第7話 魔女達の祝福


「ど、ど、どういうことです? これは、一体……」


 戸惑っている自分に、ホワイトが頭を撫でながら優しく声を掛けてくる。

 お姉さんに可愛がられているという、学生時代の自分……という異様な状態。

 身長も縮んで、今じゃ150cmあるかないか……。そういえば、背がしっかり伸びたのは高校3年くらいになってようやくだったな、なんて記憶すら蘇る。


「説明させて頂きますから、どうぞお座りくださいな」


 促され、椅子に座らされる。

 魔女達の優しげな目線が、若干痛い。恥ずかしい。


「貴方の為のこの服は、貴方の魂の姿在り方を映し出すものなのです」


「わかりやすく言えば、一番元気な頃の姿、ってこと」


「たくさんの祈りがこもってるから、きっと貴方を護ってくれるわよ」


 魔女達が次々に説明してくれた。

 ……そうはいっても、自分の姿が若返った理由は、よく分からないのだが。高校時代の自分が、一番輝いていた、ということなのだろうか。

 まあ……分からなくはない。いつだって青春の幻影が一番美しいと決まっている。


「僕たちはスペシャリストだからね」


「心配しなくて良いぜ!」


「先ほどまで着ていた服は、綺麗にしてからお返しするわね」


 ライムとオレンジがぐっと親指を立て。いやそんなドヤ顔されても……。

 そのまま、魔女達に何故か順番に撫でられる。その度に、何処か懐かしさというか、郷愁というか。

 遠い昔に、転んで泣いていた自分を慰めてくれた祖母を思い出した。

 不思議なことに、レッドのような若く見える魔女からも、その懐かしさを感じる。

 もしかしたら見かけより年上だったりするのかも……?


 ……最早これは、お節介焼きのおばあちゃん連中に囲まれている気分だ。

 このまま居たらケーキやお茶どころではなく、飴ちゃんが出てくる気がする……。






 ―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――






「雨宮くーん、終わったー?」


 そんなこんな困惑している所に、アスカが表口から入ってきた。


「あ、アスカさん……あの――」


「うーん! 似合ってる似合ってる、やっぱり若返ったねー?」


 アスカからもわしゃわしゃと頭を撫でられた。さっきからの状態を俯瞰ふかんして見れば、まるで子供にこねくり回される猫のようなものだ。

 というか彼女は、こうなることを知ってたのだろうか。


「アスカさん、もしかして知ってたんですか?」


「うん。多分こうなるだろうなーって思ってたの。言ってなかったっけ?」


「……聞いてないです」


「あはは、でもすっごく似合ってるよ」


 やっぱり知っていたらしい。

 せめて最初に教えておいて欲しかった。教えてくれなかったのは意図的なのか、それとも彼女がちょっと抜けてるだけなのか……。


「ともあれ、うちの新人がお世話になりました。ありがとうございます。ホワイト様、裁縫室の魔女様方」


「ありがとうございました」


 アスカと共に頭を下げる。ホワイトが、応えるように笑顔を向けてくれた。


「良いのよ、アスカ。貴女と私の仲ですもの、それに、久々の新しい仕事、ありがとう。また、何時でも来て下さいな」


「――ええ、ではまた今度、お茶会で♪」






 ―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――






「そうそう、その制服ね。すっごいんだよ!」


 廊下を歩きながら、アスカが笑う。


「儀典礼装、とも言うんだけど……毎日着てても、年に1回洗えばいいくらいに汚れないし、匂いもつかないの。ついでに暑さも寒さも感じなくなる快適性!」


「後は意思疎通の効果とか、仕事する上で必要な加護が色々ついてるから大切にね」


 ゲームや小説でも、こういった祝福された服は汚れないものだ。なんとなく予測はしていたけれど……流石に週1で洗ったほうが良いな、気分的にも。

 洗い方は、今度聞いておこう。


「しかも、個人それぞれにあった権能が付与されてるんだ。大体どれも……君の世界風に言うと、いわゆる特権級チートだから、必要な時がきたら実感すると思う」


 ――まさかの特権級チートとは。

 異世界モノの小説ではよく、主人公が神からスキルを授けられるが、まさか自分も同じような体験をすることになるなんて思いもしなかった。


 でもこういうのって大概、自分のスキルは把握できるものじゃないか?

 今現在、若返ったのと、防汚と快適以外の効果が分からない。

 それ以外にどんな効果があるのだろう?


「その効果って今、分からないんです?」


 率直な疑問をぶつけてみる。

 すると、アスカは困ったような表情を浮かべた。


「うーん、天文部アルビレオの連中に見てもらえば分かるとは思うけど……おすすめはしないかなー。あいつら――とても、めんどくさいから」


 ――天文部。

 残存する全ての基幹世界と、付随する世界群を観測・検証し、世界の循環運行を実証し続ける星見の天文台スターゲイザー、管理局12部門のひとつ。

 各世界の神ではない現地協力者との対外折衝や、神々間の争いを裁定する法政部ノーモスと並んで、あまり直接会いたくない部署だ、と先ほどの説明でアスカが言っていたのを思い出した。


「それに、その服への祈りオモイは君の為に捧げられた物。誰かが勝手に覗いていいものじゃないでしょ?」


「――そうですね」


 そうだ。この服には、魔女達が丹念に祈りオモイを込めてくれていた。

 それは、大事にしなければいけないものだ。勝手に暴き、勝手に晒していいものじゃない。

 ――宝物なんだ。


「……あ、そういえば。この姿って脱いだら戻るんですか?」


「うん、戻るよ。ただ仕事中は着ておいてね。さっきも言ったけど、仕事する上で必要になってくるから」


 大事なことを忘れていた。

 流石に元の世界でもこの姿で暮らすのはちょっとつらい。いくら近所関係が希薄でも、それなりに周囲の目もあるし、煙草も買えない。

 それを聞いてみると、アスカはあっけなく答えをくれた。一安心だ。

 いや安心していいのか? 仕事中、ずっとこの姿ってことだぞ? いつの間にか流されている自分に困惑する。


「あ、そうだ。部長が今日はもう帰っちゃっていいって言ってたから、行き帰りの方法を教えるから付いてきて」


 アスカがつかつかと足を進めて行く。置いていかれては迷ってしまう、自分もそれに合わせるように。

 若返った影響か、少しばかり歩幅が狭くなった為、彼女の速度について行くように、少し早歩きすることになった。






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






「これって、さっき乗ったエレベーターですか?」


 アスカに案内されて連れてこられたのは、此処に来た時に乗ったのと同じエレベーターのようだった。

 彼女がボタンを押すと、来た時と同じように扉が開かれた。


「まあそうだねー、このエレベータに乗って……『↓』のボタンを押しながら〝帰ろう〟って考えるの、やってみて」


「制服着てないと動かないから、それだけ忘れないでね?」


 乗り込んだ後、彼女に言われた通りに、『<|>』『>|<』『↑』『↓』しかないボタンのうち、↓を押しながら帰ろうと考える。

 すると、エレベータは降下を始め、ゆっくりと停止。

 扉が開けばそこは何処か見たことのある風景だった。


「……すると、こうやって君の家の近くにある神社に着くんだ。〝管理局〟と繋がってるのは此処だけだから気をつけてね」


 時刻はもう夕暮れ時なのか、季節柄もあって既に暗いが、遠くに仄かな夕日の遺した赤が見える。

 言われてみればここは近所にある神社……その社の裏だ。小さな神社だし周囲は林で静かだから、時々、考え事をする時に来る所だ。

 普段と違うのは、自分たちが出てきた〝扉〟が加えられているという点。空間が長方形に切り取られ、向こう側が見えない四角いものが、背後にある。


 周囲を見渡していると、背後から声が聞こえた。


「お、ちゃんと繋がったみてェだな」


 振り返ると、そこに居たのはキセルを咥えた老爺。緑の浴衣を来て、草履を履いた、如何にもご隠居という風体だ。


「どーも、今後この子が此処を使うからヨロシク♪」


「へいへい、まぁ坊主は顔馴染みだ。よろしくな、坊主」


 アスカが笑顔で老爺に言葉を返す。老爺は片目を開け、こちらを見ながら煙を、ふぅ、と吐き出した。


「あ、……よろしくお願いします」


 顔馴染み、と言われたが、こんなご隠居とお知り合いになった覚えはない。

 管理局の関係者かもしれないが、顔馴染みと言われるような関係ではない気がする。


「あれ? 知り合いだったの? 雨宮くん、見えるタイプだったっけ?」


「うんにゃ、坊主はこの近くを通ると必ずんだよ。だから馴染みなのさ」


「そうなんだー。だからきっと、私たちとの縁が繋がったのかもね。良い子なんだねー」


 疑問は老爺が答えてくれた。

 それを聞いたアスカは、まるで自分の事のように嬉しそうに笑う。

 ……神社に神様って本当に居たんだな、と改めて思った。


「それじゃ、3日後にまた会おうね、雨宮くん!」


 アスカが〝扉〟の前で振り返り、手を振る。応えるように手を上げて、向こう側に消えていく彼女を見送った。






 ――――――――――――――――――

 ◆神社の神様

  宗教的あれそれはさておき、神社仏閣や小さな社には一応神様なり、

  間借してる妖怪なりがいるものです。多分。

  神はかみに通じるものなので、適切な敬意を払うことを心がければ、

  ガチャで星5が引けたりするかもしれません。多分。

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