第6話 裁縫室の魔女-2


「それでは、仕事を始めましょう。そちらで今着ている服を脱いで頂けますか?」


 ホワイトがにこやかに言った。


「え」


 彼女が指し示した先には、いつの間にか、高級な洋服屋にあるような木製の更衣室があった。

 まさか、彼女達の居る中で下着……あるいは全裸にならなければならないのか?

 流石に、それは……ちょっと……。


「さあ、どうぞ――ご安心ください。中に仮の衣が入っておりますから、そちらをご着用くださいな」


 こちらの様子を見てとったのか、ホワイトが一言付け加えてくれた。

 それなら一応は安心だ。魔女達に見送られながら、更衣室へと足を進めた。






 ―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――






 ――更衣室に入ると、そこには大きな鏡と、脱いだものを入れておくのであろう籠、そして1枚の白いローブがハンガーに掛けられている。

 ローブは若干、透けているように見えなくもないが……気のせいだと思うことにした。


 着ていた服を脱ぎ、籠に入れる。下着姿になり、ローブを羽織る。

 ローブ自体も、手触りが良い上等な品物のようだった。


「脱げた?」


 先ほどレッドと名乗った少女の声が、更衣室の向こうから聞こえる。


「はい、出て大丈夫ですか?」


「いいよ、出てきて」


 声に応えて更衣室から出て行くと、10人の魔女達がずらりと取り囲むように待っていた。

 11人目のホワイトと名乗った魔女は、一歩引いたところで微笑んでいる。


「それじゃ、手を横に広げて。暫く立ってて――」


 言われるままに、両手を広げる。すると、魔女達が順繰りに、メジャーや鉛筆、仮布などを手に群がってきた。

 ……すごい手際だ。自分は見ているだけだが、彼女達の作業には一切無駄がないように思える。

 あらゆる手順が全て最適化され、やるべきことが全て元から決まっていたかのように、作業が進んでいく。


 ――あっという間に作業を終え、魔女達は離れていった。

 そして、ホワイトが手を打ち鳴らす。


「さあ、それでは皆。彼の為の服を創りましょう。


「「「「「 ――我ら、裁縫室の魔女の祝福を以て 」」」」」


「「「「「 新たな護り手の道行きを照らさん―― 」」」」」


 ホワイトの号令。それに応えた10人の魔女達が、一斉にそれぞれの仕事に取りかかる。

 レッドとオレンジがそれぞれに一束の糸を紡ぎ、イエローが1枚の布に織り上げる。

 ライムが大まかなデザインをし、グリーンが詳細なデザインを描き上げ、ターコイズがそれを型紙に起こしていく。

 その間に織り上げられた布は、ブルーによって美しい深青色の生地へと染め上げられ。

 生地は、バイオレットが型紙に合わせて裁ち切り、それをパープルが縫い上げ、マネキンに着用させた後に、細かな調整をマゼンタが仕上げていく。


 それを待っている間、自分が何をしていたかといえば――

 魔女達の手際に見とれながら、ローブ姿のまま椅子に座り、ホワイトに振る舞われた紅茶を口に運んでいた。

 最高の職人達の手際は、それだけで見ていて気持ちがいいものだ。






 ―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――






 ――暫くして。


「……これで完成だね」


 マゼンタが腰を伸ばしながら言った。

 出来上がったのは、深い青色で統一されたブレザーとスラックス、白いワイシャツ、灰色のネクタイ。何処となく、学生服というか、私立学校の制服のような雰囲気すらある高級感。

 加えて、何故か靴下や肌着、パンツまで用意されていた。それら全てがオーダーメイド、着てしまうのがもったいないのではないか、とすら思えて来る。


「素晴らしい出来です。それでは雨宮さん、試着して下さいますか?」


「わかりました……ほんとに着ちゃっていいんですよね?」


「ええ、もちろん」


 ホワイトが、マネキンから服を脱がせ、手渡して来た。

 それを受け取り、更衣室へ向かう。


「……(こんな高級品、着たことないな……)」


 一人不安を思いながら、ローブを脱ぎ、そして下着すら脱ぎ、作ってもらった服を着ていく。

 しかし、足や手を通す度に、これが自分の為に作られたものだという実感が湧き上がる。

 全てを身につけ、備え付けの鏡に映る自分の姿を改めて見れば、我ながら似合っていると言うほかない。

 自分の為だけに、想いを込め作られた宝物……。嬉しかった、そして、誇らしかった。


「あの……どうでしょうか」


「まぁ! よく似合っているわ!」


「そりゃあアタイたちの仕事だからな!」


「僕も鼻が高いよ、君の為の服なんだからね」


「そう恥ずかしがらなくても良いのよ、貴方はちゃんと着こなしているわ」


「ええ、本当に可愛らしい男の子よ」


 更衣室から出て、これを作ってくれた魔女達に見せる。

 すると、魔女達は口々に褒めてくれた。ホワイトも一歩退いた所で微笑んでいる。


「それでは、最後の祝福を授けましょう。どうぞ、こちらへ――」






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






 ホワイトに導かれ、暖炉の前へ――


 突然、ホワイトに腕を回し、包み込むように抱き寄せられた。

 ――甘い女性の香り。柔らかい感触。肌に感じる体温。


「あ、っ――」


 鼓動が響く。

 血流が増加する。

 体温が上がる。

 顔が上気する。

 吸気が停まる。

 酸素が足りない。

 吐息が漏れる。


 今、何が起きているのか。それを理解するだけの血流は、過剰な程に脳へと絶え間なく送られる。

 しかし、理性がそれを受け入れてはくれない。この状況を受け入れているのは、本能だけ。

 わずかな時間の出来事が、永遠のように。思考が、緩やかな停滞に陥っていた。


「――貴方の道行きに、私達の祝福が共にありますように」


 ホワイトの祝福が、遠い何処かから聞こえて来るように、脳へと響いた。

 身体の火照りは止まらない、脳への血流も上がったまま。

 しかし、徐々に、徐々に。思考が、理性が落ち着きを取り戻す。

 呼吸が繰り返され、酸素が全身へと巡り、本能と理性が調律されていく。つまり、現実を受け入れる準備が構築されはじめる。


 頬が真っ赤に染まっているであろう自分を、ホワイトは優しく微笑んで、頭を撫でた。


「――さあ、顔を上げて。貴方の道は、これから始まるのです」


 魔女達に見守られながら、顔を上げ、ホワイトへと目を向ける――

 ……あれ? 少し彼女が大きくなったような……。


「あらぁ、やっぱり可愛い男の子ねえ」


「うん、思った通り」


「ホホ、さあ、もう一度鏡を見てごらんなさいな」


 魔女達が微笑んで、姿見の鏡を用意してくれる。

 そこに映った姿は――


「え? ……え? えぇぇぇ!?」


 中高生くらいの、自分の姿だった――






 ――――――――――――――――――――

 今回は解説なしです。


 暫くの間は連日投稿出来ると思います。

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