第3話 その面接は突然に-3


「――さん、雨宮さん……、着きましたよー?」


 腕が揺れる。徐々に意識が微睡みねむりから、覚醒めざめへと至る。

 今日は面接に行って、それで……。いや、まさか。


 本当に寝落ちてしまったのか!?

 慌てて急いで身体を起こし、かぶりを振る。


「おはようございます、雨宮さん。良くお休みでしたね」


「す、すみません! 本当に寝てしまいまして……」


「ふふ、良いんですよ。それじゃあ行きましょうか」


 助手席のドアを開け、辺りを見回した。白い磁器じきのような無機質な壁と、いくつかの駐車スペースに車が止まっている。

 どうやら、地下か施設内にある駐車場のようだ。それにしても……〝何処か異様〟だ。

 駐車場にありがちな、汚れがあまり無い。綺麗過ぎる、という印象を受けた。


「部長は応接室にてお待ちのはずです。そこまでご案内しますね」


 エレベータのボタンを押し、彼女は言う。

 エレベータは即座に開き、共に中へ。

 彼女が『↑』と書かれたボタンを押すと、エレベータが動き始め……、程なくして扉が開く。


 開いた扉の先は、先と同じような壁と通路。彼女に導かれるままに歩みを進める。

 壁のタイルのうち、数枚に1枚は何らかの刻印が施されていた。まるでゲームに出てくる何かの研究所のようだ。


 ――暫くして、応接室という表札の掲げられた扉が見えてきた。


「部長、失礼します。雨宮さんをお連れ……あれ?」


 彼女がノックして扉を開けるが、そこには誰も居なかった。

 彼女の背後から部屋の中をのぞき込むと、これまでの通路とは格段に違いがある。

 壁は煉瓦レンガのような造りで、部屋の中央に豪奢ごうしゃな革張りのソファが2対、その間には木製のテーブル、床もフローリングのようだが絨毯じゅうたんが敷かれている。

 何より、暖炉がある。電熱式ではない、本当に薪を燃やすタイプだ。扉が開いた瞬間から、温かい空気を感じたのは、この暖炉の為だろう。

 あと、何故かもう一枚の扉が反対側にあった。


「すみません、部長どっか行っちゃったみたいで……。探してきますので、こちら座って待ってて頂いていいですか?」


「ああ……はい」


 言われるがままに、ソファに腰を下ろす。

 彼女は〝もう一枚の扉〟から、面接の時のように騒々しく出ていった。






 ―――――― ◆ ◇ ◇ ――――――






 ――しかし、こんなサンタクロースの客間みたいな部屋に一人で居るのは落ち着かない。

 とはいえ、勝手にいろいろ見て回る訳にもいかず、素直に座って待っているしかない……そう思っていた矢先――


「……ん?」


 もう一枚の扉が開く。そこから現れたのは一般に部長と呼ばれるような人ではなく――

 黒猫をぶらりと抱きかかえた、幼い少女だった。


「なんじゃお主。……もしかして新人か? 珍しいのー」


 少女は白髪、いや銀髪を膝裏くらいまで伸ばしており、白い平安貴族のような着物を着ている。なんというか、部屋の雰囲気とは不釣り合いだ。

 そんな子供が、ずんずんと部屋の中まで入り込み、ソファの横まで近寄ってくる。


「あ、えぇ、まあ……あの、お嬢さんは、何を?」


 とりあえずは聞いてみる他なかった。驚きの連続の中で、徐々に意識は冷静になっているのを感じる。

 多分、社長なり重役なりの娘さんか何かなのだろう。こうやって自由にうろうろさせているのだから、それなりに偉い人……の縁者であるはずだ。


「〝猫〟を連れ回して遊んでおっただけじゃ。お主、猫は好きか?」


「え、うん。昔から猫は好きだよ。可愛いし……」


 少女の問いに、小さく頷き返す。


「そうかそうか! ならばこの猫を愛でる事を許そう!」


 そういうと少女は向かいのソファに腰を下ろし、猫を突き出してきた。

 猫はぶすくれた顔をしており、どうにも迷惑そうにブニャーと鳴いた。

 割といい声してるな、この猫。


「はは、可愛い猫ちゃんだ。よーしよし……」


 猫を受け取り、膝の上に横たわらせて、猫の毛並みを整えるように、愛おしむように、優しく撫でる。

 そういえば、もう十数年以上、猫を触っていなかった。この温かさが懐かしい。


「お主、猫の扱いが上手いな。猫を飼っておったのか?」


「うん、大分前だけど……」


 少女の言葉に答えながら猫を撫でる。

 猫はいつの間にか落ち着いたようで、膝の上でゴロゴロと喉を鳴らし始めた。


「……ねえ、お嬢さん。ここで待ってるはずの部長さんって何処に行ったか知ってるかな?」


 しかし、何時までもこうして猫を撫でている訳にもいかない。

 この子が、偉い人の縁者なら部長についても知っているかもしれない、と少女に声を掛ける。

 少女は、きょとんとした顔でその問いに答えるように口を開いた。


「部長? ああ、それならそ――」






 ―――――― ◆ ◆ ◇ ――――――






「すみません、雨宮さん! 部長がどこにも……ってあ゛ーっ!」


 少女の言葉を遮るように、扉が開く。

 走ってきたのか、息を切らしたアスカが部屋に駆け込んで来ると、素っ頓狂すっとんきょうな声を上げた。


「もーっ! また勝手にうちの〝部長〟を連れ回してたんですか! 駄目って言ったじゃないですか!」


「そう言うな。こやつは良くわらわの相手を務めておるぞ! 良き猫じゃ愛い猫じゃ!」


「そういう話じゃないんです! これから面接なんで出てって下さい!」


「ぶー。……まあよかろう、それではまた会おう。〝日の本の子我らの遠き末裔〟よ」


 アスカはふくれっ面の少女を無理矢理に立たせ、もう一枚の扉の外へと押しやっていく。

 手慣れたものなのか、少女が無理な抵抗はしない為なのか、一騒動起きる事もなく少女は扉の外へと追い出されていった。


 …………ん?

 ――我らの遠き末裔?


 何故、あの少女はそんな別れ台詞を言ったんだろう。

 そんなことを考える隙もなく、アスカが事もあろうに今、自分の膝の上で喉を鳴らしている猫を指差して叫んだ。


「全く……。部長も部長です! あの子にいいようにさせないで下さいよ」


 え? 猫が〝部長〟? いや、まさかそんなこと。

 たまに宣伝も込みで、メディアに取り上げられる猫たちはいるが、上司としての猫、というのは初めて聞いた。

 何より、彼女が電話で話していた相手が猫だというのか? そんな馬鹿なことが――


「……そうはいっても、あれで私より階位が高い。仕方がないというものだ」


 猫が喋った。それも、渋くつやのある声で。

 ……流石に驚きが隠せない。撫でている手が止まるのを見計らってか、〝部長〟と呼ばれた猫がテーブルを飛び超え、向かいのソファに座った。


「あー、雨宮さん……ご紹介が遅れましたが、その猫……です」


 アスカが申し訳なさそうに、猫を差して言う。

 ……嘘じゃない、からかってる訳でもない。

 つまりこの猫が喋り、この会社で部長という役職に就いていることは、誰の目にも、部外者である自分の目にも、明白だった。


「――すまない、見ての通りのトラブルという奴でね。少し姿を整えさせてもらおう」


 そう言うと、猫がぴょん、と高くその場で飛び上がる。

 しかし、着地する頃には、猫の姿は無く、黒いスーツに身を包んだ四十歳ほどの、渋いダンディな男性の姿になっていた。


「女性の姿にもなれなくは無いが、君の様子を見るにこちらの方が話しやすいだろう?」


「……あ、え、えぇ……まぁ」


 小さく頷く。

 相対する男性も返すように頷くと、そのまま……最終面接が始まることになった。






 ―――――― ◆ ◆ ◆ ――――――






「それでは最終面接を始めよう。ここで確認すべきことは1点だけだ」


 先ほどまで猫の姿だった男性――部長は、咳払いをして話を続ける。


「まず、君が相手にするクライアントとは、そう……――神だ。、ね」


「君はそれを受け入れられる、と我々は君の適性検査の結果から、確信している。この点に異論はあるかね?」


 ……神?

 あの、アマテラスとかスサノオとかそういう、いわゆる神話に出てくるような、神?

 アスカとの面接の時に〝厄介なクライアントも居る〟と言っていたが、厄介すぎやしないか。神なんて、神職や神父牧師が相手をする存在じゃないのか。

 しかもさっきまでゴロゴロと喉を鳴らしていた猫が、その猫を引き連れてきた少女が神だというのだ。

 こんな事実、なかなか受け入れられるものでは――


「……はい。大丈夫です」


 ――口が、喉が、勝手に答えていた。

 心の内側から、声が湧き上がった。

 それが、こう応えるのが、さも当たり前だ。とばかりに口から声が湧いて出た。


「――よろしい。では、採用を決定しよう。待遇面、及び業務内容等については後ほどアスカ君と調整してくれたまえ」


 部長が、小さく頷いてアスカへと目配せする。


「わかりました、部長。……じゃあ、改めて、雨宮くん」


 アスカが、こちらに手を差し伸べて来る。

 その手を握ると、彼女は満面の笑みを向けてくれた。


「――多元世界のワールドワイド観測者ウォッチャーズ、通称〝異世界管理局〟へようこそ!」






 ――――――――――――――――――――

 ◆猫

  可愛いモフモフ。

  部長は黒猫でしなやかなタイプです。

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