
「どうって、それは滑って――」
「そうっス! 〝バナナの皮を踏んだら滑って転ぶ〟……それが概念っス。ちなみにその概念作ったのはウチっス、自信作っス!」
メイに聞かれて、想像する。バナナの皮を踏んだら、それは滑って転ぶ、というのが定説、鉄板のギャグ展開だ。
そう答えようとするとメイが重ねるように答えを返してきた。なんたるドヤ顔。
……いやいや、まさかあの鉄板ギャグ展開を作ったのが目の前の
「……ま、メイの例は極端だがな。〝この剣なら悪魔が斬れる〟とか〝この防具は一切の呪いを受け付けない〟みたいなモンを造るのがこいつの仕事だ。基本は1対1のオーダーメイドで造るンだよ」
「でもあのバナナの皮の概念、昔は〝踏んだら頭打って死ぬ〟だったっスから、見つかった時に、特急で書き換えて普及させといて良かったっスよ」
シバの若干呆れ気味の追加説明を聞いて、ようやく腑に落ちた。
ゲームで良くある特効、という奴だ。その武器だから、その防具だから、そのアイテムだからどうにかなる。という、特権を持つ装備、その効果を創り出すということなのだろう。
……というか、バナナの皮って踏んだら死ぬデストラップだったのか。
「あと、うちにゃあ3課があるが、此処にはねえ。そっちは主に1課と2課で仕上げた物の量産を担当してっから此処の設備じゃ足らねえんだ」
「第9基幹世界にあるっス。ここ以上のでっかーい工場なんスよ」
第9基幹世界というと、確かアスカの出身地だったはず。でも彼女にはなんとなく似合わないような気もした。
彼女が、こういう喧噪と活気が似合う街で暮らしてきたイメージが想像出来ない。
……どちらかといえば、お嬢様学校のスポーツ部系お姉様タイプな気がする。
―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――
「さーて、案内はこんなとこだ。そんじゃ、その
「はい、よろしくお願いします」
ひとしきり案内してもらった後に、裏口の前まで二人は連れてきてくれた。
結構な時間が掛かったと思う。ここは見て回るものが多くあった。技術への興味、というのは人間の本能なのかもしれない。
そんなことを考えながら、最初の目的であった書類をシバに手渡す。
「もしなんか作りたいもんがあったら遊びに来い。やる気があるならイチからしごいてやるよ。俺ァ厳しいが、やりがいだけは保証してやる」
「待ってるっスよ!」
二人に見送られて、裏口から外へ出る。扉を閉じると、喧噪は一切聞こえなくなった。
今度……暇を見て遊びに来てみよう、と思いながら次の部署へと足を進めた。
――――――――――――――――――――
◆大きい何か
トップとアンダーの差が30cm以上はありそうです。
◆隕鉄
特殊な構成を持つ隕石のことです。
鉄とニッケル合金で構成されたものが主ですが、
創造部で扱う隕鉄は隕石から撮れる特殊鉱石、という扱いです。
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