第1部
契約社員の日々
第4話 世界の成り立ち
「さて、雨宮幸彦君。君はこれから管理局の職員となるわけだが……」
「まず、簡単にだが君に世界の成り立ちについて説明しよう。我々が〝異世界管理局〟を名乗っている
アスカが少し席を離れ、部長と自分にコーヒーを持ってきてくれた。
それに口をつけながら、部長の説明を聞く。
「君は、
「ええ、まあ。ゲーム等では良くある設定です」
世界線、多元世界。ここ最近のSFやゲームではありがちな設定だ。
此処とは違う世界、違う選択が行われた場所、あるいは根源から違う世界。
個人的にそういう設定が好きで、良く遊んでいたし、読んでもいた。
部長はその様子を見て、口元を緩め側に立っていたアスカに声をかける。
「結構。ならば話が早い、アスカ君、あれを」
「はい」
――ぱちん。アスカが指を鳴らす。
すると、テーブルに焼き印のように数字が割り振られた12の円と、中央に大きな円が描かれた時計盤のような図が浮かび上がる。
「この12個の円と、中央の大きな円、それぞれが別の世界だと考えてくれたまえ」
部長が指を差し、12の円をぐるりとなぞる。そして、一周した後に7が割り振られた円で指を止めた。
「君が生まれ、生きてきた世界……それがこの――第7世界のひとつだ。世界群、と称する場合もあるが、詳しくは追々覚えてくれれば良い」
自分の感覚が麻痺してきたのか、言われた事実をそのまま受け入れた。
しかも、苦笑すら漏れている、気がする。
「そして〝今、我々がいる場所〟……それがこの中央の円。通称
部長の指が中心の円へと滑っていく。
「ここは、かつて原初の14柱が互いに、世界の覇権を争い合った戦場の跡地、そしてその後、休戦協定が結ばれた場所でもある」
「その休戦協定の会議が、そのまま我々の組織の始まりになったんです。ちなみに私は第9基幹世界の出身ですよ」
「……ははは……。まさか異世界の人だったなんて思いませんでした……」
自分の調子が、もう落ち着いて来たのが分かる。
雑談出来るくらいの余裕が生まれているのが分かるのだ。聞こえてくるのは自分の人生ではあり得ないような話ばかりなのに。
――話を続けてもいいかね? と部長が言う。
それに頷き返すと、部長は改めて説明を始めた。
「そして何故我々が、異世界管理局を名乗っているかだが――」
「君ならなんとなく受け入れられるだろうが、神々はそれこそ〝腐るほど〟いるのだよ」
いささか自嘲気味な口調で部長が言う。
確かに、日本人である自分には受け入れられることでもある。
日本は複合宗教というか、多神教とも言える状態だ。神も仏もそれこそいろいろある。
正月には神社に行き、年末は神の子の誕生をフライドチキンをむしりながら祝う。生まれる前から死んだ後まで、神から仏からいろいろお世話になる。
それが日本人というものだ。少なくともうちはそうだったし、多分これからもそうだろう。
「神々の生まれは自然の体現であったり、人から生まれた者であったりと様々だが、神々のエネルギー源は〝
「そういった神々に問題が起きた場合、世界そのものに危機が訪れることがあるのだ」
「故に、あまたの神々と、我々は協力関係を結び、神々にはエネルギーを供給する。代わりに我々と共に各世界の守護事業に参加してもらう。無論、一定の報酬は徴収するがね」
「この相互関係によって、12世界の適切な運行を目指す……というのが我々の根幹、理念とも言える」
「故に、我々は12の世界――
「……なるほど、壮大過ぎていきなり全てを理解するのはちょっと難しいです」
両手の指先を合わせ、考える様をいつの間にか取っていた。
理解が追いつかない時、脳での処理を最優先してる時にやる癖だ。
そんな様子を見て、部長が小さく笑った。
「まあ、次第に慣れてくるだろう。今は簡単に我々と神々の関係を知っておけばいい。ここまでで質問はあるかね?」
質問があるか、と問われればいくらでもあるが、この場合聞くべきものはそう多くないだろう。
とりあえず、聞いてみようと思ったことを聞いてみることにした。
「……そうですね、信仰を失った神はどうなるんでしょう?」
「――ふむ。その答えは単純だ。〝
「零落?」
「そう、零落だ。
部長が説明を続ける。
消滅、とはそのまま消えて無くなること。人の噂や数世代程度の信仰で生まれた神は、信仰が失われた時点で徐々に神格を失い、消えていくそうだ。
しかし、消滅した神々が持っていた権能が、世界から失われた結果として、因果の〝揺り戻し〟が起こり、世界のトラブルに繋がりかねないという。だから、一定量のエネルギー補填をしている、というわけだ。
対して零落、というのが輪を掛けて厄介という。
神が持っていた
元より悪神として生まれた神々は、相対する善なる権能を少なからず持ち合わせるし、善神もまた、照応する悪の権能を持ち合わせている。それによって、善と悪、という比率ではバランスが取れている。つまるところ地蔵菩薩と地獄の閻魔大王のような関係性だ。
しかし、零落した神は全てが悪、という討伐し封神すべき存在になってしまうというのだ。
消滅と同様に因果の揺り戻しも起こるが、その規模は比べものにならない程大きく、世界の崩壊に直結する、と部長は説明した。
「神々の変容は世界の因果を歪め、大きな混乱をもたらす。故に、我々は神々を守護すると共に、神々と共に各世界の維持を務めているのだ。大惨事は誰だって避けたいのでね」
「なるほど、わかりました。では……」
受けた説明を、脳内で再構成する。
神々と協力し合い、世界を保護しなければならないというのなら。
変容した神が、世界に害を為すというのなら。
――〝失敗例〟があるんじゃないか?
「……その12の世界って、まだ全部残ってるんですか?」
「――ほう」
少し驚いたような表情を部長が浮かべる。そして、アスカに目配せをした。
アスカがまた、ぱちん。と指を鳴らすと、テーブルの上の12の円のうち、いくつかに×の印が刻まれた。
「君の懸念の通りだとも。既にいくつかの基幹世界がこのグラウンド・ゼロに墜ちている」
部長の説明によれば、墜ちるというのは星と引力の関係性に近しいという。
12の世界は、かつてこのグラウンド・ゼロを中心に、円を描くように循環した運行をしていたそうだ。
しかし〝
あるいは、他の世界に引かれてしまい、多大な影響を与えた後、グラウンド・ゼロへと墜ちるという。
墜ちた世界は、そのまま消滅し、その世界に居た神々は例外なく零落化する。それを封神する為に、大規模な戦いが起きてきたとのことだ。
「――例えば、君の住む世界が何らかの事情によって崩壊した場合、周辺の世界群もそれに引きずられ、この地に墜ちる可能性がある」
「一つ墜ちれば次は二つ。その次は四つ、と連鎖が起こり、そうして最後に、基幹世界が墜ちる。こうなれば、最早その世界にあった可能性も、情報も、神々も……その全てが失われるのだ」
「この失われた世界は、我々の失敗の歴史とも言える。これを繰り返さないために、我々は此処にいる」
「……なるほど」
想像するに、それは凄まじいものなのだろう。
これまでに遊んだゲームや小説、漫画などで描写されるそれより、ずっと。
戦いで起きた被害や、封じられた神々のことを思い、目を閉じた。
「……うむ。――では、質問は他にはないかね? 無ければ後はアスカ君と待遇面などの話をつけてくれたまえ」
その様子を見た部長が、暫くの時間をおいてから、改めて口を開く。
その声に、引き戻されるように目を開き、頷きを返した。
「わかりました。丁寧にありがとうございます」
「それでは。初出社の際に、また改めて」
部長はそういって、軽い会釈の後、猫の姿に戻ってもう一枚の扉の向こうへと去って行った。
代わりに、背をぐい、と伸ばした後にアスカが向かいのソファに腰を下ろす。
「部長の話、ちょっと長かったでしょ。お疲れ様ー」
これから部下、同僚になるからか、彼女の口調は大分柔らかく、くだけたものになっていた。
彼女が座ると、テーブルに刻まれた世界の図面はふっと吹き飛ばされた砂絵のように消えていく。そして、続けて置かれたのは、ほぼ白紙の紙。最上部に〝契約事項提示書〟とのみ、記載されている。
「――それじゃ、詳しい話をしちゃおっか。雨宮くん!」
――――――――――――――――――――
◆グラウンド・ゼロ・基幹世界・世界群の関係
太陽と惑星と衛星の関係に似ています。
12の基幹世界(惑星)と、それに付随する世界群(衛星)が複数あり、
その中心にグラウンド・ゼロ(太陽)があります。
太陽系のイメージをするとわかりやすいかもしれません。
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