第5話 裁縫室の魔女-1
――アスカに提示された条件は、破格と言えるものだった。
試用期間中の待遇は契約社員だが、手取りはかなり良い。休みもカレンダー通りではないが週5日勤務で完全週休2日制、その上に有給も初日から結構な日数が出る。
ただし、契約社員である試用期間中は、一部の制度や設備――例えば社内に用意された個室などの利用が制限される、とのことだ。
主だった所でいうと、部長や、部長を抱えてきた少女が利用した〝もう一枚の扉(表口)〟も、契約社員の間は使えないそうだ。かつて、何かがあってひっくり返り気絶したり、トラウマを抱えた新人が出たから、だという。
はたして何があったというのか……。流石にそこを突っ込んで聞くのは怖かったので聞いていない。
ちなみに、保険制度等の〝出身の世界で必要な手続き〟は、ダミー企業を介して行うらしい。その辺がしっかりしてるのはありがたい。
ダミー企業でしっかりしてる、っていうのもどうかとは思わなくも無いが。
仕事の内容についても簡単な説明を受けた。加えて配属されるのが、先の部長が管轄する
仕事は、最初のうちは簡単な書類整理や、他部署への連絡伝達、慣れてきたら神々の依頼を対応する部署への割り振りなどをしてもらう、とのことだ。
他世界への出張なども、おいおい頼む場合がある、と言う。
つまり、異世界を仕事で見に行けるというのだ。いつか出張指示があったら、しっかり観光も兼ねて見て回ろうと思う。
「――っと。こんなところだけど、大丈夫?」
一応、彼女との調整の途中、タメ口でも良いよ。なんて言われたが流石にいきなりそんな馴れ馴れしく応対するのは無理だ。そもそも彼女は美人だし……、タメ口を軽く使うのは好きじゃない。
「ええ、大丈夫です。……ああでも、通勤とかってどうしたら」
……そういえば、通勤については聞いていない。どうやってこの場所に来たかも、いつの間にか寝ていたから分からないのだ。
「あー、ごめん。説明忘れてた! でも、その説明をする前に雨宮くんの〝制服〟を作ってもらわなきゃ」
「制服があるんですか?」
「うん、あるよー。通勤するのに必要なんだ」
そう言うと、アスカは立ち上がり裏口の扉を開けてくれた。
「此処を出て右に行くと〝裁縫室〟って書いてある部屋があるから、そこで作ってもらってきて。終わった頃に迎えに行くから!」
案内してはくれないのか、と思ったが、彼女は彼女で仕事があるのだろう。
彼女に見送られながら、応接室を出て、また無機質な廊下へと向かった。
―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――
程なくして〝裁縫室〟と書かれた表札の部屋の前についた。
ノックして扉を開くと――
「でも貴女、この間すっごいはっちゃけてたじゃないのよ」
「いやぁねえ、そんな話! でもあのパーティーは楽しかったわ」
「そんなことより、そろそろ新しい仕事が欲しい」
「ほんとね。最近は修繕の仕事ばかり。ちゃんとした仕事もたまにはやらなくっちゃ」
――喧噪があった。いや、この場合は
11人の女性……15歳程度の女の子から、それこそ何歳か分からないようなお婆さんまでが、ひとつの大きな長テーブルに着いて女子会のようなものをしている。
女性達は一人を除いて、皆が色違いの魔女のようなローブを羽織っているようだ。
テーブルの上には、クッキーやケーキなどのお菓子に、磁器のカップに注がれた紅茶がある。まさに女子会だ。外見的な年齢はさておき、女子会なのは間違いない。
あっけにとられつつ部屋を見渡すと、部屋の中はまるでおとぎ話に出てくる良い魔女の小屋のようで。
暖炉やチェストの他に、マネキンや籠に積まれた毛糸玉などが置かれていた。
「……あ、あの……? すみませーん……?」
喧噪に飲まれながら、誰か気づいてくれないかと手を上げながら声を掛ける。
すると、中央……お誕生日席と言える場所に座っていた、ローブを羽織らず、白いドレスを着た、金髪の女神のような女性がこちらに気づいてくれたのか、目線を向けてくる。
「皆、静かになさい。〝新しい〟お客様がいらしたわ」
その女性が穏やかな声で他の女性たちをたしなめると、彼女たちの目線が一斉にこちらへと向けられた。
目線から感じる、好奇の気配。少しだけ、居心地が悪い。
「神祇部に配属されました、雨宮と言います。……あの、こちらで制服を――」
「あら! 新人君ね! ようこそ裁縫室へ!」
「何年ぶりかしら! さあさあどうぞ、こっちに座って!」
「なんて可愛らしい男の子でしょう。これは創りがいがあるというものね」
「ほらほら、そんなところに立ってないでこちらにいらっしゃいな!」
波に呑まれるかのように、用意された椅子に座らされ、ケーキとお茶を振る舞われる。
用意してくれた女性たちは、最初に自分に気づいてくれた女性以外は、ばたばたと裁縫道具の準備を始めた。
目の前のケーキとお茶、口をつけてもいいのだろうか……。
周囲の喧噪に惑わされつつ悩んでいると、向かいに座る女性が口を開いた。
「――どうぞ、お食べになって。皆の支度が終わったら、ご挨拶致しましょう」
「はい……」
―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――
言われるがままに口を付ける。紅茶は上等な香りを称え、喉を流れ落ちていくほどに心が落ち着いていく。
ケーキはショートケーキのようにイチゴが彩られ、程よい甘さの生クリームと、甘酸っぱいイチゴの風味が、口を愉しませてくれる。
そして再び、紅茶を口にすると……残っていた甘みがすっと消え、紅茶の風味が口の中を満たしていく。
――ああ……美味しい。
いつの間にか、周りのドタバタも聞こえなくなり、ケーキも、紅茶も全てを腹に収めてしまった。
「ふふ、喜んで頂けて何よりですわ」
女性が微笑みを向けてくる。いつの間にか、他の魔女と呼ばれる女性達も、元のように席についていた。
彼女らの目線と、期待、喜びの感情がこちらに向けられている。
「さあ、皆。自己紹介を。
―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――
促されるように、自分から見て右手の一番手前に座る魔女、赤いローブを被った女性が立ち上がった。
「私は〝レッド〟、貴方の
レッド、と名乗った女性は15歳ほどの女の子だった。
可愛らしい少女だ。ただ目は、少し怖い。
「僕は〝オレンジ〟、貴方の
次に立ち上がったオレンジ、と名乗る女性は、20歳ほどか。
ドヤ顔でこちらを見ている。自信家のようだ。
「私は〝イエロー〟、貴方の
イエローと名乗った女性も、20歳ほどなのか。
こちらは少し陰気な雰囲気を感じる。
「アタイは〝ライム〟、貴方の
ライムと名乗る女性は30歳前後か、自らの胸をドン、と叩く。
土方系、というか……気っぷの良い大工の棟梁のようだ。
「私は〝グリーン〟、貴方の
グリーンと名乗る女性もライムと同じくらいの年頃か。
お淑やかな令嬢、という出で立ちだ。
「私は〝ターコイズ〟、貴方の
ターコイズと名乗る女性は、40歳以上だろう。
ふっくらしており、近所のおばちゃんのように見える。
「私は〝ブルー〟、貴方の
ブルーと名乗った女性は、ターコイズより年を重ねている雰囲気がある。
こちらも優しそうなおばちゃんだが、怒ったら怖いタイプな気がする。
「あたしゃ〝バイオレット〟、貴方の
バイオレットと名乗ったのは、揺り椅子で編み物をしているのが似合いそうな。
……品の良いおばちゃん――お婆ちゃん、という雰囲気だ。
「私は〝パープル〟、貴方の
パープルと名乗るのは、いかにも魔女という風体の、しわくちゃのお婆ちゃんだ。
物語に出てくる悪い魔女、という感じはしない。
なんというか、魔法モノ主人公の師匠、って感じの人だ。
「私は〝マゼンタ〟、貴方の
マゼンタに至っては最高齢と思われた。
しかしヨボヨボという雰囲気ではなく、老境に至ってなお、凜としている。
彼女たちが順繰りに、立ってこちらに挨拶をしてくる。
一人一人の挨拶に対して、よろしくお願いします。と応えると、それぞれが笑みを返してくれた。
残ったのは、長テーブルの真向いに座る、最初に自分に気づいてくれた、ドレスを纏う女性だけだった。
「最後に、私は〝ホワイト〟……貴方の
ホワイトは、まさに女神という風体。彼女達の中で、最も美しい女性だと思う。
これまでの振る舞いからみて、彼女がここのまとめ役なのだろう。
もしかしたら部長のように、神と呼ばれる存在なのかもしれない。
――まるで、ゲームの主人公が、ラスボス前に手に入れる最強装備を作っていそうな魔女たちだ。
それが彼女達から感じた印象だった。
――――――――――――――――――――
◆裁縫室の魔女
11人それぞれが裁縫に関するスペシャリストです。
かつて何処かの王女を祝福した魔女達とも言われています。
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